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第15楽章

いつもの倉庫スタジオ。


くる……くる……


亮太

手をゆっくり回している。


見えない“それ”を

焼くように。


亮太

口を開ける。

「……あーん」


——その瞬間。


ガチャ!


亮太

「えっ⁉︎」


勢いよく振り向く。


「早いじゃん!…蓮!」


(びっくりした〜‼︎

駿が入って来たのかと思った

……一瞬、間違えた)


「何やってんの?」


亮太

「あっ!いや……マシュ……」


——ドアが開く。


ガチャガチャ。


全員到着


圭一

「蓮!早いじゃん!」


ゆり子

「珍しい」


浩平

「亮太、その手はなに?」


和馬

「マシュマロ焼く真似してたんだろ」


いずみ

「美味しかったもんねー」


亮太

(バレてる!!!)


「で、依頼か?」


亮太

「あー、それがな……」


PCを開く。


亮太、読む


件名:トラベリングオーケストラ様


初めまして。

ミュージック・カレッジ学院の実行委員長を務めている者です。


この度、当学院で学生たちによるカレッジ学院コンサートを開催する事になり、

当学院の学生たちのクラシックを聴いていただいた後に、トラベリングオーケストラ様の演奏をお願いしたいのです。


亮太

「……実行委員長」


全員

「は?」


ゆり子

「名門中の名門大から?」


亮太

顔を上げる。

ニヤッ。

「すごいだろ⁉︎」


いずみ

「凄い!」


圭一

「いつも前座なのに」


浩平

「普通に招待されてる!」


ほんの一瞬。


仁の表情が曇る。


亮太

(あれ?らしくない顔をした?

……見間違いか?)


和馬

ちらっと仁を見る。


何も言わない。


ただ——

画面を見ている。


“ミュージック・カレッジ学院”


その文字に


わずかに目を細める。


浩平

「招待されたからには行かなきゃな‼︎」


亮太

「そうだな!」


全員の空気がまた明るくなる。


亮太

「よし!トラオケ!名門大に乗り込むぞ!!」


——


数日後。

何度目かのリハーサル。


手が上がる。


前より、揃っている。


——その瞬間。


蓮の音、前に出る。

自分を出す。


流れを引っ張る


全体が揺れる

ズレる。


「止め」


ピタッ。


沈黙


空気が重い。


「……蓮」


「……」


亮太が横から

「ちょっと速かったな」


「違う」


一歩、出る。


「壊した」


空気が張る。


「合わせた」


「合わせてない」


眉が動く。

「じゃあ何だ」


圭一

小声。

「来たな……」


ゆり子

黙って見ている。


「聴いてない」


「聴いてる」



「聴いてない」


静か。


「前に出てる」



「出るだろ」



「この曲は違う」


わずかに苛立つ。

「引いたら消える」


「消えない」


一歩、近づく。


「乗れ」


空気が、凍る。


低く。

「やってる」


「やってない」


——沈黙。


亮太

「ちょ、ちょっと一回落ち着こ——」


遮る。

「やってるつもりだ」


「つもりだな」


空気が更に凍る。


浩平

「うわ……」


いずみ

不安そうに見てる。


和馬

静かに口を開く。

「一回…分けてやるか」


目を向ける。


和馬

「流れを作る側と、乗る側

蓮は後ろに回ってみろ」


一瞬、止まる。


何も言わない。


小さく。

「……分かった」


再開


手が上がる。


今度、蓮は出ない。


まとまる。


でも


蓮の音——

聞こえない。


亮太

(あれ……)


「止め」


音が切れる。


「……どっちも違う」


視線を外す。

「今日は、ここまでだ」


ヴァイオリンを下ろす。


リハは——

思うように進まなかった。


何度やってもどこかズレる。


重い空気の中


亮太

「……今日は、ここまでにするか」


誰も反対しない

楽器を片付ける音だけが響く。


ゆり子

「時間、ないわね」


圭一

「本番、もうすぐだしな」


浩平

「腹減った……」


いずみ

「それはいつもでしょ」

かすかな笑い。


でも——

続かない。


一人、先に出る。

何も言わず。


ドアが閉まる。


和馬

その背中を見ている。


——


倉庫スタジオの外。


足音が、少しだけ緩む。

止まらない。


ただ——

考えている。


後ろから足音


和馬

「前に出すぎたな」


振り向かない。

「……分かってる」


和馬

隣に立つ。

「でも間違ってない」


わずかに、目だけ向ける。


和馬

「ただ——」


少しの間。


「今じゃない」


「……は?」


和馬

前を見たまま。

「引いたら、消えるって言ったな」


「あぁ」


和馬

小さく首を振る。

「消えてない…」


少しの沈黙。


「残ってる」


目がわずかに揺れる。


和馬

「最後でいい…

その時、全部持っていけ」


静寂


小さく。

「……難しいな」


和馬

「だな」


ほんの少し、口元が緩む。


「だから面白い」


「……やってみる」


和馬

「それでいい」


二人、並んで歩き出す。



翌日。

スタジオリハ。


空気が違う。


静か。


重いわけじゃない。


それぞれ構える。

誰も無駄に喋らない。


亮太

小さく

「……いけそうじゃね?」


浩平

「どうだろうな」」


圭一

「やれば分かる」


中央に立つ。


全員を見る。


一瞬だけ——


蓮を見る。


軽く頷く。


「いくぞ」


音が入る。


軽い。


止まらない。


前に出ない。


でも——

引きすぎない。


亮太

(お……)


中盤


少し速い。


仁の手が、抑える。


戻る。


蓮が、和馬に寄る


和馬が返す。


浩平

「うお……」


後半


ほどけない。


一瞬


蓮の音が、強くなる。


反応する。


けど、止めない。

流れが、そのまま走る。


わずかに、引く。


戻る。


ラスト


ピタッ。


止まる。


静寂


亮太

「……今の」


圭一

「いいな」


和馬

蓮を見る。

頷く。


小さく息を吐く。


一言。

「……形になったな」


亮太

「よっしゃああああ!!!」


笑いが広がる。


——


そして迎えた当日。


朝の空気が澄んでいる。


スタジオ前

ワーゲンバス。


亮太

「よし!!積み込むぞー!!」


浩平

「その前に朝メシ——」


全員

「積め!!!」


ケースを運ぶ、いつもの動き。


でも——

少しだけ静か。


いずみ

「なんか緊張するね」


圭一

「珍しい場所だしな」


ゆり子

「相手、学生だけじゃないでしょ」


無言で積み込む。

動きは正確。


和馬

さりげなく横に立つ。

何も言わない。


全体を見る。

「忘れ物、ないな」


亮太

「完璧!!!」


全員、乗り込む

ドアが閉まる。


エンジン音が低く響く。


亮太

バックミラー越しに全員の顔を見る。


亮太

ニヤッ。

「なぁ」


全員

「なに」


亮太

「楽しみだな」


圭一

「……ああ」


いずみ

「うん」


良平

「終わったらメシな」


ゆり子

「そればっかりね」


和馬

わずかに笑う。


窓の外を見たまま。


亮太

「よっしゃ!トラオケ行くぞ!!!」


ワーゲンバスが走り出す。


景色が変わる

街を抜ける。

建物が流れる。


徐々に大きな道へ

人が増える。


遠くに見える——

ミュージック・カレッジ学院


亮太

(いよいよだな……)


ワーゲンバスが止まる。

エンジンが静かに落ちる。


亮太

「着いたぞ!」


外に出ると空気が違う。

足音だけが、やけに響く。


亮太

「……でか」


浩平

「完全に場違いじゃね?」


その時

スッと一人の人物が近づく。


実行委員長

「お待ちしておりました」


丁寧に頭を下げる。


「まずは理事長室へご案内します」


全員

「……はい」


長い廊下を歩く。

磨かれた床。

静かな足音。


いずみ

小声

「緊張する……」


圭一

「俺も……」


亮太

(なんか……空気重っ)


理事長室

ドアが開く。


重い空気。


実行委員長

「皆様をお連れしました」


理事長、椅子に座ったまま。

ゆっくり顔を上げる。

「今日はありがとうございます」


穏やかな声。

でも——

どこか読めない。


理事長

「学生たちの音楽を楽しんでください」


わずかに笑う。


「その後で——

皆さまの音楽を聴かせてもらいます」


全員

「?」


亮太

(なんだ今の……)


仁は横を向いたまま。

何も言わない。 


実行委員長、手で促す。

「では、控室の方へ——」


その瞬間


理事長

「仁……」


空気が止まる。


全員

振り向く。


理事長

「話がある」


全員

「えっ⁉︎」


一瞬だけ目を閉じる。


そして——


ドアが静かに閉まる。


残されたメンバー


沈黙。


亮太

「……は?」


圭一

「知り合い……?」


ゆり子

「さっきの顔……」


和馬

黙っている。


じっとドアを見てる。


いずみ

「どういうこと……?」


閉じられたドアその向こう。


理事長室


静寂


仁、横を向いて立ったまま。


「久しぶりだな」

穏やかな声。


だが——そこに温度はない。


「……用件は」


「相変わらずだな」


少しだけ笑う。


「顔くらい見せたらどうだ」


仁が、ゆっくり目を向ける

懐かしさは——ない。


「仕事の話だろ」


机に指が落ちる。

トン。


「ここを継げ」


空気が止まる。


「断ったはずだ」


「何度でも言う

お前はここに戻るべき人間だ」


「俺はもう関係ない」


少しだけ、声が低くなる。


「関係ないわけがない

お前は——この学院の人間だ」


「違う」

食い気味に切る。


「俺は、あそこだ」 


一瞬——

倉庫スタジオの空気。


「……あの連中か」


初めて、軽蔑が混じる。


「遊びだ…いずれ終わる」


「終わらせる気はない」


「お前の音楽は——」


少し前に身を乗り出す。


「あんな場所で消費されるものじゃない」


沈黙


「だから呼んだ」


視線が鋭くなる。


「今日で分かる…違い…がな」


「……最初からそれが目的か」


否定しない。


「学生たちの音楽を聴け

そのあとで——お前が選べ」


「選ぶ必要はない」


「ある…お前は、戻る」


沈黙


重い。


ふっと息を吐く。

「……変わってないな」


「当然だ」


「だから出たんだよ」


その言葉で——

初めて、表情が揺れる。


「もう戻らない」


沈黙


仁は静かにドアに手をかける。


「逃げるのか」


止まる

振り向かない。


「違う、選んでるだけだ」


ドアが開く。


閉まる。


静寂。


小さく

「……必ず戻る」


——


控室


沈黙

空気が落ち着かない。


亮太

「……なぁ」


圭一

「うん……」


「なんで仁だけ?」


浩平

「しかもさ——呼び捨てだったし」


いずみ

「……うん」


ゆり子

「普通じゃないわよね」


ドアを見ている。


少しの沈黙のあと


和馬が静かに口を開く。

「……隠すつもりはなかった」


全員、和馬を見る。


和馬

「理事長……仁の父親だ」


全員

「……え?」


亮太

「は?」


圭一

「え、ちょ……」


いずみ

言葉が出ない。


浩平

「マジで?」


和馬うなずく。

「昔から……色々あったらしい」


ゆり子

「“らしい”って……」


和馬

「詳しくは聞いてない

でも——仲は、良くない」


沈黙


空気が一段、重くなる。


圭一

「じゃあ今回のって……」


和馬

「多分…仁一人のためだ」


亮太

「はぁ⁉︎」


浩平

「俺ら巻き込まれ?」


いずみ

「そんな……」


目を細める。


ゆり子小さく吐く。

「……最低」


亮太

「……」


圭一

拳を握る。


その時⸻


ドアが開いた。

ガチャ——


全員、振り向く。


立っている。


沈黙

誰も喋らない。


亮太

「……仁」


「悪い」


いずみ

「大丈夫……なの?」


「問題ない」


浩平

小声

「いや問題しかねぇだろ……」


和馬は仁を見る。

仁と視線を合わせる。


ほんの一瞬。

それで分かる。


(話したな)


(ああ)


「……やるぞ」


亮太

「は?」


「演奏」


圭一

「え……?」


「ここで逃げる理由ないだろ」


沈黙


ゆり子

ふっと笑う。


浩平

「やるしかねぇか」


いずみ

小さくうなずく。


和馬

「……行こう」


全員、立ち上がる。


空気が変わる。


扉が、開く。



学院ホール内


照明が落ちる。

ざわめきが、静まる。

ステージには学生たちが並ぶ。


背筋が揃っている。

無駄がない。


亮太

小声

「……すげぇな」


圭一

「空気から違う……」


いずみ

息を呑む。


一音。

ホールに、真っ直ぐ通る。


無言。

目だけが動く。


正確。

そして美しい。


浩平

小声

「うま……」


ゆり子

「うん……」


完成された音

隙がない。


その中で——


亮太

拳を握る。

(だからなんだよ)


圭一

目が変わる。

(これが正解?)


いずみ

胸に手を当てる。

(……違う)


浩平

口角が上がる。

(負けてられっかよ)


ゆり子

静かに笑う。

(ああ……そういうことね) 


和馬

仁を見る。


仁、微動だにしない。


だが——

その指先が、わずかに動く。


和馬

(……きた)


完璧なフィナーレ。

観客は大きな拍手を送る。


だが


亮太

「……で?」


圭一

「なぁ」


いずみ

小さく笑う。


浩平

「やろうぜ」


ゆり子

「ええ」


和馬

深く息を吸う。


ようやく口を開く。 

「行くぞ」



ステージ袖。


ステージ直前


全員、並ぶ。

心臓の音だけが響く。


スタッフ

「準備お願いします!」


亮太

「……やってやる」


圭一

「全部出す」


いずみ

「届ける」


浩平

「ぶっ壊す」


ゆり子

「魅せましょ」


和馬

「いくぞ」


全員、仁を見る。


一歩、前へ。

迷いは、もうない


「……音で、答えろ」


照明が明るくなる。


ステージへ


視線。

揃っている。


客席は、静か。

拍手は、ない。


ただ——

見ている。


値踏みするように。


その中で


仁の指揮棒が上がる。


トラオケの息が揃う。


振り下ろされる。


《ベートーヴェン第7番》


一音目から

空気が変わる。


さっきまでの“完成”じゃない。


“衝動”。


“意思”。


“生きてる音”。


観客が一瞬、息を呑む。


理事長、席から

目がわずかに動く。


音がぶつかる。


重なる。


広がる。


目を閉じない。


全部、見ている。


(——行け)


いずみ。

(大丈夫)


浩平

(もっと来い)


圭一が支える。


ゆり子が音を置く。


和馬

(今だ)


前に出る。


——止めない。


(ここだ)


まだ終わらない。


むしろ——

ここからだ。


重なる。


押し寄せる。


ぶつかる。


振り切る。


全員


止まらない。


最後の一音


——鳴る。


静寂


誰も、動かない。

息すら、ない。


観客


一拍手。

二拍手。


そして


——爆発。


割れんばかりの拍手。


歓声。


立ち上がる人影が、広がる。

波みたいに。


亮太

撮ったままのスマホを下ろせない。

「……っは」


息が、漏れる。


圭一

言葉が出ない。


いずみ

涙を拭う。


浩平

「やべぇな……」


ゆり子

ただ、笑っている。


和馬

目を閉じる。


静かに、息を吐く。


演奏を聴いていた理事長は

(……そうかアイツは——)


目を細める。


(もう、自分の道を歩いていたのか……)


わずかに、息を吐く。


(私は——どこで、アイツを見失って

しまったのだろう)


理事長

口元が、緩む。

小さく。

「……いい演奏だ」


少しの間。


「いい連中だな、仁」 


拍手は、しない。


ただ——


理事長、静かに席を立つ。

振り返らない。


廊下

足音だけが響く。


秘書

「理事長、お帰りに——」


「方針を変える」


「……え?」


「全員を呼べ」


「い、今からですか⁉︎」


「そうだ」


理事長

(……あの音を、否定はできない)


ふっと、笑う。 


ステージ上

まだ、鳴り止まない拍手


観客

立ったまま。


誰も帰らない。


亮太

「……すげぇな」


圭一

「うん……」


いずみ

「届いた……よね」


浩平

「ぶっ壊したな」


ゆり子

「ええ」


和馬

仁を見る。


仁、客席を見ている。

まっすぐ。

もう、迷いはない。


音は消えた。


けれど——

確かに、残っている。


胸の奥に。



学院の外。


ざわめきが、まだ続いている。


「すごかった……」

「何あれ……」


誰かの声が、すれ違う。


亮太

スマホを見ながら、ニヤける。

(撮れてる……)


浩平

「やばかったな、おい!」


いずみ

「まだドキドキしてる……!」


そのまま——


ワーゲンバス。


ドアが閉まる。


エンジン。

低く、鳴る。


次の瞬間。


うるさい。


とにかく、うるさい。


圭一

「いや待て待て待て‼︎」


浩平

「お前テンポ走りすぎだろ!」


「行くしかねぇだろあそこは‼︎」


和馬

「でも合ってた」


いずみ

「うん、ズレてたのに……合ってた」


ゆり子

「…それね」


浩平

「なんだそれ!」


和馬

「でも伝わった」



一瞬、静かになる。


亮太バックミラー越しに

ニヤッとする。

「だよな!」


窓の外を見ながら、

小さくうなずく。


何も言わない。

でも——


ほんの少しだけ、

口元が緩む。


車内また爆発。


全員、笑う。

騒ぐ。


そのまま——


夜の道を、

ワーゲンバスが走っていく。


笑い声は、しばらく途切れない。


やがて。

見慣れた景色。


スピードが、落ちる。


ワーゲンバスが止まる。

エンジンが、静かに落ちる。


倉庫スタジオ


ドアが開く。

ガチャ——


亮太

「ただいまーーー‼︎」


浩平

「誰もいねぇだろ!」


いずみ

「でも言いたくなるよね」


圭一

「分かる」


いつもの匂い。

いつもの景色。


笑い声が、響く。

その場所は、変わらない。


けれど——


少しだけ、

先へ進んでいる。


つづく…

お読みいただきありがとうございます。

第16楽章へ———

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