第六十六話 演算
——正教国 ルナの部屋 三日前夜
眠れなかった。
眠ろうとしていなかった。
ノートを——開いたまま、ずっと考えていた。
「……ゼールバッハ王。」
静かに言った。
「四属性持ち。火・水・風・土。」
「四属性混合魔法で——街を消し飛ばした実績がある。」
「……対話が——失敗した場合。」
「あるいは——対話中に——術式を使われた場合。」
「……どう対処するか。」
◆ ◆ ◆
「四属性を——無に帰す。」
「それができれば——ゼールバッハ王の攻撃を——止められる。」
「でも——」
「四属性を——同時に無に帰すことが——できるか。」
「一属性ずつなら——できる。」
「二属性同時なら——できる。」
「三属性同時は——封印解除後なら——おそらくできる。」
「四属性同時は——」
少し止まった。
「……演算したことがない。」
◆ ◆ ◆
ノートに——書き始めた。
「火属性の術式構造:」
書いた。
「熱エネルギーを——特定の指向性で展開する。根源律との接点は——熱量の変換部分。そこを——無に帰せば——術式が崩壊する。」
「水属性の術式構造:」
「流体の運動エネルギーを——制御する。根源律との接点は——運動の方向制御部分。そこを——無に帰す。」
「風属性の術式構造:」
「気圧差を——人為的に作り出す。根源律との接点は——圧力の生成部分。そこを——無に帰す。」
「土属性の術式構造:」
「固体の結合エネルギーを——操作する。根源律との接点は——結合の制御部分。そこを——無に帰す。」
書き終えた。
「……四つの接点が——ある。」
「四つを——同時に無に帰す。」
「問題は——タイミングだ。」
◆ ◆ ◆
「四属性混合魔法は——四つの術式が——同時に展開される。」
「でも——各術式の根源律との接点は——微妙にずれている。」
「……ずれを——計算できれば。」
「接点が——最も集まる瞬間を——見つけられれば。」
「その瞬間に——一度で——四つを無に帰せる。」
「……タイミングの演算が——必要だ。」
ノートに——数式を書き始めた。
前世の記憶が——役に立った。
「……熱量の変換速度と——流体の制御速度の比。」
「気圧生成の遅延と——固体制御の即時性の差。」
「……四つの中で——最も遅いのは——気圧生成。」
「最も速いのは——固体制御。」
「……その差が——〇・三秒程度。」
「〇・三秒の中に——四つの接点が——重なる瞬間がある。」
「……その瞬間を——狙う。」
◆ ◆ ◆
「でも——問題がある。」
「〇・三秒の中に——狙うためには。」
「ゼールバッハ王が——術式を展開し始めた瞬間から——計算を始めなければならない。」
「……展開し始めを——どう感知するか。」
「根源律を——開いておく。」
「術式が動き始めた瞬間——根源律の揺れを感知できる。」
「……感知してから——〇・三秒以内に——四点同時無効化を発動する。」
「……できるか。」
少し間を置いた。
「……できます。」
「封印解除後の私なら——できます。」
◆ ◆ ◆
夜が——深くなった。
演算を——続けた。
「もう一つ——問題がある。」
「ゼールバッハ王が——四属性混合魔法を使わない場合。」
「対話が——成立した場合。」
「……その場合は——術式を使わなくていい。」
「でも——対話が——成立するかどうか。」
「……ゼールバッハ王という人間を——計算する必要がある。」
「プライドが高い。」
「外部からの干渉を——挑発と受け取る。」
「でも——計算もできる。」
「召喚状を受け取って——対話に来た。」
「……ということは——正教会を——完全には無視できないと——計算している。」
「……何かを——求めている。」
「……何を求めているか。」
◆ ◆ ◆
「ゼールバッハ王の立場を——整理する。」
「評議会議長として——ラエティアに侵攻した。」
「でも——ライナーが魔族を引き込んだ。」
「……魔族が——ゼールバッハの側面にいる。」
「「味方」だと——思っていたか。」
「……思っていなかったはずだ。」
「ライナーは——評議会員として動いていた。」
「評議会の議長であるゼールバッハ王は——ライナーが魔族と組んでいることを——知っていたかもしれない。」
「あるいは——知らなかったかもしれない。」
「……どちらか。」
少し考えた。
「……知っていたなら——今更対話に来る理由がない。」
「……知らなかったなら——魔族の存在が——予想外の変数だ。」
「……ゼールバッハ王は——魔族のことを——知らなかった。」
「……だから——対話に来た。」
「正教会が——何を知っているか——確認したかった。」
◆ ◆ ◆
「……ゼールバッハ王が求めているものが——見えた。」
「情報だ。」
「魔族がどこから来たか。」
「ライナーとの関係は何か。」
「自分の側面は——安全か。」
「……それを——知りたくて対話に来た。」
「……なら——提供できる。」
「情報を——提供することで——対話を成立させる。」
「でも——」
「情報を提供する代わりに——軍事行動の停止を——求める。」
「……等価交換だ。」
「プライドの高い人間には——「情報をもらった」という構図より——「等価交換をした」という構図の方が——受け入れやすい。」
「……計算が——整いました。」
◆ ◆ ◆
窓の外が——少し明るくなっていた。
夜明けが——近かった。
「……演算完了。」
ノートに書いた。
「四属性同時無効化:タイミングは〇・三秒以内。根源律で展開の瞬間を感知して発動。封印解除後の私なら——可能。」
「ゼールバッハ王の目的:魔族の情報。等価交換の構図で——軍事行動停止を求める。」
一行空けた。
「……明後日——対話する。」
「演算は——終わった。」
「あとは——当日に——計算通りに動くだけだ。」
もう一行。
「……眠ります。」
「二時間——眠ります。」
ノートを閉じた。
夜明けの光が——部屋に差し込み始めていた。
灰色の瞳が——静かに、閉じた。




