第六十三話 動く変数
——正教国 応接室 数日後
報告が——五件、同時に届いた。
「……順番に聞きます。」
◆ ◆ ◆
「一件目。」
イルマが言った。
「カルヴァーン王国——ヴォルフラムが評議会から離反しました。」
部屋が——静かになった。
「……確認が取れていますか。」
「はい。カルヴァーン王城から——正教会への書が届いています。「評議会との関係を断つ。エルミラへの謝罪書を送る。」という内容です。」
「……エルミラへの謝罪書。」
「はい。正教国宛てに——送られてきています。」
「エルミラには——まだ渡さないでください。」
「……なぜですか。」
「エルミラが——どう反応するか。今は——その準備が整っていない可能性があります。状況が——もう少し落ち着いてから渡します。」
「承知しました。」
◆ ◆ ◆
「ヴォルフラムが離反した理由は——分かりますか。」
「……召喚状が——届いた翌日に動いた、という情報があります。」
「……召喚状が——動かした。」
「はい。」
「ヴォルフラムは——迷っていた。召喚状が——最後の一押しになった。」
「……そう分析しています。」
「カルヴァーン軍の動きは。」
「ラエティア王国内に侵攻していた部隊が——撤退を始めています。」
「……撤退。」
「はい。ヴォルフラムが——撤退命令を出したようです。」
「全部隊が撤退していますか。」
「……いいえ。一部の部隊が——撤退を拒否しています。」
「……ジークヴァルト王子の部隊ですか。」
「はい。ジークヴァルト王子の部隊は——ヴォルフラムの命令を——聞いていません。ラエティア王国内で——独自に動き続けています。」
「……ジークヴァルト王子の状態は——分かりますか。」
「……詳細は不明です。でも——ヴォルフラムの統制が——全く届いていない様子です。何かを目的として——独自に動いています。」
「……何を目的としているか——分かりますか。」
「……不明です。情報が——少ない。」
「情報を——集めてください。ジークヴァルト王子の動きが——次の問題になる可能性があります。」
「承知しました。」
◆ ◆ ◆
「ラエティア王国内の状況は——どうなっていますか。」
私は言った。
「カルヴァーン軍が撤退を始めた地域では——ラエティアの民が混乱しています。ゼールバッハ軍は——南から引き続き進軍中です。」
「……カルヴァーンが引いても——ゼールバッハが来る。」
「はい。ラエティアは——挟まれたままです。」
「……ラエティアの民は——どこに逃げていますか。」
「正教国の方向に——避難している者が増えています。」
「受け入れてください。」
「はい。既にイレーネ教皇代理が——受け入れ準備を進めています。」
「……承知しました。」
◆ ◆ ◆
「二件目を。」
「マレン正教国の船団が——大陸東岸に上陸しました。」
「……エイラ枢機卿が——動いた。」
「はい。正式な要請の前に——準備として上陸させたようです。」
「……計算が速い。」
「はい。」
「上陸した規模は。」
「正教騎士団二旅団と——海兵騎士団一旅団。合計三旅団です。」
「……エイラ枢機卿は——三十日を待たずに動き始めた。」
「「準備として上陸する。要請があれば即座に動ける態勢を整える。」という書が届いています。」
「……承知しました。エイラ枢機卿に——感謝を伝えてください。」
「はい。」
◆ ◆ ◆
「三件目を。」
「特殊騎士団の工作員が——評議会の拠点の一つを確認しました。」
「場所は。」
「ラエティア王国の——東部にある商人ギルドの建物です。情報の中継拠点として機能している可能性があります。」
「……評議会が——ラエティア王国の中に拠点を持っていた。」
「はい。」
「カルヴァーン軍が撤退を始め——ゼールバッハ軍が進んでいる今——その拠点が孤立している可能性があります。」
「……孤立していれば——情報が遮断される。」
「はい。そうなれば——評議会の各員への情報伝達が——滞ります。」
「……評議会の通信を——さらに遮断できる可能性がある。」
「はい。イルマ団長が——動けるという報告があります。」
「動いてください。でも——拠点の人間を——無力化するだけにしてください。排除は——しない。」
「承知しました。」
◆ ◆ ◆
「四件目を。」
「アリダ正教国のカシム枢機卿から——書が届いています。」
「内容を。」
「「補給部隊の編成が完了した。大陸への補給路を確保できる態勢が整った。命令があれば即座に動く。カシム」」
「……カシム枢機卿が——動いていた。」
「はい。本人確認の後——すぐに準備を始めていたようです。」
「……「命じる時は理由を教えてください」と言っていた。」
「はい。」
「今回は——命令ではなく準備の報告だった。」
「……はい。」
「……補給路の確保は——命令がなくても必要だと——自分で判断した。」
「そう思われます。」
「カシム枢機卿に——感謝を伝えてください。」
「はい。」
「「理由のない命令は出さない。でも——あなたの判断は正しかった。」と。」
「承知しました。」
◆ ◆ ◆
「五件目を。」
イルマが——少し表情を変えた。
「……魔族が——動いています。」
部屋が——静かになった。
「……魔族。」
「はい。ラエティア王国の——東部に魔族の部隊が現れたという情報があります。」
「規模は。」
「……複数の部隊です。正確な数は——まだ確認できていません。」
「ライナー・ゾルクとの関係は。」
「……ライナーの辺境領の方向から来ているという情報があります。連携している可能性があります。」
「……ライナーが——魔族を引き込んだ。」
「……そう分析しています。」
「目的は。」
「……不明です。でも——ゼールバッハ軍・カルヴァーン軍・そして今度は魔族と——ラエティアに向かう勢力が——増えています。」
私は少し止まった。
「……魔族が——参戦した。」
「……はい。」
「……計算していなかった変数だ。」
「……はい。」
「監視を——最優先にしてください。魔族の規模と目的を——早急に把握してください。」
「承知しました。」
◆ ◆ ◆
「整理します。」
私は言った。
「ヴォルフラムが離反した。カルヴァーン軍がラエティアから撤退開始した——でもジークヴァルトの部隊は残っている。マレンの旅団が上陸した。アリダが補給路を確保した。評議会の拠点が確認された。そして——魔族が動き始めた。」
「はい。」
「……変数が——一気に動いた。」
「……良い変数と——読めない変数と——計算外の変数が——全部同時に。」
イルマが——静かに言った。
「……魔族が——最も危険ですか。」
「今は——全部が危険です。でも——」
少し間を置いた。
「……魔族は——計算できていなかった。それが——最も困ります。」
「……承知しました。」
◆ ◆ ◆
「ゼールバッハ王からの——返答は。」
「直接対話の要請に対して——まだ返答がありません。」
「……沈黙。」
「はい。」
「拒否ではない。」
「……そう解釈しています。」
「……考えているのかもしれません。プライドが高い人間が——「会いに行く」という選択をするには——時間がかかります。」
「……もう少し待ちますか。」
「はい。催促はしません。催促すれば——プライドを刺激します。」
「……承知しました。」
◆ ◆ ◆
「以上です。」
私は言った。
「動いてください。」
「はい。」
イルマが——出ていった。
一人になった。
◆ ◆ ◆
ノートを開いた。
「ヴォルフラム——評議会から離反。カルヴァーン軍——ラエティアから撤退開始。ただしジークヴァルトの部隊は残留・独自に動いている。目的不明。情報収集急務。」
書いた。
「ラエティアの民——正教国方向に避難増加。受け入れ準備中。」
「マレン旅団——大陸東岸に上陸。三旅団体制。」
「アリダ——補給路確保完了。カシム枢機卿が自ら判断して動いた。」
「評議会拠点——ラエティア東部で確認。通信遮断を試みる。」
一行空けた。
「魔族——ラエティア東部に出現。ライナーと連携の可能性。規模・目的不明。」
「……計算していなかった変数。」
「……これが——最も重い。」
もう一行。
「ゼールバッハ王——沈黙継続。待つ。催促しない。」
「三十日の猶予——残り約二十五日。」
少し止まった。
「……変数が——増えすぎた。」
「でも——」
「計算を——続ける。」
「それしか——ない。」
ノートを閉じた。
正教国の空に——夕暮れが来ていた。
灰色の瞳が——静かに、計算外の変数を追い始めていた。




