第五章 覚醒 第二節 ぬらりひょん 第二話「作戦会議」
第五章 覚醒 第二節 ぬらりひょん 第二話「作戦会議」
昼過ぎ、窓から差し込む陽光がリビングの床に長い影を落とす中、神代蒼真は重苦しい面持ちで家族を見渡した。食卓の上には、討魔庁から取り寄せた資料や地図が広げられている。
「……これから、ぬらりひょん討伐のための作戦会議を開く。葛の葉さん、蒼也、レイカもだ。全員、筆記用具を持って集まってくれ」
その声には、普段の冷静さとは違う、研ぎ澄まされた緊張感が宿っていた。家族が集まり、食卓を囲む。その表情は一様に硬い。
「皆も承知の通り、今朝、我が家の結界はぬらりひょんによって呆気なく破られた。奴はまるで自分の家であるかのように茶を啜り、何食わぬ顔で去っていった。葛の葉さんの霊視によれば、家の外には複数の妖が待機していたという。もしあの時、リビングで戦闘になっていたら……この家は灰塵に帰し、近隣住民をも巻き込む惨事になっていたはずだ」
蒼真は拳を握りしめ、テーブルに置かれた討魔庁の端末を指さした。
「討魔庁のデータベースを総当たりで調べたが、ぬらりひょんは全国各地で目撃されながら、その一人として討伐に成功した記録がない。奴は『不可侵』の象徴として扱われていた。だが、今日の一件とこれまでの情報を照らし合わせ、我々は二つの決定的な事実を掴んだ」
彼は視線を巡らせ、重要な二点を列挙する。
「一つ、幻影の操縦。奴は分身を作り出す。以前の討伐報告書にあった『仕留めたはずの個体が偽物だった』という記録は、単なる言い訳ではなかったということだ。
二つ、記憶操作の干渉。交戦した者の脳裏に直接介入し、戦いの目的や、自分自身が何をしているのかという目的意識さえも、霧の中へ隠してしまう」
蒼真は葛の葉さんに視線を向けた。
「葛の葉さん、実戦経験者として、詳細を説明してくれないか」
葛の葉は、静かに頷き、長くしなやかな指で地図をなぞった。
「ええ……蒼真さんの仰る通りです。分身については非常に厄介です。通常の刀では、幻影どころか本体さえも切り裂くことは叶いません。唯一、幻影と実体の区別なく切り裂く力を持つ『草薙の剣』でなければ、決定打にはならないでしょう。そして見分け方ですが……唯一の欠陥は『影』です。ぬらりひょんの幻影には、どのような光源下でも影が落ちません。本体のみがこの世に質量として存在するため、影を落とすのです」
彼女は一呼吸置き、鋭い眼光を放った。
「私の提案です。私が『影縛り』で、ぬらりひょん本体の影を直接縫い止め、動きを封じます。ただし、奴の妖力は強大。拘束時間は精々一分が限界です。その一分の間に、蒼真さんがとどめを刺してください。それが唯一にして最大の勝機です」
「分かった。……問題は、奴の護衛だ」
蒼真が険しい顔で地図を叩く。
「ぬらりひょんは『妖の総大将』だ。当然、側近には特級クラスの妖が控えているはずだ。葛の葉さんと俺が本体に集中している間、お前の助けが必要になる」
蒼真の視線が蒼也へと向いた。
「蒼也。お前に護衛を任せたい。ぬらりひょんの子分たちは、恐らく特級の力を隠し持っている。いいか、お前がその場を凌ぎきらなければ、我々の作戦は崩壊する。出来るか?」
蒼也は、言葉の重みをその小さな肩に感じながらも、力強く拳を握りしめた。彼の瞳には、恐怖を打ち消すための強い意志が宿っている。
「……大丈夫だよ。父さん、俺が必ず食い止める」
その時、神代レイカが静かに割って入った。
「お父さん、一つ確認です。ぬらりひょんが全国各地に現れるのなら、今どこにいるのか分からなければ戦うことさえできないわよね?」
「いい質問だ、レイカ。討魔庁には、奴が各地で目撃された際に私の端末へ即座に通知が来るよう手配してある」
その言葉が終わるか終わらないかのうちに、蒼真のスマホが鋭い電子音を鳴らした。全員の視線が集中する。蒼真は応答ボタンを押し、短いやり取りを終えると、スマホをテーブルに置いた。
「……今、京都、大江山から通報があった。頭の大きい妖怪が民家に上がり込み、茶を飲んでいるという。家人たちは隣家に避難し、無事だそうだ。間違いない、ぬらりひょんだ」
その場所の名を聞いた全員が息を呑んだ。大江山。先日、酒呑童子を討伐した因縁の地だ。
「なぜ奴が……」葛の葉が呟く。「酒呑童子との因縁を辿っているのか、あるいは、何か別の目的があるのか」
「理由はともかく、今が好機だ。親玉である以上、腰を据えて動かないはずがない。だが、明日には移動してしまうかもしれない。即座に京都へ向かうぞ。二人とも、準備はいいか!」
二人の返答を待たず、レイカが一歩前に出る。
「人の家に土足で踏み入り、のうのうと茶を飲むなんて……許せないわ。私も行く。蒼也のサポートをする。
その言葉に、蒼真は決意を込めた笑みを浮かべた。
「心強い。全員で行くぞ。……死線を越える準備をしろ。我々の覚醒が、今日、試されることになる」
「討魔庁は警察庁と連携し、住民避難と交通規制を開始している。レイカ、お前は現地に着いたら戦闘区域を封鎖する結界を張れ。一般人を決して戦場へ近づけるな」
緊迫した空気の中、四人は必要な装備を身につけ、足早に東京駅へと向かった。遠く京都の地で、彼らを待つ強大な影に向けて、運命の歯車が静かに、だが確実に回転を始めた。




