第四十八話 動き始めた
——魔法学院 ルナの部屋 夕方
扉が鳴った。
「グラウ様。リーゼ・ハルバーです。」
「どうぞ。」
扉が開いた。
リーゼが入ってきた。
表情が——いつもと違った。
「報告があります。」
「聞きます。」
「二件あります。」
「どうぞ。」
◆ ◆ ◆
「一件目。学院周辺で監視者が二名確認されました。特殊騎士団が捕捉しました。」
「いつですか。」
「昨夜から今朝にかけて。」
「苛烈な排除は控えるよう指示しましたが——捕捉ということは生きていますか。」
「はい。現在——特殊騎士団が確保しています。」
「私の指示が伝わっていましたか。」
「……はい。イルマ団長から全員に伝わっていたようです。」
「……そうですか。」
リーゼが少し止まった。
「グラウ様が——そう指示されたのですか。」
「論理的に最善だと判断しました。」
「……承知しました。」
◆ ◆ ◆
「監視者から——情報が得られましたか。」
「はい。それが二件目です。」
リーゼが少し真剣な顔になった。
「カルヴァーン王国の軍が——動き始めています。」
部屋が静かになった。
「動き始めた、というのは——どういう意味ですか。」
「国境付近への部隊集結が確認されています。ラエティア王国との国境方面に向けて。」
「……規模は。」
「まだ確認中ですが——複数の大隊が移動しているという情報です。」
「情報源は——その監視者ですか。」
「はい。評議会の末端工作員だったようです。」
「末端が——その情報を持っていた。」
「……はい。意図的に流された情報の可能性もあると、イルマ団長は言っています。」
◆ ◆ ◆
私はノートを開いた。
「記録します。」
「はい。」
書いた。
「カルヴァーン王国の軍がラエティア王国との国境方面に向けて移動中。複数の大隊。情報源:評議会末端工作員(捕捉済み)。意図的な情報流布の可能性あり。」
「一件目も記録します。監視者二名捕捉。特殊騎士団が確保中。」
書いた後——少し止まった。
「リーゼ。」
「はい。」
「イレーネ教皇代理は——この情報を知っていますか。」
「はい。イルマ団長から直接報告が届いています。」
「……そうですか。」
◆ ◆ ◆
「グラウ様。」
リーゼが言った。
「何ですか。」
「……怖くないですか。」
私は少し考えた。
「何が怖いのですか。」
「戦争が——近いということ。」
「……怖い、という感覚が——正確に何を指すか分かりません。」
「でも——」
「でも——」
私は少し間を置いた。
「エルミラがいます。」
「……はい。」
「エルミラの父が評議会員で——その国の軍が動き始めた。」
「……はい。」
「……それについては——何か感じます。怖いと呼ぶのかどうか分かりませんが。」
リーゼが——少し動いた。
「……グラウ様も——そういうことを感じるのですね。」
「感じます。」
「……そうですか。」
◆ ◆ ◆
「リーゼ。」
「はい。」
「一つ聞いていいですか。」
「どうぞ。」
「あなたは——ラエティア王国の人間として、戦争が近いと聞いてどう感じますか。」
リーゼが少し止まった。
「……守りたいと思います。」
「誰を。」
「学院の人たちを。王都の人たちを。」
「それが——あなたが第三騎士団にいる理由ですか。」
「……そうかもしれません。」
「……そうですか。」
私はノートに——もう一行書いた。
「リーゼ・ハルバーの発言:「守りたいと思います。」」
「……なぜ記録するのですか。」
「大切だから。」
リーゼが——少し目を見開いた。
「……ありがとうございます。」
「事実を記録しただけです。」
◆ ◆ ◆
リーゼが出ていった後——一人になった。
ノートを開いたまま——窓の外を見た。
夕暮れが来ていた。
「カルヴァーンの軍が動き始めた。」
静かに言った。
「……エルミラは——知っているか。」
「……知らないかもしれない。」
「知っていても——何もできないかもしれない。」
「……それが——最も不可逆な損失に繋がる可能性がある。」
ノートに書いた。
「計算を——更新する。」
「変数:カルヴァーン軍の移動開始。」
「エルミラへの影響:未確認。要確認。」
「教皇就任の計算:——」
少し止まった。
「……変わった。」
一行空けて書いた。
「答えを——出す必要があるかもしれない。」
ノートを閉じた。
夕暮れの光が——部屋の中に差し込んでいた。
灰色の瞳が——静かに、動き始めた世界を見ていた。




