第六十一話 完全
——正教国 セラフィアの執務室 数日後
「今日——完了します。」
セラフィアが言った。
「……はい。」
「……準備はいいですか。」
「はい。」
「痛みが——出るかもしれません。」
「どんな痛みですか。」
「……圧力が——一気に変わる感覚です。今まで抑えられていたものが——全部開く。」
「……経験したことのない感覚ですか。」
「そうです。」
「……分かりました。」
◆ ◆ ◆
セラフィアが——手を置いた。
肩に。
静かに——根源律が動いた。
「……今から——最後の封印を解除します。」
「はい。」
「……グラウ。」
「はい。」
「……怖くなったら——言ってください。」
「怖くなっても——続けてください。」
セラフィアが——少し止まった。
「……承知しました。」
◆ ◆ ◆
根源律が——動いた。
封印が——解け始めた。
「……重い。」
思った。
「……何かが——開いていく。」
「今まで——壁があった場所が。」
「……壁が——なくなっていく。」
痛くはなかった。
でも——
「……広い。」
「根源律が——広い。」
「こんなに——広かったのか。」
◆ ◆ ◆
「……グラウ。」
セラフィアが——言った。
「はい。」
「……顔色は。」
「……問題ありません。」
「……本当に。」
「はい。」
「……広い、と思っています。」
「何が広いですか。」
「根源律が。」
セラフィアが——少し間を置いた。
「……そうですね。」
「封印があった間は——制限されていた。」
「はい。」
「……今——全部開いた。」
「はい。」
「……どう感じますか。」
私は少し考えた。
「……ずっと——壁があった。」
「はい。」
「……その壁が——なくなった。」
「はい。」
「……これが——本来の私かもしれない。」
セラフィアが——少し目を細めた。
「……そうかもしれません。」
「……でも——」
「でも——」
「今まで——壁があった方が、あなたにとって安全でした。」
「知っています。」
「……それを——分かった上で言っていますか。」
「はい。セラフィア大神官が——私を守るために施した。」
「……はい。」
「……それが——今日、終わった。」
「はい。」
「……ありがとうございます。」
◆ ◆ ◆
「完了しました。」
セラフィアが——静かに言った。
「……今の状態を——確認してください。根源律を——少しだけ開いてみてください。」
「はい。」
根源律を——少し開いた。
「……」
「グラウ。」
「……少し——待ってください。」
「何かありましたか。」
「……全部——見えます。」
「何が。」
「部屋の中の——全ての術式の気配が。外の——騎士団の気配が。正教国全体の——根源律の流れが。」
「……そこまで感知できますか。」
「……はい。封印がある時は——部屋の中だけだったのに。」
「……そうですか。」
セラフィアが——静かに言った。
「……外まで——見えるのですね。」
「はい。」
「……怖くないですか。」
「……広すぎて——少し、目が回ります。」
「閉じてください。」
「はい。」
根源律を——閉じた。
「……慣れるまで——少しずつ開いていってください。」
「承知しました。」
◆ ◆ ◆
「セラフィア大神官。」
「はい。」
「一つ——試してもいいですか。」
「……何をですか。」
「根源律変換式を——完全解放の状態で演算します。」
セラフィアが——少し止まった。
「……今すぐ、ですか。」
「ほんの少しだけ。確認のためです。」
「……身体への負担が——」
「一秒で止めます。」
セラフィアが——間を置いた。
「……承知しました。ただし——一秒で止めてください。」
「はい。」
◆ ◆ ◆
根源律変換式を——展開した。
一秒。
止めた。
「……」
「グラウ。」
セラフィアが——前に出た。
「……大丈夫ですか。」
「……はい。」
「顔が——」
「……少し——めまいがします。」
「やはり——」
「でも——分かりました。」
「何が分かりましたか。」
「……封印解除前の私と——今の私では、同じ術式でも——密度が全く違います。」
「……それが——数倍から数十倍、ということです。」
「はい。」
「今の一秒が——封印前の私が全力で数分動いた分に相当しました。」
セラフィアが——静かに言った。
「……それは——使い方を——慎重にしなければなりません。」
「はい。」
「一週間——休んでください。」
「はい。」
「善処ではなく——休む、と言ってください。」
私は少し間を置いた。
「……休みます。」
「……ありがとうございます。」
◆ ◆ ◆
「セラフィア大神官。」
「はい。」
「十年間——封印を続けてくれましたね。」
「はい。」
「……ありがとうございます。」
「……謝罪は受け取りましたが——感謝は——まだ受け取っていませんでした。」
セラフィアが——静かに言った。
「……受け取ります。」
「はい。」
「でも——」
「でも——」
「……もっと早く話せばよかった、とも——思っています。」
「セラフィア大神官の判断は——論理的に正しかったです。」
「……でも——あなたに黙っていたことは——」
「受け取りました。」
「……何を受け取りましたか。」
「セラフィア大神官の——後悔も、含めて。」
セラフィアが——少し目を閉じた。
「……ありがとうございます。」
◆ ◆ ◆
部屋を出た。
一人になった。
ノートを開いた。
「封印解除——完全完了。」
書いた。
「根源律の感知範囲——正教国全体。封印前と比較して——術式密度が数倍から数十倍。」
「一秒の根源律変換式展開——封印前の数分分に相当。」
「副作用:めまい。広すぎて目が回る感覚。一週間の安静が必要。」
一行空けた。
「……完全に——開いた。」
「でも——一週間は休む。」
「その間に——計算を続ける。」
「特別異端審問作戦の——詳細を詰める。」
「ゼールバッハ王との直接対話の——準備をする。」
「小大陸への第二の書を——送る。」
もう一行。
「セラフィアの封印に——感謝した。」
「受け取ってもらえた。」
「……それで——十分だ。」
ノートを閉じた。
正教国の空が——静かに広がっていた。
封印が解けた日に——空は変わらなかった。
でも——
灰色の瞳が見る世界が——少し、広くなっていた。




