表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
演算の魔女は祈らない 〜The Witch of Calculus Never Prays〜  作者: 玉響すばる


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

76/101

第四十九話 亡命

——魔法学院 中庭 朝


イルマ・クロースが来たのは——朝だった。


黒地に銀糸の装束。


「グラウ・ルナ様。」


「はい。」


「進言があります。」


「聞きます。」


◆ ◆ ◆


「エルミラ・カルヴァーン第一王女を——正教国に亡命させるべきです。」


イルマが言った。


「理由を教えてください。」


「カルヴァーン軍が動き始めました。戦端が開かれれば——第一王女は人質になる可能性があります。あるいは——評議会の駒として利用される。」


「評議会がエルミラを利用するとすれば——どういう形ですか。」


「ラエティア王国への投降を促す切り札として。あるいは——正教国への圧力として。」


私は少し考えた。


「……エルミラが評議会の父の元に戻れば——そのリスクがある。」


「はい。」


「正教国に亡命すれば——そのリスクは減る。」


「はい。」


「でも——エルミラの意志を確認せずに動くことはできません。」


「……承知しています。だから——進言しました。判断はルナ様が。」


◆ ◆ ◆


「なぜ私に進言するのですか。」


「あなたがエルミラ王女と話せる立場にいるからです。我々が直接動けば——王女は警戒する。」


「……論理的ですね。」


「はい。」


「一つ確認させてください。」


「何でしょうか。」


「正教国への亡命は——エルミラにとって父を捨てることになります。それをあなたは考慮しましたか。」


イルマが少し止まった。


「……考慮しました。」


「どう評価しましたか。」


「王女の命の方が——優先されるべきだと判断しました。」


「父と命を天秤にかけた。」


「はい。」


「……その判断は——エルミラ自身がするものです。私ではなく。あなたでもなく。」


「……承知しました。」


◆ ◆ ◆


「進言を受け入れます。エルミラに——話します。」


「ありがとうございます。」


「でも——返事を急かしません。」


「……承知しました。」


「それと——」


私はイルマを見た。


「エルミラが断った場合——どうしますか。」


イルマが少し間を置いた。


「……その場合は——学院内での護衛を強化します。」


「強制的に連れて行くことは。」


「……しません。」


「なぜですか。」


「ルナ様がそれを望まないと——判断したからです。」


「私がそう言ったからではなく——論理として正しいかどうかで判断してください。」


イルマが——静かに言った。


「……論理としても——正しいと判断します。強制した場合、王女の信頼を失う。正教国への亡命は信頼があってこそ意味を持ちます。」


「……そうです。」


◆ ◆ ◆


その日の午後——エルミラを探した。


中庭の端にいた。


一人で——空を見ていた。


「エルミラさん。」


「……グラウさん。」


「少し話せますか。」


「はい。」


◆ ◆ ◆


「カルヴァーン軍が——動き始めていることを知っていますか。」


私は言った。


エルミラが——少し止まった。


「……知りませんでした。」


「昨日、情報が入りました。国境方面に部隊が集結しています。」


「……そうですか。」


「あなたに——提案があります。」


「何ですか。」


「正教国に——亡命してください。」


◆ ◆ ◆


部屋が——いや、中庭が静かになった。


エルミラは——しばらく何も言わなかった。


「……亡命。」


「はい。」


「正教国に。」


「はい。」


「……それは——」


エルミラが少し声を詰まらせた。


「父を——捨てることになりますか。」


「あなたがどう解釈するかによります。でも——父の国から離れることには、なります。」


「……父は——評議会員だと言いましたね。」


「はい。」


「父は——戦争を起こそうとしている。」


「そう見えます。」


「……父が——そういう人だったとは。」


エルミラが——少し目を伏せた。


◆ ◆ ◆


「提案する理由を聞いていいですか。」


エルミラが言った。


「あなたが——評議会の駒として利用される可能性があるからです。カルヴァーン軍が動けば——あなたは人質になるかもしれない。」


「……誰かのために使われる。」


「はい。あなたの意志とは関係なく。」


「……それは——嫌です。」


「私もそう思います。」


「でも——」


エルミラが少し止まった。


「父が——それをするとは、思いたくない。」


「……そうですか。」


「父が——私を駒として使うとは。」


「分かりません。あなたの父がどういう人かは——私には判断できません。でも——評議会という組織は、そういう判断をする可能性があります。」


「……父と評議会は——別ですか。」


「別かもしれません。同じかもしれません。今は分かりません。」


◆ ◆ ◆


「今すぐ答えを出さなくていいです。」


私は言った。


「……いいのですか。」


「はい。考える時間が必要な問いです。」


「でも——軍が動いているなら——時間は。」


「あります。まだ。」


「……そうですか。」


エルミラが——空を見た。


「グラウさんは——私に亡命してほしいですか。」


「はい。」


「なぜ。」


「あなたが——友達だからです。」


エルミラが——少し動いた。


「……感情的な理由ですね。」


「はい。論理的な理由もあります。でも——感情的な理由も、あります。」


「……グラウさんが——そういうことを言うのですね。」


「言います。」


「……ありがとうございます。」


◆ ◆ ◆


「一つだけ聞いていいですか。」


エルミラが言った。


「はい。」


「亡命したら——もう父に会えませんか。」


私は少し考えた。


「戦争が終われば——可能性はあります。でも——今は保証できません。」


「……そうですか。」


「父を——止めたいと言っていましたね。」


「はい。」


「亡命しても——止める方法はあるかもしれません。でも——今は分かりません。」


「……正直ですね。」


「分からないことを分かると言うことは——できません。」


エルミラが——少し笑った。


重い笑い方だった。


「……少し時間をください。」


「どれくらいですか。」


「……一日。考えます。」


「分かりました。」


◆ ◆ ◆


エルミラが去った後——一人になった。


ノートを開いた。


「エルミラ・カルヴァーンへの亡命提案。返事は明日。」


書いた。


「エルミラの発言:「父を捨てることになりますか」「もう父に会えませんか」」


一行空けた。


「……父のことが引っかかっている。」


「当然だ。」


「でも——」


少し止まった。


「それを——乗り越えるかどうかは、エルミラが決める。」


「私が決めることではない。」


もう一行。


「急かさない。」


「でも——時間は——あまり残っていないかもしれない。」


ノートを閉じた。


中庭に——午後の光が差していた。


灰色の瞳が——静かに、空を見ていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ