第五章 覚醒 第七節 鎌鼬 第二話 対策本部
第五章 覚醒 第七節 鎌鼬 第二話 対策本部
鎌鼬の目撃情報は瞬く間に10件以上に及んでいたが、その姿を捉えることはおろか、1件たりとも取り押さえることは出来ずにいた。その最大の理由は、鎌鼬本体の移動スピードと、鋭利な鎌を投げつける攻撃の圧倒的な速さにあった。無理に捕まえようとした捜査員が反撃にあい、重傷を負わされる事態も発生している。
対策本部は、通常の人間離れした身体能力や戦闘力を持つ者でなければ、この怪異の確保は極めて困難であると判断を下した。その頃、蒼真と蒼也の二人は、まだ一度も鎌鼬に遭遇していなかった。膠着状態を打破するため、葛の葉は自らが若い女性へと見事に化け、危険を覚悟のうえで囮捜査を行うことを決断した。
しかし、偽りの平穏を装って三日間が経過しても、鎌鼬は一向に葛の葉たちの前に姿を現さなかった。相手側がこちらの意図を察知し、強い警戒心を抱いているのだろうと蒼真たちは分析した。そこで、より自然な状況を作り出すため、葛の葉と、少し離れた位置で見守る蒼真、蒼也の距離を100メートル以上あけ、連携をとりながら囮捜査を継続することにした。
ある日のことだった。警戒を続ける蒼真の脳裏に、葛の葉からの緊急のテレパシーが飛び込んできた。
「私の後ろから、非常に強い妖力を放つ人間が近づいてきている……」
蒼真は即座に状況を危惧した。住宅街の狭い路地で激しい戦闘が起これば、何の罪もない一般市民を巻き込んでしまう危険性がある。蒼真は、予め指定してあった見通しの良い公園へと誘導するため、葛の葉にすかさずテレパシーで指示を送った。
間もなくして、その不審な人物が視界に入ってきた。それは、葛の葉の後ろを歩く、一人の男がいた。帽子を深く被り、終始うつむいている。不自然と言うほどではない。だが、どこか違和感があった。
葛の葉が足早に指定の公園へと入っていくと、その後を追うようにその男も迷うことなく公園内へと足を踏み入れた。
「作戦通りだ……!」
息を潜めて遠くから見守っていた蒼真と蒼也は、いつでも飛び出せるように身構え、筋肉を緊張させた。
ところが、その男がとった行動は予想外のものだった。男は公園の公衆トイレへと真っ直ぐ入り、用を足すと、何食わぬ顔でそのまま公園を出て、先ほどまで歩いていた元の道へと引き返していったのだ。どうやら、その男は求めていた鎌鼬ではなく、ただの不審な通行人にすぎなかったらしい。
緊張の糸が緩んだ蒼真と蒼也は、もう一度周囲の警戒を固めつつ、葛の葉と合流して元の位置に戻り、囮捜査を再開しようと考えた。
しかし、葛の葉は元の場所に戻ってこなかった。
いや、戻れなかったのだ。
地面に赤い雫が点々と続いている。蒼真の胸に嫌な予感が走った。蒼真たちが急行すると、そこには大量の血を流しながら、アスファルトの上に倒れ込んでいる葛の葉の姿があった。蒼真は血の気が引くのを感じながら、急いで警察と救急車へ通報した。
「葛の葉! しっかりしろ、大丈夫か……!」
蒼真は声を張り上げ、懸命に呼びかけた。
痛みに顔を歪めながら、葛の葉がか細い声で答えた。
「気がついたときには、すでに出血していました……。やはり、鎌鼬のスピードは想像以上です。お二人とも……どうか、気をつけてください……」
駆けつけた救急車に蒼真と蒼也も同乗し、搬送の最中、蒼也は震える声で尋ねた。
「犯人の人相は覚えているか!?」
「いいえ……一瞬の出来事すぎて、顔を確認する余裕もありませんでした。ただ……人間ではない、恐ろしいほどの殺気を持つ男だったということしか、わかりません……」
葛の葉の負傷はあまりにも深く、そのまま病院へ緊急入院することとなった。
ベッドの上で苦しむ仲間の姿を目の当たりにし、蒼也は激しい自責の念に駆られた。
「僕が……僕が囮捜査をやろうなんて軽率な提案をしなければ、こんなことにはならなかったのに……!」
悔しさが胸を締め付ける中、見えない敵である鎌鼬への警戒と怒りが、蒼真たちの心の中で静かに燃え上がっていた。蒼也は拳を握り締めた爪が掌に食い込むほど強く握っても、後悔は消えない。




