第六十五話 中立地帯
——正教国 応接室 翌朝
セラフィアが——戻ってきた。
左腕に——包帯が巻かれていた。
「……怪我をしましたか。」
私は言った。
「浅い傷です。」
「……誰に気づかれずに——戻れましたか。」
「はい。」
「……報告を聞きます。」
「はい。」
◆ ◆ ◆
セラフィアが——整理しながら話した。
「ライナー軍と魔族が——同じ陣地にいました。三個中隊規模。ライナー軍が二個中隊、魔族が一個中隊以上。同じ火の周りに座っていました。」
「……敵対していなかった。」
「はい。魔族がライナー軍の天幕を護衛していました。」
「……どちらが指揮しているか——分かりましたか。」
「……ライナー軍の将校が命令を出していましたが——魔族がそれに従っているのか、それとも魔族の意向を将校が伝えているのか——判断できませんでした。」
「……連携していることは——確かだ。」
「はい。」
私はノートを開いた。
「……三個中隊規模を——壊滅させてきましたか。」
「……情報収集のはずでしたが——戦闘になりました。」
「承知しました。」
「……怒っていますか。」
「怒っていません。でも——報告なしに動いたことは——次回からは事前に伝えてください。」
「……はい。」
◆ ◆ ◆
「セラフィア大神官。」
「はい。」
「ミスリルの長剣が——魔族の術式を弾きましたか。」
「はい。」
「……封印解放の時に——意図的に触れさせてくれましたね。」
セラフィアが——少し止まった。
「……気づいていましたか。」
「はい。あの時——なぜか分かりませんでしたが——今夜の報告で——分かりました。」
「……グラウがいつか戦いに出ると——思っていました。」
「……ありがとうございます。」
「……礼は——いりません。」
「受け取ります。」
◆ ◆ ◆
「情報を——整理します。」
私は言った。
「ライナーと魔族が連携している。規模——三個中隊以上。位置——辺境領。」
「はい。」
「……これは——評議会の計算の外にある変数です。」
「……どういう意味ですか。」
「評議会は——ライナーを使って魔族を動かしていると私は計算していました。でも——魔族がライナーの陣地を護衛しているなら——もっと深い連携がある。」
「……ライナーが魔族を利用しているのか——魔族がライナーを利用しているのか。」
「……どちらかは——まだ分かりません。でも——どちらにしても——正教国への脅威は変わりません。」
「はい。」
「……ゼールバッハ王との対話を——急ぐ必要があります。」
◆ ◆ ◆
「ゼールバッハ王から——返答が来ました。」
イルマが——扉の外から言った。
「……入ってください。」
イルマが——入ってきた。
「返答の内容を。」
「「中立地帯での対話に——応じる。場所と日時を指定せよ。ゼールバッハ王」」
部屋が——静かになった。
「……来ましたか。」
「はい。」
「……沈黙が——対話への準備だった。」
「そう思われます。」
私は少し考えた。
「……なぜ今——応じたと思いますか。」
「……ライナーと魔族の連携が——ゼールバッハにとっても脅威になっているかもしれません。」
「はい。ゼールバッハが南からラエティアに侵攻している——その側面に魔族がいる。」
「……魔族が味方か敵か——ゼールバッハには分からない。」
「はい。だから——正教会と対話して——状況を確認しようとしている。」
「……計算が——一致しました。」
◆ ◆ ◆
「中立地帯の設定を——してください。」
私はイルマに言った。
「はい。どこにしますか。」
「ラエティア王国の——西部。カルヴァーン軍が撤退した後の——空白地帯があります。そこが——最も中立に近い。」
「……カルヴァーン・ゼールバッハ・正教国の——いずれにも属さない場所ですか。」
「はい。」
「……護衛の規模は。」
「双方——五名以内。それ以上は——連れてこない。」
「……ゼールバッハ王が——受け入れますか。」
「……受け入れなければ——対話の意志がないと判断します。」
「承知しました。」
「日時は——三日後の正午。」
「はい。」
◆ ◆ ◆
「一つ——確認させてください。」
セラフィアが言った。
「はい。」
「……対話に——私も同行しますか。」
「はい。」
「……護衛として。」
「はい。でも——」
「でも——」
「……ゼールバッハ王は——「正教の殺戮姫」を知っているかもしれません。」
セラフィアが——少し間を置いた。
「……知っているでしょう。」
「その場合——同行することが——圧力になります。」
「……それは——問題ですか。」
「いいえ。計算通りです。」
「……プライドの高い人間に——適切な圧力をかける。」
「はい。」
セラフィアが——静かに言った。
「……承知しました。」
◆ ◆ ◆
「イルマ団長。」
「はい。」
「返答を——今日中にゼールバッハ王に送ってください。内容:「三日後正午・ラエティア西部の空白地帯・双方五名以内・アルバ教皇が直接対話する。」」
「承知しました。」
「それと——」
「はい。」
「特殊騎士団の斥候を——中立地帯周辺に展開してください。対話の場を——外側から守ります。」
「はい。」
「でも——対話中は——私の目の届かない場所にいてください。ゼールバッハ王が——「監視されている」と感じれば——対話が崩れます。」
「……承知しました。存在を消します。」
「ありがとうございます。」
◆ ◆ ◆
二人が——出ていった。
一人になった。
ノートを開いた。
「ゼールバッハ王——対話に応じた。三日後正午・中立地帯。」
書いた。
「セラフィアの報告:ライナー軍と魔族——三個中隊規模で連携。辺境領に陣地。ミスリルの長剣が魔族の術式を弾いた。」
一行空けた。
「……対話の前に——演算を完成させる必要がある。」
「四属性を無に帰す術式——ゼールバッハ王が使った場合の対処。」
「でも——対話が成立すれば——術式を使う必要がない。」
「……対話を——成立させる。」
「それが——最善だ。」
もう一行。
「三日後——ゼールバッハ王と話す。」
「……初めて——評議会の人間と——直接話す。」
「計算が——通じるかどうか。」
「……通じるはずだ。」
ノートを閉じた。
正教国の空に——昼の光が差していた。
灰色の瞳が——静かに、三日後を見ていた。




