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潮継ぎ当日便  作者: 1185
3/10

第三話 工程が止まる午後

――受託票 No.003

品名:造船用孔位置治具(船尾ランプ扉金具用)

届先:伯方島 東浜船渠 第三岸壁

指定時刻:本日十三時四十分

今日である理由:午後一番の仮組み工程で使用

発生経緯:昨夜、最終検査で孔位置ずれ判明。今朝六時、重松精機へ緊急持込。

代替:不可(一品物・再製作不可)


 (つむぎ)が窓口の受託票を作り替えたのは、その朝だった。

 重量、状態条件、使用開始時刻、発生経緯、遅延時の影響範囲。「今日」の意味を、紙の上で先に見えるようにするためだった。

 前の二件で、紬にも分かってきたことがある。締切は時刻表だけに書かれているわけではない。人の口に届くこと。乾いた机に出ること。そういう”使用の時刻”が本当の締切になる。

 だったら最初から、それを欄にしてしまえばいい。

 紙は、少なくとも嘘をつかない。

 午前十時二分、電話が鳴った。

 紬は受話器を上げる。

「潮継ぎ当日便です」

 相手は女だった。若いが、妙に息が整っている。慌てている声ではない。慌てる余裕をすでに切り捨てた声だった。

「伯方島の東浜船渠、生産管理の三好です。今治側の重松精機に出している寸法治具を、本日十三時四十分までに第三岸壁へ戻したいんです」

 紬はすぐにメモへ落とした。

「品目をもう少し詳しく教えてください」

「船尾ランプ扉――車両を出し入れする後部の扉――の金具穴を合わせるための治具です。午後一番で仮組みをします。これが戻らないと、穴位置が見られません」

「代替は」

「ありません。今回の船体用に切っている一品物です」

「なぜ今日ですか」

「昨夜の最終検査で、左右の穴位置に半ミリのずれが出ました」

「現場で合わせることは」

「案は出ました。でも、ここで基準を逃がすと、ランプ扉の建て付けに響きます。基準治具を取り直すしかありませんでした」

「重松精機へ持ち込んだのは」

「今朝六時です。ただ、実物を見てもらうまで、今日中に戻せるかが読めませんでした。十一時十五分仕上がりの見込みが出たのが、さっきです」

「使用開始は」

「十四時です。クレーンを押さえています。仮組みができないと、後ろの班も止まります」

 紬の指が、そこでほんの少しだけ速く動いた。

 こういう依頼は分かりやすい。理由が、感情ではなく工程に書ける。今日でなければならない理由も、遅れたときの損失も、見積もることができる。

 東京で紬が得意だったのは、こういう荷だった。

「引き渡しは十一時十五分で確定ですね」

「はい」

「重量は」

「箱込みで七キロ少し。三十八センチ角。木箱に入っています」

「状態条件はありますか」

「打痕厳禁。濡れも避けたいです。精度を見ているので」

 紬は白地図を見た。今治から大島を渡り、さらに伯方へ。東浜船渠の第三岸壁は、島の東ではなく南側にあるらしい。名前で方角を思い込むと間違う。そういうことは東京でも何度もあった。名称ではなく座標で考える。それが紬の癖だ。

 白地図の上で、伯方島の南側に細い入江が一つ、内陸へ深く切れ込んでいた。第三岸壁はその入江を挟んだ向こう側にある。直線距離は短いが、陸路で回り込めば外周をぐるりと一周することになる。岸壁まで一番速いのは、入江を渡しで横切る線だった。

 今治窓口から重松精機まで十五分。受け取り十一時十五分。そこから橋、島内移動、最後の入江越え。最短なら十三時二十八分。だが最短はたいてい、人に都合がいいだけの数字だ。前二回でそこは学んだ。

「第三岸壁、南側の入江ですよね」

 三好が一拍置いた。

「はい。ご存じですか」

「地図を見ています。岸壁の受け取り担当者は」

「現場の班長で片岡です。昼は岸壁にいます。私もそちらへ向かいますから、着く十五分前に一度電話をください」

「受けます」

 自分で言ってから、紬はそれが少し早口だったことに気づいた。

 受話器の向こうで、三好が短く息をつく。

「助かります。今治側の重松さんには話を通してあります」

 通話を終えると、浜野が新聞から顔を上げた。

「えらい早かったな」

「数字が立っています」

 浜野は笑いもしなかった。

「ほう」

 それだけ言って、白地図の大島と伯方のあいだを指でなぞる。指は伯方島へ入ったあと、南側の入江の手前でいったん止まり、対岸の岸壁の方へ短く跳んだ。

「最後、入江の渡し使う気やろ」

 紬は頷いた。

「十二時五十分の便が使えれば、岸壁まで十分縮みます」

「使えれば、な」

「時刻表にあります」

「島の渡しに、時刻表だけで乗るな」

 紬は聞かなかったことにした。時刻表は書いてあるから時刻表なのだ。書いていないなら、それは最初から情報ではない。

 浜野が何か言い足す前に、湊が立ち上がった。

「七キロなら、荷台の上はやめた方がいいです」

 紬が振り向くと、湊はもう作業台の下から幅広のベルトと緩衝材を引き出している。

「重いものほど、揺れたあとの戻りが遅いです。橋の横風で一回持っていかれると、立て直すのに脚を使う」

「箱物なら固定できます」

「できます。でも高い位置だと振られます」

 湊は自転車のフレームを叩いた。

「ここに落とします。重心を下げて、ベルトは二重。木箱の角には当てを入れる。鉄は丈夫に見えますけど、打つと死ぬんで」

「死ぬ」

 紬が言うと、湊は真顔で頷いた。

「精度が」

 言い直しもしないところが、少しだけおかしかった。

 紬はベルトの留め具を締めながら言った。

「荷物の話し方が、修理の人みたいですね」

「造船所にいたんです。今治の」

 湊は工具を戻しながら、淡々と続けた。

「部品一個がずれると、船全体が戻れなくなる。小さいものほど、最初に丁寧に扱わないと後で取り返せないのは、そっちで覚えました」

 湊は、物が壊れることより、渡し先を間違えることの方を怖がっているように見えた。

 その理由を、紬はまだ知らなかった。


               ◇


 重松精機は、今治港から少し入った工場街の外れにあった。表に大きな看板はなく、引き戸の上に古い社名板がかかっているだけだ。中は油と鉄粉の匂いが濃い。旋盤の音が止んだ直後らしく、空気だけがまだ振動の続きみたいに揺れていた。

「潮継ぎさん?」

 白髪混じりの男が、奥から木箱を抱えて出てきた。袖口の黒い作業着に、金属粉が細かく光っている。

「重松です。最後のバリだけ取りました。ほんとはもう少し置きたいけど、向こうが待っとるけん」

 作業台の上に置かれた木箱は、見た目よりも重かった。紬が持ち上げた瞬間、腕に鈍い負荷が入る。小さいのに、内容量だけが密な重さだ。

「開けて確認していいですか」

「ええよ。手袋して」

 箱の中には、油紙に巻かれた鈍い鉄板が入っていた。三十八センチ角ほどの厚い板に、磨かれた銀色のピンが四本立っている。角の一つにだけ、細い白チョークで数字が書かれていた。

「船尾ランプの金具穴が、左右で半ミリずれとってね。穴位置を見る基準を取り直した」

 重松は指先だけでピンの根元を触った。

「このピン、触るなら根元だけにして。先を打ったら終わりやけん」

「そんなに繊細なものを、外へ出すんですか」

 紬の言い方に、重松は小さく笑った。

「外に出すしか、間に合わんのよ。向こうで持っとる時間より、行き来しよる時間の方が長いもんもある」

 東京で聞けば、非効率の一言で片づく話だ。紬はそう思った。だが、口には出さない。

「午後一番の仮組みって、そんなに止められませんか」

「止めたら、治具一個の話やなくなる」

 重松は箱の蓋を閉めながら言った。

「今日はクレーンも人も、そこに合わせて並んどる。お嬢さんが運ぶのはこの箱やけど、向こうで待っとるのは午後そのものよ」

 午後そのもの。

 少し大げさだと紬は思った。だが、その言葉は箱の重さよりも長く腕に残った。

 工場を出ると、湊が待っていた。木箱を見るなり、彼は一度だけ持ち上げて重さを確かめ、紬の自転車へ固定を始める。フレームの低い位置に緩衝材を噛ませ、箱が腿に当たらない角度でベルトを通す。最後に、箱とフレームの隙間へ細い布を丸めて差し込んだ。

「これで跳ねません。たぶん」

「たぶん」

「絶対って言うと、だいたいだめなんで」

 前輪を回しながら、湊は箱とタイヤの干渉を確かめる。

「橋の継ぎ目、立って越えないでください。座ったままの方がぶれません」

「遅くなります」

「一回箱が暴れた方が遅いです」

 その理屈は、もう前ほど反発を呼ばなかった。

 紬は時計を見た。十一時二十二分。最初の橋の上りに入っても、計算上はまだ余裕がある。

 その「まだ」が、一番危ないことも知っていた。


               ◇


 来島の橋へ上がる坂で、太腿がすぐに重くなった。

 木箱の重みは、単純な七キロではなかった。速度が落ちるたび、フレームの低い位置から遅れて身体を引き戻してくる。重量ではなく、慣性が脚にまとわりつく。数字で知っていることが、数分遅れて身体へ来る。紬はそういう感覚が嫌いではなかった。むしろ、好きだった。予測したものがちゃんと現実になると、世界は少しだけ扱いやすくなる。

 橋の上は薄曇りで、海の色は昨日より鈍かった。観光のサイクリストが何人か景色を撮っている横を、紬は声もかけずに抜ける。肩で風を受けないように上体を低くし、継ぎ目だけを見て進む。

 大島へ下りるころには、時計は十一時五十四分を指していた。想定より一分遅い。誤差のうちだ。

 そこから伯方へ向かう二本目の橋で、遅れは三分になった。横から吹く風が増し、箱の重みがハンドルへじわじわ伝わる。湊の言ったとおり、一度持っていかれた荷は戻りが遅い。紬は立ち漕ぎをやめ、息だけを刻んだ。

 伯方側へ下りたところで、携帯が鳴った。三好だった。

「受け取り場所、少し変わります。第三岸壁の奥です。午前の作業船が予定より早く戻って、手前を使うことになりました」

 紬は路肩に自転車を寄せた。

「入江の向こうですね」

「渡しを使えばすぐです。ただ、昼時は少し読みにくいです」

 浜野の声が、頭の奥で短く鳴った。

 ――島の渡しに、時刻表だけで乗るな。

「渡し場へ向かいます。使えなければ外周へ切り替えます。片岡さんには、到着見込みを追って入れてください」

 通話を切ると、紬は自転車を押し出した。

 渡し場は、思っていたより小さかった。

 波止の先に屋根付きの待合が一つ、白いペンキの剥げた木札が一枚。

 時計は十二時四十一分だった。

 十二時五十分の便まで、九分ある。

 その九分が、札を読んだ瞬間に、時刻ではなくなった。


 【正午〜十二時半 昼休み(時刻はめやす)】

 【渡しは船頭が戻り次第】


 屋根の奥で、誰かが丼を置く音がした。

 昼飯を食う人の上に、時刻表は引かれている。

 待てば最短かもしれない。だが「戻り次第」は、工程に組める時刻ではない。

 紬は自転車を反転させた。入江を回り込む外周路。距離は増える。坂もある。だが、速度は自分の脚に戻る。走り出したい脚を一秒だけ止め、紬は三好へ電話を入れた。

「渡しは昼休みです。外周へ回ります。到着見込みは十三時三十八分」

 通話の向こうで、紙をめくる音がした。

「片岡にその時刻で受け口を開けさせます。間に合いますか」

「いまのところ、はい」

「いまのところ、で十分です」

 三好は言った。

「こっちも、工程表なんて“いまのところ”の集まりなので」

 通話が切れると、紬は外周路へ踏み出した。

 工程表も時刻表も、現場では毎分組み直されるものなのだと、少しだけ分かってきた。

 外周路の最初の坂で、脚が悲鳴を上げた。

 海沿いの観光道と違って、こちらは生活の道だった。洗濯物が低く干され、軽トラックが家の前に半分はみ出して止まり、網を直す老人が道端に座っている。

 ここには誰も、海を見に出ていない。海の横を通って、暮らしている。

 時計を見るたび、余裕は削れていた。

 だが木箱がある。下りで取り返そうとして箱が暴れれば、それで終わる。

 工場地帯へ入る手前で、大型トラックが二台、岸壁へ向かって並んでいた。

 片方が道いっぱいに膨らみ、紬は一瞬止まる。

 その数秒が、喉の奥を熱くした。

 だが運転手は木箱に気づいたのか、少しだけ車体を寄せた。窓から腕が出て、先へ行けと合図する。

 紬は頭だけ下げて抜けた。

 第三岸壁の看板が見えたとき、時計は十三時三十六分だった。


               ◇


 岸壁の空気は、道路のそれと違った。

 塗料と溶接の焦げた匂い。鉄板を叩く高い音。低く響くエンジンの振動。海の匂いはその下に沈んでいて、最初には上がってこない。

「潮継ぎさん!」

 ヘルメット姿の女が、岸壁の端から手を上げた。電話の声と同じだと分かる。三好だった。紺の作業服の胸ポケットに、工程表らしい折り畳み板が差してある。

 紬は自転車を降り、木箱のベルトを外した。

「片岡さんは」

「向こうです」

 三好に案内された先では、数人の作業員が、船尾ランプ扉を受ける金具枠の前に立っていた。厚い鋼の枠材に白いチョークで穴位置が記され、その横に、治具が入るはずの空間だけが不自然に空いている。

 片岡は五十前後の男で、木箱を見るなり蓋を開けた。油紙をめくり、ピンを目だけで確認する。その動作は早かったが、乱暴ではない。重松と同じ場所しか触らない。

「打ってないな」

「はい」

 紬が答えるより前に、三好が言う。

「潮継ぎさんが持ってきてくれました」

 片岡は治具を持ち上げ、鋼材の穴へ静かに当てた。ピンが一つ、二つ、三つと入る。四つ目で、彼はほんの少しだけ力を止めた。周囲の空気が、その一瞬だけ薄くなる。治具で穴位置が見られれば、そのまま仮組みに入れる。ここで止まると、クレーンも人も後ろへずれるのだと紬は分かった。

 それから、四つ目も収まった。

「よし」

 片岡はそれだけ言った。

 背後で誰かが笛を鳴らす。クレーンのワイヤが張り、岸壁の空気が一斉に動き出す。さっきまで止まっていた巨大な鋼材が、ゆっくりと持ち上がる。

 紬はそれを見上げた。

 自分が運んだ木箱は、両腕で抱えられる大きさしかなかった。けれど、いま動き始めたものは、家より大きい。箱一つが、午後そのものを動かす。重松の言葉が、そのまま視界になっていた。

 三好は受領票へサインをしながら言う。

「助かりました。これがずれると、今日の終わりじゃなくて、明日の朝から先も押すところでした」

「昨夜の時点で、もう工程表は崩れていたんですね」

「ええ。だから今朝から、崩れた順に戻していました」

 三好は受領票の端を押さえた。

「重松さんが朝一で受けてくれて、片岡が受け口を開けて、潮継ぎさんが運んでくれた。私は、その順番を切らさないように電話しただけです」

 紬は、三好の胸ポケットからのぞく工程表を見た。赤鉛筆の線が、何本も引き直されている。

 電話だけ、と言えるほど、その線は少なくなかった。

「それにしても、工程って、そんなに脆いんですか」

 紬は思ったまま訊いた。

 三好は少し考えてから答えた。

「脆いというより、つながってます」

 彼女は岸壁の先を顎で示した。

「一個止まると、次の人は待つしかない。でも、次の人にも次がいるので」

 説明としては簡潔すぎる。だが十分だった。

 紬の頭の中で、東京のアプリ画面が一瞬だけ浮かんだ。点と線。ピンと時刻。あれもつながっていたはずなのに、どこかで”次の人”が消えていた。画面の向こうに人がいると分かっていても、それは処理件数の向こう側に押しやられる。ここでは逆だった。鉄板より先に、人の午後が見える。

 三好はポケットから小さな紙片を取り出した。

「帰り、もし港側へ抜けるなら、この道を使ってください。トラック列を避けられます」

 紬が受け取ると、それは手書きの簡単な見取り図だった。波止、食堂、古い防波堤、そして細い抜け道。地図アプリには出ない種類の線だ。

「この抜け道、所要時間は」

「四分。トラックの隙間によります」

「了解しました。ありがとうございます」

「こちらこそ」

 三好はそこで初めて、少しだけ笑った。

「潮継ぎさん、工程表みたいな話し方をしますね」

「褒めてますか」

「半分くらいは」

 残り半分が気になったが、いま聞くと本当に工程表みたいになる気がして、紬は黙った。


               ◇


 今治へ戻るころには、午後の光が少し傾いていた。

 帰路は行きより軽い。木箱がなくなった分だけではない。午後が一つ、予定どおりに進んだという事実が、身体のどこかを軽くしていた。

 窓口へ入ると、浜野は白地図の前に立っていた。紬を見ると、何も聞かずに青鉛筆を差し出す。

「間に合ったか」

「十三時三十六分着です」

「ほう」

 その「ほう」には、朝より少しだけ重みがあった。

 紬は地図に線を引いた。今治から重松精機へ短く寄り、そこから大島へ、さらに伯方へ。途中、渡し場で折れ、入江の外周を大きく回り込んで第三岸壁へ落ちる線。最短ではない。だが今日動いたのは、その線だった。

 鉛筆の先をもう少し伸ばせば、伯方の先――大三島へ渡る橋へ届く。

 紬は無意識に、その手前で止めていた。

「渡し、昼休みでした」

 紬が言うと、浜野は頷いた。

「せやろ」

「札に書いてありました」

「書いてあることもある」

 紬は青鉛筆を持ったまま振り返る。

「知ってたなら、先に言ってください」

「言うたやろ。島の渡しに、時刻表だけで乗るなって」

 浜野の顔は、少しも悪びれていない。

 腹が立つ。だが、完全には立てなかった。実際そのとおりだったからだ。時刻表に書いてある線も、昼飯を食う人の上に引かれている。橋も船もバスも、島ではまず生活のためにある。荷物は、その隙間を借りて通る。

「でも、間に合いました」

「お前が計算したからな」

 浜野は地図の伯方のあたりを指した。

「ただし、お前一人の計算やない。重松の手も、湊のベルトも、向こうの受け口も、トラックのおっさんの腕一本も入っとる」

 紬は反論しなかった。

 その通りだと思ったからではない。全部が計算外だったわけでもない、と思ったからだ。電話を入れ、受け口を開けさせ、到着見込みを修正する。そういう組み直しもまた、彼女の仕事だった。東京でやっていたのは、画面の向こうでそれを行うことだった。ここでは、自分の脚と息の中でやるだけだ。

「こういう荷は、分かりやすいです」

 紬は言った。

「止まる理由も、急ぐ理由も」

「せやな」

 浜野は湯のみを持ち上げる。

「分かりやすいから、お前は好きなんやろ」

「はい」

「でも、分かりにくいもんの方が、先に止まることもある」

 その意味を、紬はまだ十分には取れなかった。

 けれど白地図の三本目の線は、前の二本と少し違って見えた。一本目は、誰かの口まで届く線だった。二本目は、乾いた机まで保つ線だった。そして今日の三本目は、鉄の板の向こうにいる、まだ会ってもいない何十人かの午後まで伸びていた。

 窓口の外で、トラックが低くエンジンを鳴らして通り過ぎる。海沿いの町は、観光客の自転車だけではできていない。そのことを、紬は今さらのように思う。

 白地図に引かれた青い線は、景色のいい場所を結ぶためだけのものではなかった。

 止まってはいけない午後へ、つながっている。ただ、その先にある島のことを、紬はまだ考えないようにしていた。


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