第六十話 無視
——正教国 応接室 翌々日
「第二外交通告への——返答がありました。」
イレーネが言った。
「内容を。」
「……ゼールバッハ王からです。」
「はい。」
「「正教会の通告を受け取った。しかし——我らの行動は評議会の決定に従うものである。正教会が干渉する権限はない。」」
私は少し間を置いた。
「……無視した、ということですか。」
「はい。形式的な返答はしてきましたが——実質的には無視しています。」
「……予想通りです。」
「カルヴァーンからは。」
「……ヴォルフラムからの返答はありません。」
「無視ですか。」
「……沈黙、と解釈しています。」
◆ ◆ ◆
「ゼールバッハ軍の動きは。」
「進軍速度が——上がっています。第二通告を受け取った後——むしろ加速しました。」
「……通告を——圧力ではなく挑発と受け取った。」
「そう分析しています。」
「ゼールバッハ王は——プライドが高い。」
「はい。」
「正教会に——指図される、という構図が——気に入らなかった。」
「……そうかもしれません。」
私はノートに書いた。
「ゼールバッハ王の性格変数:プライドが高い。外部からの干渉を——挑発と受け取る。直接対話では——まず相手の立場を立てる必要がある。」
◆ ◆ ◆
「カルヴァーンの状況は。」
「カルヴァーン軍は——進軍を続けています。でも——速度が一定しない。部隊によって——速い部隊と遅い部隊がある。」
「……指揮系統が——乱れていますか。」
「……そう見えます。」
「ヴォルフラムが——評議会と軍の間で——何かを迷っている可能性があります。」
「……エルミラ王女を通じた連絡を——試みますか。」
私は少し考えた。
「まだです。」
「なぜですか。」
「エルミラは——今、正教国でシスターとして学んでいます。父との関係は——複雑なままです。今——エルミラを動かすことは——エルミラに選択を迫ることになる。」
「……エルミラ王女の準備が——まだ整っていない、ということですか。」
「はい。もう少し——待ちます。」
◆ ◆ ◆
「特別異端審問作戦を——発動しますか。」
イレーネが言った。
「はい。」
「……第二通告も無視されたので——発動の条件が整いました。」
「はい。でも——作戦の内容を——確認させてください。」
「どうぞ。」
「特別異端審問作戦は——正教会が各国の評議会員を「異端」として審問する権限を行使する作戦です。歴史的に——正教会が最後に使ったのは——百年前と聞いています。」
「はい。百三十年前です。」
「……その時の結果は。」
「……三つの国の政権が——変わりました。」
私は少し止まった。
「……それほどの力がある。」
「正教会の「異端審問」は——歴史的に重みがあります。」
「……では——慎重に使う必要がある。」
「はい。」
「でも——今回は——使います。」
◆ ◆ ◆
「作戦の段階を——確認します。」
私は言った。
「はい。」
「第一段階:各評議会員の所在地と基盤を——特殊騎士団が把握する。」
「はい。イルマ団長に伝えます。」
「第二段階:正教会として——各評議会員に「異端審問召喚状」を送る。」
「……召喚状を受け取れば——どうなりますか。」
「正教会の審問に——応じる義務が生じます。応じない場合——正式に「異端」と認定されます。」
「……「異端」に認定された場合。」
「小大陸の四国が——動きます。」
イレーネが——少し間を置いた。
「……小大陸を——動かすための布石でもあるのですね。」
「はい。」
◆ ◆ ◆
「第三段階:小大陸の四国に——「異端が確認された場合は軍事支援を要請する」という書を送ります。」
「……小大陸を——正式に戦争に巻き込む。」
「戦争ではありません。正教会の「異端討伐」への——支援要請です。」
「……言葉の使い方が——戦略的ですね。」
「正確に言えば——同じことです。でも——「戦争への参加」より「異端討伐への支援」の方が——小大陸の四国が動きやすい。」
「……初代教皇の血を引く四国が——先祖の正教会を守るために動く。」
「はい。その構図を——作ります。」
イレーネが——静かに言った。
「……あなたは——本当に計算する人ですね。」
「事実を——整理しているだけです。」
◆ ◆ ◆
「発動の時期はいつですか。」
イレーネが言った。
「封印解除が完了してから——一週間の安静が終わった後。」
「……封印が解除されるまで——待ちますか。」
「はい。作戦発動後——私が最大限動ける状態でなければならない。封印解除前は——まだ制限があります。」
「……分かりました。」
「イレーネ教皇代理。」
「はい。」
「作戦発動の宣言文を——準備してください。アルバ教皇名義で。」
「はい。」
「内容は——「正教会は特別異端審問作戦を発動する。評議会員を異端として審問する。召喚に応じない場合——正式に異端と認定し対抗措置を取る。アルバ」」
「……承知しました。」
◆ ◆ ◆
「以上です。」
私は言った。
「……一つだけ——聞いていいですか。」
イレーネが言った。
「どうぞ。」
「……ゼールバッハ王との直接対話を——まだ考えていますか。」
「はい。」
「作戦発動後も——対話を試みますか。」
「はい。対話と——圧力は——同時に使います。どちらか一方では——不十分です。」
「……同時に、ですか。」
「ゼールバッハ王は——プライドが高い。でも——計算もできる人間のはずです。圧力が高まれば——対話に応じる可能性が上がります。」
「……圧力をかけながら——対話の窓を開けておく。」
「はい。」
イレーネが——静かに頷いた。
「……分かりました。」
◆ ◆ ◆
応接室を出た後——ノートを開いた。
「ゼールバッハ——第二通告を実質無視。進軍加速。プライドが高い・干渉を挑発と受け取る・直接対話では立場を立てる必要あり。」
書いた。
「カルヴァーン——沈黙。ヴォルフラムが迷っている可能性あり。エルミラを通じた連絡はもう少し待つ。」
「特別異端審問作戦——発動決定。封印解除完了・安静後に発動。三段階構成。」
一行空けた。
「……二つの通告を——無視された。」
「でも——これは想定内だ。」
「無視されることで——作戦発動の正当性が生まれた。」
「……評議会は——動いた。」
「私も——次を動かす。」
もう一行。
「封印解除——あと数日。」
「……早く——完全に動きたい。」
ノートを閉じた。
正教国の空に——夕暮れが来ていた。
灰色の瞳が——静かに、加速する戦局を見ていた。




