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第五章 覚醒 第五節 山彦 第一話 家族会議

第五章 覚醒 第五節 山彦 第一話 家族会議


神代家にとって、毎週金曜の夜は特別な時間だ。リビングのテーブルを囲むこの定例家族会議は、ただの事務連絡の場ではない。この家が抱える「家業」――つまり、表の世界では決して語られることのない、妖(あやかし)と向き合うための戦術会議の場であった。


時刻は十八時を回ったばかり。父の蒼真が、重厚な響きを帯びた声で呼びかけた。


「家族会議を始める。皆、集まってくれ」


その声には、普段とは違う、硬質な緊張感が混じっていた。


妻のレイカ、そして二人の子供である蒼也と、妖の葛の葉が、慣れた様子で集まってくる。彼らの手には、使い込まれたノートとペンが握られていた。


全員が定位置に着くと、蒼真は懐からスマートフォンを取り出し、画面をテーブルの中央へと向けた。


「今、討魔庁から緊急の討伐依頼が入った。対象は――『山彦(やまびこ)』だ」


その名が告げられた瞬間、場の空気が一気に凍りついた。


「山彦……?」


葛の葉が小さく息を呑む。


「江戸時代の記録にはよく見られた妖ね。現代まで生き残っているなんて……」


「ああ。だが、今回の奴は性質が悪い」


蒼真は険しい表情のまま、端末を操作して情報を投影した。


「現在、新宿や渋谷を中心とした都心で、連続切りつけ事件が発生している。犯人は姿を現さず、通行人の背後に忍び寄って鋭利な刃物で首筋を切りつけ、そのまま消え失せる。被害者の多くは、何が起きたのかすら認識できず、『気づいたら血を流していた』と証言しているそうだ」


「物騒ね……。そんなことが街中で起きているなんて、危なくて外も歩けないわ」


レイカが眉をひそめ、窓の外の暗闇を憂うように見つめた。


蒼真は頷き、言葉を継ぐ。


「警察庁も人通りの少ない路地を中心に巡回を強化しているが、いまだ尻尾を掴めていない。姿を消す能力を持つ妖相手では、一般の警察官では太刀打ちできないからな」


ここで、父の視線が息子の蒼也に向けられた。


「今夜、私と蒼也で警察庁の対策本部へ赴く。その後、現場の周辺で見回りを行うつもりだ。……蒼也、行けるか?」


蒼也は即座に背筋を伸ばし、力強く答えた。


「勿論だ、父さん。俺がやらなきゃ誰がやるんだ」


その若々しい覚悟を目の当たりにして、蒼真は僅かに口角を上げた。しかし、蒼也はふと真剣な顔つきになり、問いを投げかけた。


「父さん、質問がある」


「なんだ」


「何故、犯人が妖だと断定したんだ? もしかしたら、特殊な技術を持った人間による犯罪かもしれない。」


「いい質問だ」


蒼真は満足げに頷いた。


「当然、対策本部は両方の可能性を視野に入れている。妖であるか、人間であるか、二線で捜査を進めている最中だ。だが、この動画を見れば、お前も納得するはずだ」


蒼真が再生ボタンを押すと、タブレットの中に渋谷・道玄坂の監視カメラ映像が映し出された。


そこには、足早に歩く一人の女性の姿があった。周囲に怪しい人影はない。しかし、一分が経過したその瞬間、唐突に彼女の背後から鮮血が噴き出した。まるで、目に見えない何かが、彼女の首を背後から一太刀で切り裂いたかのように。


「……!」


全員が息を止め、食い入るように映像を見つめた。


「父さん、今の箇所を少しだけ戻してくれる?」


蒼也が身を乗り出す。映像がコマ送りで再生される。女性が切りつけられる瞬間の、ほんの僅かな空間の歪み。そこに、陽炎のような、人の形をした『影』が揺らめいた。


「間違いなく、物理的な実体とは異なる『何か』だ」


蒼真が断言する。


「これを見て、人間による犯行だと考えるのは無理がある。姿がない以上、従来の物理的な拘束具は役に立たない。相手は音もなく現れ、音もなく消えるんだ」


蒼也はペンを指先で回しながら、思考を巡らせた。


「姿がない……なら、逆転の発想はどうだろう。例えば、コンビニの防犯用にあるカラーボールのような、目印になる塗料をぶつけたらどうなる? 姿が見えなくても、塗料が付着すれば居場所は特定できるはずだ」


「……面白い考えだ。だが、奴は山彦だ。攻撃が当たる前に察知して、次元の狭間に溶け込むように姿を消してしまう。物理的な投擲物では、反応すらしないかもしれないな」


「なるほど。なら、せめて刀が必要だね。妖に対抗するための」


蒼也が問いかけると、蒼真は迷わず答えた。


「ああ。二人の武器携行について、すでに討魔庁から特別許可を得ている。今夜は、刀を持って現場に向かう」


母のレイカは、夫と息子の瞳に宿る静かな闘志を見て、小さく溜息をついた。


「分かったわ。……でも、長丁場になるでしょう。出かける前に、二人ともしっかり食べていきなさい。空腹は戦いの大敵よ」


「ありがとう、母さん。そうさせてもらうよ」


蒼也が微笑む。


窓の外では、夜の闇が深まりつつあった。山彦は今も、新宿の雑踏のどこかで、獲物を待ち構えているのかもしれない。


神代家の家族会議は終わりを告げた。しかし、彼らの夜は、ここからが始まりだった。


蒼也は愛刀を手に取り、その冷たい感触を確かめる。


「行こう。父さん。今夜、必ず奴を追い詰めてみせる」


蒼真は黙って頷き、二人は台所へと向かった。そこには、家族の絆と、明日を守るための覚悟が、温かな湯気と共に用意されていた。

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