第11楽章
倉庫スタジオ。
静かな夜。
誰もいない空間に——
亮太、ひとり。
台の上に立っている。
ゆっくりと腕を上げる。
指揮棒の代わりに
ペンを持って。
亮太
小さく呟く。
「……届いてない」
間。
「…楽しいか?」
真剣な顔。
そして
少し間を置いて——
「音は——」
そこで
自分で吹き出す。
「無理だろこれ!」
その瞬間——
後ろから声。
浩平
「お!仁のライバル発見」
亮太
振り返る。
「うるせぇ」
浩平
笑いながら近づく。
「似てたぞ今の」
亮太
「嘘つけ」
浩平
「いやマジで」
少し間。
「でもあいつさ、
昨日ちょっと怖かったよな」
亮太
「ああ」
少しだけ真面目な顔になる。
「でも…かっこよかった」
浩平
ニヤッとする。
「ライバルだな?」
亮太
「うるせぇ」
そのとき——
カチャ、扉が開く。
いずみ
「こんばんは!」
圭一
「早いな」
ゆり子
「何してるの」
「指揮の練習」
亮太即答
駿
「やめとけ」
和馬
「似合わん」
浩平
「第二の仁だぞ?」
全員笑う。
その奥で——
仁が
静かに入ってくる。
全員の視線が集まる。
一瞬の沈黙。
仁
「……何だ」
亮太
「いや別に?」
浩平
ニヤニヤ。
仁は
一瞬だけ亮太を見る。
そして小さく言う。
「指揮は——」
少し間。
「遊びじゃない」
空気が
ピリッとする。
「すみませんでしたー!」
亮太、即座に頭を下げる。
その時
仁の口元がほんの少しだけ緩む。
その瞬間——
全員
「今、笑った!!」
「笑ってない」
仁、即答。
全員
「いや笑っただろ!」
スタジオに笑いが広がる。
仁
「で、亮太
呼び出しといて今日はなんだ?」
亮太が慌てて
「そうだった!依頼が来たんだ」
和馬
「今度は何だ?」
亮太
読み上げる。
「秋の大感謝祭」
『商店街福引イベントにて
演奏をお願いしたく——』
浩平
「急に庶民」
いずみ
「楽しそう!」
ゆり子
「振り幅すごいわね」
駿
「それが俺らだろ」
圭一
「音楽流れてた方が賑やかだ」
仁は小さく頷く。
亮太
「決まりだな」
亮太
立ち上がる。
「トラオケ!次のステージは——」
勢いよく指をさす。
「商店街だ!」
⸻
ワーゲンバスがゆっくりと走る。
街の景色が流れていく。
住宅街。
信号。
コンビニ。
やがて——
遠くから
ざわざわとした音が混ざりはじめる。
近づくにつれて、
それは少しずつ形を持つ。
人の声。
笑い声。
呼び込みの声。
通りの空気がにぎやかに変わっていく。
ワーゲンバスの中。
浩平
窓の外を見て言う。
「なんか騒がしくない?」
いずみ
身を乗り出す。
「お祭りみたい!」
駿
「福引だろ」
亮太
ハンドルを切る。
「到着だ」
曲がった先——
一気に視界が開ける。
色が弾ける。
人が溢れる。
いずみ
「うわっ——!」
その先にあったのは——
秋の大感謝祭でにぎわう、商店街。
オレンジや赤の旗。
風に揺れるのぼり。
赤と白のテント。
湯気の立つ屋台。
焼きたての匂いが、ふわっと広がる。
「いらっしゃい!いらっしゃい!」
「秋の大感謝祭セール開催中〜!」
「大抽選会やってるよー!」
「特賞は温泉旅行ー!」
人、人、人。
いずみ
「すごーい!」
浩平
「いい匂いしてきた」
圭一
「集中しろよな」
駿
笑う。
「お前もな」
ワーゲンバスがゆっくり止まる。
エンジンが切れる。
一瞬の静けさ。
そして——
ドアが開く。
一気に音が流れ込む。
亮太
立ち上がる。
「よし」
振り返る。
「行くぞ」
駿
軽くストレッチ。
「了解」
圭一
「こういう場所も悪くないな」
いずみ
「楽しみ〜!」
浩平
「演奏前に屋台いける?」
ゆり子
「ダメ」
仁、一言。
「行くぞ」
楽器ケースを持って外へ出る。
足を踏み出した瞬間——
空気が変わる。
肌に触れる、熱気。
焼きたての匂い。
呼び込みの声と、笑い声。
秋の大感謝祭でにぎわう商店街。
トラベリング・オーケストラは、
その中へ歩いていく。
人の流れにまぎれて、
ざわめきの中に溶け込むように。
色と音と匂いの中を、
ゆっくりと進んでいく。
その音は、まだ誰も知らない。
この場所で、何が起きるのかを。
——そのとき。
商店街の奥から、
鋭い声が飛んできた。
「ちょっとあんたたち!」
全員ビクッとする。
振り返る。
エプロン姿のおばちゃん。
腕組み。
完全に仕切ってる顔。
おばちゃん
「今日来る楽団ってあんたたち?」
亮太
「はい、トラベリング・オーケストラです!」
おばちゃんジロジロ見る。
「……若いわね」
浩平小声。
「怖ぇ」
いずみ小声。
「ボスだね」
おばちゃん
「ちゃんと盛り上げてよ?
今日の売上かかってんだから!」
亮太
「任せてください!」
おばちゃん
「ほんとでしょうねぇ?」
間。
ニヤッと笑う。
「ま、顔はいいから許す!」
和馬
「そこ?」
全員
ちょっと笑う。
おばちゃん、指をさす。
「ステージあっち!
福引も回しなさいよ!」
いずみ
「やりたい!」
浩平
「特賞狙うか」
ゆり子
「遊びじゃないのよ」
おばちゃん
「いいのよ!
当たったら宣伝になるんだから!」
福引係
「お一人様一回でーす!」
いずみ
「やる!」
ガラガラガラ——
コロン。
「白玉!」
「ポケットティッシュでーす!」
いずみ
「えー!!」
……からの
ティッシュを見て
「……ちょっといいやつ?」
全員
笑う。
浩平
「夢、短かったな」
駿
「次、俺」
ガラガラ——
コロン。
「白玉!」
「うまい棒でーす!」
駿
じっと見る。
「……当たりだな」
ゆり子
クスッと笑う。
亮太
「俺いくわ」
ガラガラ——
コロン。
一瞬の静寂。
「……赤玉!!」
鐘が鳴り響く。
亮太
一瞬、固まる。
「……マジ?
三等!商店街商品券!!」
全員
「おお!!」
浩平
「持ってるなぁ!」
おばちゃん(遠くから)
「やるじゃない!!」
——そのとき。
遠くでステージのマイクが入る。
「まもなく演奏が始まりまーす!」
仁
一言。
「時間だ」
空気が変わる。
ステージ前。
子ども。
家族。
おじいちゃん。
おばあちゃん。
気がつけば、
人が集まりはじめている。
「何始まるの?」
「楽団だって」
「さっきの人たち?」
期待とざわめきが、
ゆっくりとひとつにまとまっていく。
メンバーが位置につく。
楽器を構える。
さっきまでの“遊び”の空気が
すっと引いていく。
駿
小さく息を吐く。
ゆり子
フルートを握る。
いずみ
笑顔。
浩平
ニヤッとする。
圭一
静かに構える。
和馬
仁を見る。
仁
小さく頷く。
静寂。
亮太
「トラベリング・オーケストラです!
行きます!」
仁が指揮棒を上げる。
ざわめきが、すっと消える。
そして——
振り下ろされる。
《ハンガリー舞曲第5番》
一音目。
——弾けた。
さっきまでの空気を、
そのまま巻き込むように。
跳ねるような音が、
人の間をすり抜ける。
浩平の音が、一歩飛び出す。
駿が、軽やかに返す。
掛け合い。
まるで会話みたいに。
圭一の音が、動かずにそこにいる。
そのまわりを音が自由に走る。
ゆり子が、一瞬で、景色を変える
いずみの音が、全部を包んで広げる。
和馬が、真ん中に芯を通す。
仁は、大きく振らない。
でも——
全部、繋がっている。
気づけば、
どんどん人が集まっていた。
足を止める人。
手拍子をする子ども。
スマホで動画を撮る人。
音が、人を動かしていく。
さっきまでの“商店街”が——
少しだけ、違う場所になる。
音に引き寄せられていく。
観客の子どもが
体を揺らし始める。
手拍子。
一人。
また一人。
広がっていく。
おばちゃん腕を組んだまま
ニヤッと笑う。
「いいじゃない…!」
クライマックス。
一気に、熱が上がる。
最後の一音。
ピタッと止まる。
一瞬の、静寂。
そして——
「うわぁぁぁ!!」
爆発する拍手。
歓声とざわめきが
一気に押し寄せる。
「すげぇ!!」
「もう一回!!」
「アンコール!!」
熱が、まだ残っている。
さっきの空気を引きずったまま、
人の波が揺れている。
いずみ
「最高!」
浩平
「こういうの、いいな!」
圭一
「生きてる音って感じだ」
ゆり子
「ちゃんと届いてる」
駿
「……ああ」
和馬
ふっと笑う。
亮太、観客を見る。
ニヤッと笑う。
仁を見る。
仁
ほんの少しだけ、口元を緩める。
亮太、前に出る。
「アンコール——」
少し間。
ニヤッと笑う。
「いくか!」
全員、笑う。
楽器を構える。
商店街が鳴り出す。
音がもう一度
弾ける。
⸻
ワーゲンバスの中。
夕暮れのオレンジの光が
窓から差し込む。
さっきまでの熱がまだ残っている。
でも——
静か。
エンジン音だけが一定に流れる。
誰もすぐには喋らない。
和馬
「……悪くなかったな」
小さく息を吐く。
いずみ
後ろの席で体を伸ばす。
「はぁ〜〜〜!楽しかったぁ!」
浩平
笑う。
「出たな!一番楽しんでたやつ」
いずみ
「だってさ!
お客さんも楽しそうだった!」
ゆり子
静かに。
「……そうね」
浩平
「素直じゃねぇなぁ」
ゆり子
「うるさい」
でも少しだけ笑っている。
圭一
ぽつり。
「いい空気だった」
駿
「流れも良かったな」
亮太
ハンドルを握りながらニヤッとする。
「だろ?俺ら、持ってるな」
仁は一言。
「……客が良かった」
少し間。
駿
小さく笑う。
「それもあるな」
夕日が、ゆっくりと沈んでいく。
オレンジの光が、少しずつ薄れていく。
窓の外が、やわらかく色を変える。
今日の熱気を引きずったまま、
ワーゲンバスは走る。
エンジン音が、やけに心地いい。
⸻
倉庫スタジオ。
テーブルの上には惣菜と飲み物。
亮太
「お疲れー、かんぱーい!!」
全員
「かんぱーい!!」
グラスがぶつかる音。
一気に賑やかになる。
いずみ
「いやほんと今日最高!」
浩平
「手拍子来た瞬間な!ゾクッとしたわ」
ゆり子
「……途中、ちょっと楽しくなってた」
和馬
「……もう少しやれたな」
圭一
「いいバランスだった」
亮太
「だろだろ!俺の指示完璧!」
全員
「いや、仁だろ」
亮太
「え?」
仁
無言で飲む。
いずみ
「でもさ!
今日の音、めっちゃ良くなかった?」
駿
笑う。
「ああ…よかったな」
浩平
「いい顔してたぞ」
駿
「そっちもな」
ひとしきり笑ったあと。
ふっと
会話が途切れる。
静かな間。
駿が口を開く。
「……みんなに——」
パンッ!!!
駿
「!?」
いずみ
クラッカー片手に満面の笑み。
「おめでとー!!」
パンッ!パンッ!パンッ!!
次々にクラッカーが鳴る。
紙テープが舞う。
浩平
「おめでとう!!」
ゆり子
「遅いのよ」
圭一、微笑む。
和馬
「決めたんだろ?」
駿
完全に固まる。
「……は?」
亮太
ニヤッと笑う。
「もう知ってる」
駿
「なんでだよ!!」
浩平
「亮太から聞いた」
全員
ニヤニヤ。
駿、顔を押さえる。
「お前……」
亮太
肩をすくめる。
「サプライズ苦手だからな、お前」
笑いが起きる。
駿、苦笑い。
でも——
その奥で、ちゃんと待っている。
駿の言葉を。
駿は、
少しだけ息を吐く。
「……ああ」
観念したみたいに笑う。
「ドイツ…行くことにした」
一瞬——
静かになる。
さっきまでの空気が、
ほんの少しだけ、変わる。
でも。
浩平が、すぐに言う。
「だろうな」
圭一
ゆっくり頷く。
「うん」
ゆり子
「声、かかってたんでしょ」
駿
苦笑する。
「……まあな」
仁
「……好きにやれ」
和馬
短く。
「いつから」
「来月」
駿の一言で、
時間が、急に近くなる。
亮太が、
グラスを持ち上げて少し笑う。
「トラオケ初の海外進出だな」
駿
少し真面目な顔に戻る。
「でもさ、俺が抜けたらヴァイオリンが」
亮太
即座に遮る。
「心配すんな!」
ノートPCをガンッと出す。
「もう募集してるから」
駿
「はやっ!!」
圭一
「仕事早ぇな」
和馬
「結構、来てる」
仁
静かに頷く。
浩平
「人気楽団だからな〜」
ゆり子
「誰が言うのよ」
いずみ
「楽しみだなぁ〜」
駿
笑いながら首を振る。
「お前……手際よすぎだろ」
亮太
ニヤッとする。
そして——
亮太、少し真面目な顔で
「駿…泣いて帰って来ても……
場所はないぞ」
全員
「出た!!」
笑い。
亮太、続ける。
「俺たちに依頼できるくらい
ビッグになってこい!」
浩平
「何様だよ!」
ゆり子
「偉そうね」
和馬
「でも間違ってないな」
駿、笑う。
「上等だ」
亮太
ニヤッとする。
「じゃあ決まりだな」
グラスを軽く掲げる。
「ドイツ行きの男に——」
少し間。
「乾杯」
全員が、グラスを上げる。
軽くぶつかる音。
笑い声。
でも——
その中に、ほんの少しだけ
静かなものが混じっている。
誰も、言わない。
けど。
ちゃんと分かっている。
それぞれの中に、
同じものが残っていた。
つづく…
お読みいただきありがとうございます。
第12楽章へ———




