第五十話 受け入れる
——魔法学院 中庭 翌朝
エルミラが来たのは——翌朝だった。
昨日より、少し顔色が悪かった。
眠れなかったのかもしれない。
「グラウさん。」
「はい。」
「……答えを出しました。」
「聞きます。」
◆ ◆ ◆
「亡命を——受け入れます。」
エルミラが言った。
「分かりました。」
「……驚かないのですか。」
「驚くことではありません。あなたが考えて出した答えです。」
「……そうですね。」
エルミラが少し息を吐いた。
「一晩——考えました。」
「何を考えましたか。」
「父のことを。カルヴァーン王国のことを。ラエティア王国のことを。」
「全部考えた。」
「はい。」
「……答えが出たのはなぜですか。」
◆ ◆ ◆
エルミラが——少し間を置いた。
「グラウさんが言っていました。」
「何を。」
「「亡命しても——父を止める方法はあるかもしれない」と。」
「言いました。」
「……亡命することは——父を捨てることではないかもしれない、と思いました。」
「どういう意味ですか。」
「父がしようとしていることを止めることが——本当の意味で父を守ることかもしれない。」
「……あなた自身がそう考えたのですか。」
「はい。」
「……そうですか。」
私は少し間を置いた。
「それは——論理的にも、感情的にも、正しい考え方だと思います。」
「……ありがとうございます。」
◆ ◆ ◆
「一つだけ——お願いがあります。」
エルミラが言った。
「何ですか。」
「父に——手紙を書かせてください。」
「……どんな内容ですか。」
「正教国に行くこと。でも——父のことを憎んでいないこと。」
私は少し考えた。
「手紙を送れば——あなたの居場所が評議会に知られる可能性があります。」
「……分かっています。」
「それでも書きたいですか。」
「はい。」
「理由は。」
「父に——娘の声を届けたいからです。」
エルミラが——静かに言った。
「……それだけです。」
◆ ◆ ◆
「受け入れます。」
私は言った。
「……よいのですか。」
「あなたの判断です。リスクはあります。でも——あなたがそれを承知の上で選ぶなら——私が止める理由はありません。」
「……グラウさんは——いつもそうですね。」
「どういう意味ですか。」
「選ぶのは私だと——言ってくれる。」
「事実です。」
エルミラが——少し笑った。
今日の笑い方は——昨日より少し軽かった。
「……では——手紙を書かせてください。」
「はい。それから——正教会に連絡します。亡命の手続きを進めます。」
「急ぎますか。」
「軍が動いています。できるだけ早い方がいい。でも——焦らなくていいです。手紙を書いてから。」
「……分かりました。」
◆ ◆ ◆
「グラウさん。」
エルミラが言った。
「はい。」
「正教国では——どういう扱いになりますか。」
「難民ではありません。亡命者として、正教会が保護します。学ぶことも、働くことも——自由にできます。」
「……貴族ではなくなりますか。」
「正教国には貴族制度がありません。でも——あなたはあなたです。肩書きが変わっても。」
「……そうですね。」
エルミラが少し間を置いた。
「ラエティア王国は——どうなりますか。」
「分かりません。でも——戦争を止めるために動く人たちがいます。」
「正教国の人たちですか。」
「はい。」
「……グラウさんも。」
「……考えています。」
「……そうですか。」
◆ ◆ ◆
「手紙を書いたら——持ってきます。」
エルミラが言った。
「はい。」
「……グラウさん。」
「何ですか。」
「友達で——よかったです。」
私は少し止まった。
「……私も。」
「……珍しいですね。そういうことを言うのは。」
「言います。」
「……ありがとうございます。」
エルミラが歩き出した。
光属性の王女が——中庭を歩いていった。
◆ ◆ ◆
一人になった。
私はノートを開いた。
「エルミラ・カルヴァーン——亡命を受け入れた。」
書いた。
「条件:父への手紙を書く。リスク承知の上。」
「判断の根拠:「亡命することが父を捨てることではない——父がしようとしていることを止めることが本当の意味で父を守ることかもしれない。」」
一行空けた。
「……エルミラは——論理と感情を両方持って、答えを出した。」
「私より——ずっと難しい問いに。」
「一晩で。」
もう一行。
「正教国への連絡を——今日中に入れる。」
「手続きを進める。」
少し止まった。
「……教皇就任の答えは——まだ出ない。」
「でも——動いている。」
「私も——動き始めている。」
「……それは——確かだ。」
ノートを閉じた。
中庭に——朝の光が差していた。
灰色の瞳が——静かに、前を向いていた。




