第五十四話 四つの条件
——正教国 応接室 翌朝
イレーネ・サンクタ教皇代理に——連絡した。
「話があります。今日中に来てください。セラフィア大神官も一緒に。」
午前中に——二人が来た。
白の装束のイレーネ。
黒の装束のセラフィア。
「教皇就任について——条件があります。」
私は言った。
「聞かせてください。」
イレーネが言った。
「四つです。」
「全部聞きます。」
◆ ◆ ◆
「一つ目。実務は全て——イレーネ教皇代理とセラフィア大神官に任せます。私は判断しません。日常的な正教会の運営には関与しません。」
「……承知しました。」
イレーネが即答した。
「これは——最初から想定していました。」
「そうですか。」
「二つ目。」
「はい。」
「超短期決戦を前提にします。長期化しない。戦争を終わらせることを最優先に動く。それが崩れた場合——私は教皇としての行動を停止します。」
イレーネが少し間を置いた。
「……超短期決戦、というのは——どういう基準ですか。」
「三ヶ月以内。」
「……三ヶ月。」
「カルヴァーンとゼールバッハが同時に動いている今——長引けば不可逆な損失が最大化します。三ヶ月を超えれば——私の論理では受け入れられません。」
「……承知しました。三ヶ月を前提に動きます。」
◆ ◆ ◆
「三つ目。」
私はセラフィアを見た。
「特殊騎士団と神官の急進化を——セラフィア大神官が抑えること。」
セラフィアが——少し動いた。
「……どういう意味ですか。」
「私が教皇に就任すれば——特殊騎士団の私を崇拝する勢力が更に急進化します。私の言動が全て神託として解釈される。私の一言が世界を動かすトリガーになる。それを——セラフィア大神官が抑えてください。」
「……あなたは——特殊騎士団のことを、知っていたのですか。」
「観察していました。」
セラフィアが——少し笑った。
でも——笑い方が、複雑だった。
「……分かりました。できる限り抑えます。」
「できる限り、では不十分です。」
「……グラウ。」
「セラフィア大神官。私が教皇になれば——私を崇拝する勢力が暴走した場合、最初に犠牲になるのは私の自由です。それはあなたが最も望まないことのはずです。」
セラフィアが——静かに言った。
「……承知しました。抑えます。」
「ありがとうございます。」
◆ ◆ ◆
「四つ目。」
「はい。」
「封印の内容を——全部教えてください。」
部屋が静かになった。
イレーネが——セラフィアを見た。
セラフィアが——少し間を置いた。
「……知っているのですか。封印のことを。」
「知りません。でも——何かがあると分かっています。」
「どこで。」
「気配です。自分の中に——何かがある。何かが抑えられている。根源律変換式を証明した時から——ずっと感じていました。」
「……そうですか。」
「全部教えてください。それが——四つ目の条件です。」
◆ ◆ ◆
セラフィアが——立ち上がった。
「……少し時間をください。」
「はい。」
セラフィアがイレーネの方を向いた。
「イレーネ。私から話します。」
「……はい。」
イレーネが——少し頭を下げた。
セラフィアが——私の前に座り直した。
「グラウ。」
「はい。」
「怒らずに——聞いてください。」
「事実を聞きます。感情で判断しません。」
「……そうですね。あなたはそういう子です。」
セラフィアが——静かに話し始めた。
◆ ◆ ◆
「あなたが孤児院にいた時から——封印は施されていました。」
「誰が。」
「私が。」
「……理由は。」
「あなたの力が——制御できない状態にあったからです。生まれた時から——根源律に近すぎた。制御できなければ——あなた自身が壊れる可能性があった。」
「……壊れる。」
「はい。三十年前と同じように。」
「三十年前の身体崩壊と——同じ可能性があった。」
「はい。」
私は少し考えた。
「封印の内容は。」
「根源律への接触を——一定以上制限しています。あなたが根源律を完全に行使しようとした時——封印が抵抗します。」
「つまり——私は今、完全には動けない。」
「はい。」
「根源律を完全に行使した場合——その力の上限も封印されていますか。」
セラフィアが——少し止まった。
「……上限、とはどういう意味ですか。」
「根源律を完全に解放すれば——どの程度の術式が行使できるか。その計算が——封印によって制限されているかどうかです。」
「……はい。制限されています。」
「どの程度まで。」
「今あなたが使えている術式の——数倍から数十倍の規模。それが完全解放の上限です。」
私は少し間を置いた。
「……数十倍。」
「はい。」
「……そうですか。」
◆ ◆ ◆
「封印を解除できますか。」
「できます。」
「今すぐ。」
「……今すぐ、は——危険です。段階的に解除する必要があります。」
「どれくらいかかりますか。」
「……一ヶ月程度。」
「三ヶ月の中に——一ヶ月の封印解除が入る。残り二ヶ月で決着をつける。」
「……計算しているのですね。」
「はい。」
「……グラウ。」
「はい。」
「怒っていますか。」
私は少し考えた。
「……怒りという感覚が正確に何かは分かりません。でも——同意なく施されたことへの——何かはあります。」
「……そうですね。すみませんでした。」
「謝罪は受け取ります。」
「でも——あなたが私を壊れないようにしようとした、ということも——事実です。それも記録します。」
セラフィアが——少し目を細めた。
「……ありがとうございます。」
◆ ◆ ◆
「四つの条件——全て受け入れますか。」
私はイレーネを見た。
「はい。全て受け入れます。」
「……教皇就任を——受け入れます。」
部屋が——静かになった。
イレーネが——少し目を閉じた。
セラフィアが——何も言わなかった。
「条件があります。」
「はい。」
「教皇名は——別の名義を使います。」
「……どういう意味ですか。」
「グラウ・ルナという個人は——学院に戻る人間として存在し続けます。教皇としての名前は——別に用意してください。」
「……承知しました。」
「それと——就任の事実は——当面、公開しません。」
「……承知しました。」
「以上です。」
◆ ◆ ◆
「教皇名は——どうしますか。」
イレーネが聞いた。
「私が決めます。」
「……何にしますか。」
私は少し考えた。
「……アルバ。」
「アルバ。」
「白を意味する言葉です。灰色の私が——白の名前を持つ。それが——この役割の本質だと思います。」
セラフィアが——静かに言った。
「……よい名前ですね。」
「論理的に選びました。」
「……でも——美しい。」
「そうですか。」
◆ ◆ ◆
「アルバ教皇。」
イレーネが——静かに言った。
「……その名前は——当面使わないでください。」
「承知しました。」
「グラウ・ルナとして——動きます。」
「はい。」
「では——封印の解除から始めます。」
セラフィアが言った。
「はい。よろしくお願いします。」
「……グラウ。」
「はい。」
「怖くないですか。」
「封印が解除されることが——ですか。」
「はい。」
私は少し考えた。
「……怖いという感覚かどうか分かりません。でも——必要なことです。」
「……そうですね。」
セラフィアが——静かに立ち上がった。
「始めましょう。」
◆ ◆ ◆
部屋を出た後——ノートを開いた。
「教皇就任を——受け入れた。」
書いた。
「四つの条件:①実務はイレーネ・セラフィアに任せる ②超短期決戦・三ヶ月以内 ③私を崇拝する勢力の急進化をセラフィアが抑える ④封印の内容を全部教えてもらう」
「教皇名:アルバ。当面非公開。」
「封印の事実を知った。セラフィアが施した。理由:根源律への接触制限・身体崩壊の防止。解除に一ヶ月。完全解放の上限——今の数倍から数十倍。」
一行空けた。
「……同意なく施された封印への——何か。」
「でも——セラフィアの理由も——事実だ。」
「両方を——持っていく。」
もう一行。
「教皇になった。」
「でも——グラウ・ルナのまま。」
「……これが——私の答えだ。」
ノートを閉じた。
正教国の空が——静かに広がっていた。
灰色の瞳が——静かに、前を向いていた。




