二十斬り目
クチビル。初めから変異などなく成長してきた。魔物ではなく純粋たる生物かもしれない
クチビルの巨体が都市の中で入り込んで以降、都市中は絶する修羅場となった。
誰も抗う者がいない。だから争いと値付けするにも相応しくなかった。兵士だの男は人間ではなく、ただの逃げ惑う鶏に過ぎなかった。建物が崩れる音。悲鳴。
「誰か助けてぇ!!」
「この街は終わりだぁ!!」
そしてクチビルの咆哮。
「ブモォオオオオオ!!!」
ぶっ殺す。と訴えかけているような吠えを増した。たった一人の女騎士を追い求める度に周りは数え切れない程の犠牲が発する。
奇跡なんて信じ難いと思う位の絶望だった。誰も助けてくれない。そうと誰もが分かる。フイルベリアでさえ。
勝てない。どうせ抗っても、マグニエスタみたいに食い物にされるだけだ。
逃げ惑う事しかフイルベリアには選択肢が無かった。自らが悪くもそう察した。逃げるが勝ちとは別に思ってなどいない。
恐怖症を覆った顔付き。
途中、水路を目に映って、これで身を隠せると鎧を脱いで水路を通った。これがもし見つけられなかったら運命は変わっていただろう。これで街を脱出できる。
奴を巻くにはみを隠して違う場所するしかなかった。向かう先は森林深くだった。水路から上がって、森の中に踏み込んだ時だった。強い風がフイルベリアの背中から髪を揺らいだ。強い風といって物理的な物と感じさせるような強さが伝わる。
後ろ振り向いた。街は…街ではなくなっていた。丸ごと一瞬にして
瓦礫の場に変わった。クチビルの仕業なのだろう。口を開けた姿が捉えた。辺りの瓦礫を漁り始めた。フイルベリアを殺そうと必死で動いている。執念深い野郎だ。
フイルベリアは咄嗟に森奥まで走り去った。この時は一安心というものが彼女に込めていなかった。
騎士団の壊滅。その上マグニエスタの敗北。ここまで屈辱を受けるとは想像できなかった。
鎧を脱いではただの女とさせた。
くそ…ここまで追い詰められた事はなかった…!何故だ!
どちらが弱いのか強いのか理解不能だった。大分長く走ったせいで息が荒く吠える。脚を止めたフイルベリア。手を膝に付け、長い髪を垂れ落とす。
もう追ってくる気配は無い。助かった…というのも程遠かった。今立っている森はどこの領域内なのかも把握できていなかった。初めて踏み入れる地帯だったからだ。
故郷に戻るのが唯一のやることだが故郷は遠い。金もない。
運が悪ければ盗賊か魔物に出くわすか。終わりという確率も多少ある。とにかく…近くの集落で泊まるしかない。フイルベリアは頭を上げた。一歩と脚を動かした時、地面に着けた感覚が無かった。
「あっ」
と口開けばその先は崖だった。フイルベリアは引かれるように崖から落ちた。
「うわあぁぁぁ!」
叫び声を零しつつ落下。土の上に叩きつけられる。
「グヘッ!」
崖はそれ程高所ではなかった為、一命は遂げた。しかし、地面に着いた時、脚にボキッと左足の折れる感覚が伝わったのである。
骨折で強い痛みが走る。もう動けないと言葉が頭に横切った。
こんな人気の無い、不明確な場所で助けを呼べない。森のど真ん中辺りで自分が可能な選択肢はもう考えられなかった。もう終わりか…
孤立無援となったその恐怖がフイルベリアの精神が歪み始める。
誰も来ないまま私はここで落ちるのか…骨折が癒えぬまま、飢え死となるのか…過去に両親に甘えていた自分が戻る瞬間だった。
嫌だ…!こんな所で死にたくない…!
誰か…誰か来てくれ…
草を強く握る。涙ぐましい顔でクシャクシャになった顔を伏せ隠した。自分が死を恐れないフイルベリアである事を忘れる。
「誰か…」
嘆き発していた時だった。茂みを揺れ鳴らす音がフイルベリアの前で響いた。
目の前の茂みから伝わる。人間か?助けに来たのか?幸運が絶えていないとフイルベリアは咄嗟に顔を上げた。
目に映った影は…人間ではなかった。またしても…魔物だった。見たことの無い個体だった。ああ…これで最期って訳か。
新手だと察して生きた心地が無かった。魔物は癒やしなど所詮しないものだ。あえて喰うか殺すか。龍は殆どそれを促す。良心的な魔物なんて信じられない。
魔物がゆっくりとフイルベリアを眺めながら近づいていく。
「止めろ…来るんじゃない…!」
逃げたかったのにも動きの自由が効かない。それでも命だけは奪われたくないと必死で腕の力で下がった。しかし背中が崖下に背を付いてしまった。
もう逃げられないと悟った時、今度こそ絶対の死に際が迫る。
魔物が口を開けて迫り来る。ガバッとフイルベリアに飛びかかった。左の骨折した辺りに噛みついてきた。
「がぁ!痛ぁ!」
更なる痛みに痛声が響く。
「止めろぉ!話せぇ!」
精神の歪みが激しくなった瞬間。ガアガアと赤ん坊みたいに泣き叫ぶフイルベリアはもがく。魔物は蛭のように口を付けて離れない。
「痛いから止めてよぉ…お願いだから…うっ…ううっ…」
叫びに響きが小さくなっていく。何故だ。痛みが徐々に消えていくのを感じる。噛みついていた魔物の瞳がフイルベリアの顔に向けていた。悲しい目で見ていた。
口を自ら離した。
「ファウ…」
威厳無い。この控えめな鳴き声。何だろう。この魔物人間型していて…口を動かしている。
「…大丈夫って食うつもりじゃないのか…?」
「ファウ…」
首を横に振った魔物。本当なのかと不信のままフイルベリアは姿勢を上げてみた。その不信が消え去った。
痛みが消えていた事に目を丸くしたフイルベリア。
(本当に痛くない…)
薬を使っていない。魔力なのか。魔物が治癒能力を持っているなんて…喰うつもりはないと察した時…フイルベリアの精神が和らぐ事ができた。この魔物が良心的だった為。
しかしこういった薬を一切使用せず、負傷した部分を魔力だけで治すのは熟練度の高い魔導士か聖なる者、即ち神通力を齎す存在だけが長ける物の筈。
あまり凶暴性、毛も一本ない。それでも徒者ではない。
フイルベリアは活気を鎮めつつ、魔物に名を尋ねた。フイルベリアは怪訝な顔に歪んだ。
「…何だそれは名前か?…」
「ファウ」
「長いぞ。ダーが四つもあるぞ」
良心的かと思いきや不理解な要素を抱えているこの魔物。不機嫌に目を細めるフイルベリアだった。しかし腹の虫が鳴るのである。長くも走り続けていたせいであろうか早くも飯を減らしてしまったようだしかし携帯食料はギルドに置き去りにしてしまった早くも討伐が終われると思ったからだ。
助かったところでも不運は変わらないとフイルベリアは溜め息を吐いた。魔物がその様子を見つめていた。魔物は辺りをうろついては身を屈んで手探りを始めた。
私の為に何か拾い集めているのだろう。相手の顔とかの気持ちも
理解できるものだ。フイルベリアが魔物の背後から近づく。
「どうだ。何を探している
魔物の顔が振り返った。採れた事で嬉しそうに微笑んで顔を紅くしていた。フイルベリアに向いてどうぞと両手の平を差し出した。魔物の顔に下に
「うえっ!」
どうやって一瞬にしてかき集めたのか。とてつもない山盛りの虫に動顚して叫ぶフイルベリア。
(こんな気色悪いもの手にして何ともないのか!?)
鉱物もやはり魔物の類に等しい。嫌がらせでもないな。だが虫なんて喉に通すなど…
ミミズやバッタ…ゴキブリまで混じってるじゃないか…!
…虫食べたなんて故郷や帰って汚名をつきたくないので手を振った。
「これは人間の口にしていいものではないんだ。私の口に合うとしたら…」
肉なんて言えば、この虫をぐいぐいと押してくるかもしれない。虫はタンパク質は豊富だからな…この魔物の主食なのだろう。
「魚。か木の実だな」
すると虫を置いた魔物。木の幹を撫で回した。この木が実っているかと思い、頭上を見上げたが、紅い色の点々なんていうものはなかった。冬が近いから全部の落としてしまったのだろうと目を細めた。
しかし何するつもりなのか、魔物が幹に触れた手に光が帯びる。緑色の糸のような光が樹木の中に注入していく。
一瞬で木が緑色の葉を生え、実が生えはじめた。この作法は人間の使う魔術とよく似ていた。知り合いの魔導士で聞いたものだ。
生命を注入する魔術は精神を精密に安定できなければ枯れるらしい。体力が一瞬で失うそうだ。なのにやつれた形跡が魔物に見られなかった
魔力だけではない。素早く葉の生えている位置まで猿のように飛び上がった。身体能力も高いようだ。
(私はどうやら世紀の大発見を目にしているんだ。きっと)
今まで自然界に据える秘境を探るような形で何度も何度も踏み込んできた。時には採取依頼にも目を置いてきた事がある。もう世界の半分以上もの発見を占めていたと思っていれば、まだ量も半分どころか、それ以下の四分の一という発見しか届いていないのだろう。
大量の木の実を抱えて、素早く地に着地した魔物。この微笑みがどういった根源が保っているのだろうか?仮に元人間だったらの場合、自分の正体というのも重点にしてないのかもしれない。この素直さの癖が何か利用できるかもしれない。
「魔物よ…」
「ファウ?」
「お前は人間の価値を否んではないよな」
「ファウファウ!」
頷いた。耳に傾き易い、馬鹿正直な魔物は初めてだ。
「わ…私の口を是非、聞いて欲しい…」
何か…この魔物には着ぐるみを被っているようで、まるで人間と語り合っているような気配が絶えなかった。
今後天空級は増え続ける模様




