第五十五話 エルミラ・アルバ
——正教国 翌日から数日後
封印の解除は——少しずつ始まった。
セラフィアが毎朝来た。
「今日は——ここまで。」
「分かりました。」
「痛みはありますか。」
「痛みとは違います。……圧力が変わる感覚です。」
「そうですね。封印が緩むと——根源律との距離が変わります。慣れるまで時間がかかります。」
「急がなくていいですか。」
「急いでも——壊れるだけです。」
「……分かりました。」
◆ ◆ ◆
三日目に——イルマに伝えた。
「教皇に就任しました。」
イルマが——止まった。
長い間——何も言わなかった。
「……イルマ団長。」
「……はい。」
「聞こえていましたか。」
「……はい。」
「……どうしましたか。」
イルマが——少し顔を伏せた。
「……失礼しました。」
「何がありましたか。」
「……少し——」
静かに言った。
「……嬉しくて。」
◆ ◆ ◆
「条件があります。」
「はい。」
「私を崇拝する勢力が暴走しないように——セラフィア大神官が抑えます。あなたもそれに協力してください。」
「……承知しました。」
「それと——教皇名はアルバです。当面非公開です。グラウ・ルナとして動きます。」
「……承知しました。」
「以上です。」
イルマが——深く頭を下げた。
「……ルナ教皇猊下。」
「その呼び方は——当面使わないでください。」
「……承知しました。」
「グラウ・ルナです。」
「……グラウ・ルナ様。」
「はい。」
「……ありがとうございます。」
「感謝は受け取ります。」
◆ ◆ ◆
五日目に——エルミラに会いに行った。
正教国の中に——シスターの宿舎があった。
扉を叩いた。
「どうぞ。」
扉を開けた。
白い装束を纏った人間がいた。
振り向いた。
エルミラだった。
「……グラウさん。」
「……変わりましたね。」
「はい。」
エルミラが——静かに立っていた。
カルヴァーンの第一王女ではなかった。
正教会のシスターだった。
◆ ◆ ◆
「名前を——変えたのですか。」
私は言った。
「はい。」
「カルヴァーンの名前を——捨てた。」
「はい。」
「……今の名前は。」
エルミラが——少し間を置いた。
「……エルミラ・アルバ、と名乗っています。」
私は少し止まった。
「……アルバ。」
「はい。白という意味の言葉です。」
「……知っています。」
「……グラウさんが、以前——「白でも黒でもない灰色」とおっしゃっていたことを思い出しました。私は——白になりたいと思いました。」
「……そうですか。」
私は少し間を置いた。
「……その名前を——続けてください。」
「……はい。なぜですか。」
「いい名前だからです。」
◆ ◆ ◆
「シスターになったのはなぜですか。」
「学ぶことが——ここにあると思ったからです。」
「何を学んでいますか。」
「正教会の教えを。医療を。人を助ける方法を。」
「……どうして医療を。」
エルミラが少し間を置いた。
「戦争が終わった後——怪我をした人がたくさんいると思います。その時に——役に立ちたい。」
「……戦争が終わることを——前提にしているのですか。」
「はい。」
「なぜそう思えるのですか。」
エルミラが——静かに言った。
「グラウさんがいるからです。」
◆ ◆ ◆
私は少し止まった。
「……私がいるから。」
「はい。」
「……根拠を教えてください。」
「グラウさんは——ここにいます。正教国に来ました。動いています。それだけで——十分です。」
「論理的な根拠ではありませんね。」
「……そうですね。」
エルミラが少し笑った。
白の装束が——よく似合っていた。
「でも——私はそう思います。」
「……感情的な根拠ですね。」
「はい。」
「……受け取りました。」
「……グラウさん。」
「はい。」
「父への手紙は——届きましたか。」
「……確認していません。でも——送りました。」
「……そうですか。」
エルミラが——空を見た。
「父が——どう思うか。分かりません。」
「分かりません。」
「でも——書いた。」
「はい。」
「……それで——十分です。」
エルミラが——静かに笑った。
◆ ◆ ◆
「一つ聞いていいですか。」
エルミラが言った。
「はい。」
「グラウさんは——戦争を止めますか。」
私は少し考えた。
「止めます。」
「……どうやって。」
「今は——言えません。でも——止めます。」
「……信じます。」
「信じる根拠は。」
「グラウさんだからです。」
「……それは——根拠になりますか。」
「私の中では——なります。」
エルミラが——また笑った。
「……グラウさんは——変わっていませんね。」
「そうですか。」
「はい。」
◆ ◆ ◆
宿舎を出た後——ノートを開いた。
「エルミラ・アルバ——正教会のシスターになっていた。カルヴァーンの名前を捨てた。医療を学んでいる。「戦争が終わった後に役立ちたい」という発言。」
書いた。
「エルミラの発言:「グラウさんがいるからです。」」
一行空けた。
「……エルミラは——前を向いている。」
「白の装束が——よく似合っていた。」
「アルバという名前を——彼女も選んでいた。」
少し止まった。
「……偶然かもしれない。」
「でも——」
「……どちらも——白を選んだ。」
もう一行。
「封印解除:進行中。イルマへの通知:完了。」
「戦争を止める。」
「三ヶ月以内に。」
「……これが——私の答えだ。」
ノートを閉じた。
正教国に——白い雲が流れていた。
灰色の瞳が——静かに、白い空を見ていた。




