幕間 灰色の気配
——グラスヴェン辺境領 深夜
◆ ◆ ◆
境界を——越えた。
正教国の領域から——辺境領に入った瞬間。
空気が——変わった。
「……魔族の気配がある。」
セラフィアは——立ち止まった。
遠くに——松明が見えた。
一つではなかった。
「……陣地だ。」
◆ ◆ ◆
近づいた。
音を——立てなかった。
草の上を——影のように動いた。
五十メートル。
三十メートル。
二十メートル。
止まった。
「……見える。」
松明の下に——兵士が並んでいた。
二種類の兵士が——いた。
一方は——人間だった。
グラスヴェンの旗が——あった。
もう一方は——違った。
「……魔族だ。」
同じ陣地に——いた。
同じ火の周りに——座っていた。
「……組んでいる。」
◆ ◆ ◆
規模を——確認した。
「……三個中隊以上。」
「ライナー軍が——二個中隊。」
「魔族が——一個中隊以上。」
「……合わせれば——三百名を超える。」
指揮官を——探した。
天幕が——一つ、中央にあった。
入り口に——護衛が二名。
人間だった。
ライナーの軍の——装束だった。
「……中に——誰かいる。」
情報が——欲しかった。
「どこまで——組んでいるのか。」
「魔族の規模は——どれくらいか。」
「ライナーの意図は——何か。」
「……近づきます。」
◆ ◆ ◆
護衛の死角を——計算した。
右から——入れる。
五秒で——天幕に近づける。
動いた。
護衛が——気づいた。
「……っ。」
一秒で——護衛一名を無力化した。
もう一名が——声を上げようとした。
「……静かに。」
短剣が——喉元に当たった。
護衛が——止まった。
「……天幕の中の人間を——呼んでください。静かに。」
「……なぜだ。」
「情報が——欲しいだけです。殺しません。」
護衛が——少し間を置いた。
「……信じられない。」
「では——別の方法で入ります。」
「……待て。」
◆ ◆ ◆
天幕の扉が——開いた。
中から——男が出てきた。
四十代。
ライナー軍の——上級将校だった。
「……誰だ。」
男が言った。
「正教会の者です。」
「……正教会が——なぜここに。」
「情報収集です。ライナー・ゾルクと——魔族が組んでいる理由を知りたい。」
男が——少し動いた。
「……どこで見た。」
「ここで——見ました。今夜。」
男の顔が——変わった。
「……殺せ。」
◆ ◆ ◆
天幕の後ろから——兵士が出てきた。
そして——魔族が——二体。
「……魔族も——いましたか。」
セラフィアは——静かに言った。
長剣を——抜いた。
ミスリルの長剣が——松明の光を受けた。
「……人間一人か。」
魔族の一体が——言った。
「はい。」
「……物好きな。」
「そうかもしれません。」
魔族が——術式を展開した。
セラフィアが——動いた。
長剣が——魔族の術式を弾いた。
「……っ。」
魔族が——止まった。
「……何だ、この剣。」
「……さあ。」
「……根源律の気配がする。」
「そうですか。」
◆ ◆ ◆
警戒の鐘が——鳴った。
陣地全体が——動き始めた。
「……三個中隊が——来ます。」
ガルデンなら——そう言っただろう。
でも——今夜は一人だった。
「正教会大神官です。」
セラフィアが——静かに言った。
「……大神官だと?正教の殺戮姫か?本物か?——まさか一人で来たのか。」
「はい。」
「……正気か。」
「さあ。」
長剣を——構えた。
◆ ◆ ◆
動いた。
止まらなかった。
指揮官の天幕周辺から——始めた。
一人、また一人。
魔族の術式が——飛んだ。
長剣が——弾いた。
「……この剣が——術式を弾く。」
「……人間ではない。」
「……何者だ。」
声が——あちこちから上がった。
でも——
セラフィアは——答えなかった。
動き続けた。
◆ ◆ ◆
陣地の外縁まで——押し込んだ。
後ろから——追ってくる者がいた。
前から——来る者がいた。
「……囲まれています。」
でも——
「……囲みには——必ず隙間がある。」
隙間を——見つけた。
「……そこだ。」
動いた。
囲みを——抜けた。
抜けた先に——また兵士がいた。
「……もう少し。」
長剣が——動いた。
◆ ◆ ◆
一時間後——
セラフィアは——辺境領の外れに立っていた。
後ろを——振り返った。
陣地が——混乱していた。
「……三個中隊規模を——壊滅させました。」
静かに言った。
「……久しぶりに——本気で動きました。」
左腕に——浅い傷があった。
気づいていなかった。
「……いつ——切られましたか。」
「……衰えましたね。」
◆ ◆ ◆
確認したことを——整理した。
「ライナー軍と魔族が——同じ陣地にいた。」
「同じ火の周りに——座っていた。」
「敵対していない。」
「……組んでいる。」
「魔族が——ライナー軍の天幕の護衛をしていた。」
「ライナー軍が——魔族の指揮に従って動いていた。」
「……どちらが上かは——まだ分からない。」
「でも——」
「連携していることは——確かだ。」
「これは——グラウの計算に入れなければならない変数だ。」
◆ ◆ ◆
「……それと。」
セラフィアは——長剣を見た。
「この剣が——魔族の術式を弾いた。」
「……グラウの根源律が——染みているから。」
「魔族に——通じた。」
「……グラウ。」
静かに言った。
「……あなたが染みた剣が——今夜、役に立ちました。」
「三個中隊の中を——一人で抜けられた。」
「……あなたの力が——助けてくれました。」
◆ ◆ ◆
正教国の境界が——見えた。
「……戻ります。」
「報告しなければならない。」
左腕の傷から——少し血が滲んでいた。
でも——
「……問題ありません。」
黒い影が——正教国の方向に——静かに歩き始めた。
夜の辺境が——静まり返っていた。
壊滅した陣地だけが——遠くで——まだ混乱していた。




