幕間 漁夫の利
——グラスヴェン辺境王国 ライナーの執務室 同じ頃
夜だった。
ライナー・ゾルクは——地図を広げていた。
一人だった。
「……美しい。」
静かに言った。
「……全員が——動いている。」
「カルヴァーン。ゼールバッハ。正教会。魔族。」
「全員が——ラエティアに向かっている。」
「全員が——互いを意識している。」
「……その間に——私がいる。」
◆ ◆ ◆
地図を——指でなぞった。
「カルヴァーンは——ラエティアに侵攻した。」
「ゼールバッハは——南から来た。」
「正教会は——召喚状を送った。」
「そして——魔族が——動き始めた。」
「……四つが——ぶつかる。」
「ぶつかれば——消耗する。」
「消耗した後に——私が動く。」
「……それが——漁夫の利だ。」
◆ ◆ ◆
「魔族は——使い勝手がいい。」
ライナーは——思った。
「強い。人間では——正面から勝てない。」
「でも——目的が単純だ。」
「「人間への報復」——それだけを考えている。」
「……そこを——利用する。」
「魔族が動けば——正教会が動く。」
「正教会が動けば——カルヴァーンとゼールバッハが消耗する。」
「全員が消耗した後——私が辺境から動く。」
「……誰も——私に気づいていない。」
「私は——まだ動いていない。」
「動いていない者が——最後に笑う。」
◆ ◆ ◆
「ヴォルフラムが——離反した。」
報告が届いていた。
「……愚かだ。」
ライナーは思った。
「召喚状一枚で——動いた。」
「プライドがない。」
「評議会員として——正教会の召喚状に従うのか。」
「……でも——ヴォルフラムが動いたことで——計算が変わった。」
「カルヴァーン軍が撤退を始めた。」
「ジークヴァルトの部隊は——残っている。」
「……ジークヴァルトは——使える。」
「あの狂った王子は——正教会にも——魔族にも——誰にも言うことを聞かない。」
「つまり——戦場をかき乱し続ける。」
「かき乱された戦場が——私には都合がいい。」
◆ ◆ ◆
「正教会の子どもが——動いている。」
ライナーは——別の報告を見た。
「グラウ・ルナ。」
「特別異端審問作戦を——発動した。」
「召喚状を——評議会員全員に送った。」
「……子どもにしては——手が速い。」
「でも——」
「私には——届かない。」
「私は——評議会員ではあるが——召喚状を受け取る立場にない。」
「辺境王として——正教会の管轄外に身を置いている。」
「……正教会が——私を直接動かすことはできない。」
「それが——私の立場の強みだ。」
◆ ◆ ◆
「……全員が——動いている。」
もう一度——地図を見た。
「カルヴァーンは——内部で揺れている。」
「ゼールバッハは——進軍を続けている。」
「正教会は——召喚状と作戦発動で動いている。」
「魔族は——ラエティア東部に入った。」
「……私は——まだ動いていない。」
「動いていない者が——最後に笑う。」
「それが——漁夫の利だ。」
「……誰も——私が笑うことを——止められない。」
ライナーは——静かに笑った。
夜の執務室に——一人で。
誰にも聞こえないように。
◆ ◆ ◆
「……次の手を——考える。」
地図に——印をつけた。
ラエティアの中央に。
「魔族とゼールバッハとジークヴァルトが——ここでぶつかる。」
「正教会が——ここに介入する。」
「全員が——消耗する。」
「その瞬間——私が辺境から動く。」
「……どこを取るか。」
「ラエティアの西か。」
「あるいは——正教国の東か。」
「……計算が——楽しい。」
「こういう時——生きている、と思う。」
◆ ◆ ◆
「……グラウ・ルナ。」
ライナーは——名前を呟いた。
「あの子どもが——私の計算に気づくか。」
「召喚状を送ってきた。」
「特別異端審問作戦を——発動した。」
「でも——私への手は——まだ届いていない。」
「……届かない間に——動く。」
「それが——私の計算だ。」
「子どもの計算より——私の計算が——上だ。」
「……必ず——上だ。」
夜が——深くなっていた。
ライナー・ゾルクは——地図の上に——次の手を描き続けていた。
誰も——その執務室に入らなかった。
誰も——その計算を——知らなかった。




