初依頼 前編
「あ、あの、この子は?」
「この方が、あなたの悩みを解決してくださいますわ」
友紀に席を促され座った先の正面、依頼人の女の子の目は不安そうで一杯だった。そりゃそうだろう、紹介されたのが自分より明らかに年下っぽい奴で、お姉さんぽく着飾った目の前の二人より眠たげで野暮ったい格好で現れたとなれば警戒心も上がるよね。
「私は渡辺涼子。年下っぽく見えるけど、そこにいる友紀と同い年だよ」
「え、あ、し、失礼しました。私は阿東さんと同じ学部で、佐藤綾子と言います」
と言うことは、佐藤さんも同い年ってことか。いきなり男を連れてきて不穏な空気になるより、まずは知人を連れてきて感触を確かめるってところか。
「ん、よろしく。ところで、失せ物探しの依頼で連れて来たってことでいいよね?」
「えぇ、構わないですわ。依頼内容は、直接佐藤さんに聞くと良いですわ」
友紀がそう言うと同時にいつの間に注文したのか、私の前にモーニングセットが店員によって運ばれ、ゆっくりと食べながら佐藤さんの話を聞くことになった。
「彼氏と全く連絡が取れない……?」
佐藤さんの話によると、一ヶ月前の週末にデートの約束をしていたのに連絡が取れず、当初はすっぽかされたのかと憤慨して週明けに文句の一つも言ってやろうかと思った。がしかし、それからずっと大学に来ていない、それどころかアパートにすら帰っていないらしい。
「知人に聞いても誰も見ていないって言われて、もうどうしたらいいかわなんなくて……そんな時に阿東さんが張り紙をしているのを見かけまして」
なるほど、藁にもすがる思いってやつか。
まぁ大切に思っている人と連絡が取れなくなるって言うのは、不安で仕方ないよね。けどさ、私が聞きたいのはそこじゃないんだよね。
とりあえず友紀に言いたいことがある。
「ねぇ友紀、失せ(物)探しよね?」
「えぇ、失せ(者)さがしですわ!」
そう言う言葉遊びはいらないんだわ! そりゃできるけど、そう言うのって面倒じゃん! 警察に捜索願出せばいいでしょ? 公権でさくっとやっておしまいの案件でしょ!
「あ、あの、無理でしょうか?」
「……」
上目遣いでおずおずとこちらを伺う様に見つめるから、私も無言で見つめ返す。なるほど、一見私に対して申し訳なさそうに見える目だが、目の奥の光の宿り方が違う。そう、こいつは。
「佐藤さん」
「な、何でしょう?」
「私を値踏みしても無駄だよ。そう言うの、わかるから」
「!? …………な、何のことでしょう?」
そう、この人は私を相談する価値のある人間か、値踏みしていたのだ。それ自体は構わない、初対面だし何せこの見た目だ。
それに異世界でも、こう言う視線に晒される事はままあった。勇者一行を名乗って悪さをする冒険者がいて、本物の私たちが来ても村人たち本物か警戒してたのよね。それもあって、値踏やこっちを試そうとする視線には結構敏感だったりする。
「まぁいいや…………で、警察に相談は?」
「え、えっと、身内ではないと言うことで捜索はできないと言われました」
「なるほど、じゃあ彼氏のご実家は?」
「彼から何も相談されてない様で、向こうからも色々探してみると言われたっきりで……」
番号知ってるんかい、って言うツッコミはこの際だから置いといて、気になる点がいくつかあった。
が、まず先に。
「わかった、この依頼受けるわ」
「本当ですか? ありがとうございます」
「あら、結局受けるんですのね?」
友紀、あんたが連れて来たんでしょうが。まぁ初依頼ってこともあるけど、何よりこの目の前の佐藤って人の彼氏がね。恐らくクズだ。そして目の前の佐藤さんも今の所グレーだ。話さないのならそれでもいいけど、私から根掘り葉掘り聞くのもどうかって感じかな。
「さて依頼内容は、【彼氏を探して佐藤さんと引き合わせる】って事で構わないわね?」
「はい、それで大丈夫です」
「で、着手金一万円。そして成功報酬として十万円でどうかしら?」
一応探偵業と言うものを少し調べたけど、これはかなりの破格だと思う。こう言うのに闇っていうのがあるのか知らない。けれど私の場合、ただ看板を掲げている素人って感じだから、かなりグレーだと思っている。
「うっ…………かなり痛いですが、探してくれるなら。お願いします」
「なら契約成立ね」
「佐藤さん、一応契約としてこの書面にサインをお願いしますわ」
これで契約は成った。さっきまで聞き役に徹していた友紀だったが、契約という言葉を皮切りに鞄から書類を出すと、佐藤さんに色々サインをさせた。あなたはいつから私の助手になったのよ?
「さて初めに、彼氏の写真ある? 顔を確認しないとね」
「あ、はい。こちらになります」
まずは基本を抑える。彼氏の顔、住んでるところ、交友関係などを確認する。初めに会った際に聞きはしたけど、正式な依頼として改めてと言うことで聞く事にする。
「写真はいくつか送りますね。あと彼の実家は県外でして、大学へは私のアパートの近くで同じくアパートを…………交友関係は結構広くて、正直私も掴みきれていないんです」
なるほど、写真を見る限り佐藤さんとは真逆のタイプの様に見える。だからと言って、大学に急に来なくなる理由にはならないのよね。それに、実家へも訪ねたらいないと言われたと言ってるし。そう考えると、何かしらの事故や事件に巻き込まれた可能性も捨てきれないか。
「さて次だけど、友紀、佐藤さん、これからまだ時間はある?」
「えぇ、私も佐藤さんも講義は三コマ目からですので、まだ大丈夫ですわ」
「え、えぇ、阿東さんの言うとおりです。今からすぐ探してくれるんですか?」
「んー、その為の前準備ってところかな? 戻ることになって悪いけど、佐藤さんのアパートへ案内してもらっていい?」
「いいですけど、何を?」
「大事な確認ってところかな」
そして案内されたのは、大学からさほど離れていない綺麗なアパートだ。築浅、南向き、バス停から五分、二階の角部屋と言う良い場所で、両親からもある程度仕送りされていると言うんだから、そこそこな家なんだろう。
「何もない部屋ですが……」
「お邪魔します」
「失礼しますわ」
そう言って上がらせてもらった部屋も、小綺麗にされている女の子らしい部屋だった。窓から差し込む光も柔らかくて、私のアパートとは雲泥の差だ。
さて佐藤さんにここまで連れて来たもらったのは、彼氏の痕跡を確認するためだ。とは言え、そんなのは玄関を入った瞬間からわかった。傘立てには男物の傘があり、小さな食器棚にはペアのマグカップ、となれば洗面所には歯ブラシだって置いてあるだろう。
「さて佐藤さん、まずは貴女の貴重品がちゃんとあるか確認してください」
「貴重品ですか? まさか彼氏が!?」
「えぇ、念のためです。友紀、佐藤さんを手伝ってあげてくれる?」
「えぇ、わかりましたわ」
そう言って友紀にカモフラージュになってもらって佐藤さんから距離を取る。その間に私は何をするかといえば、部屋を見渡して一つの物に目を向けた。うん、これにしよう。そう呟くと私は佐藤さんに見つからない様、そっとしまいこんだ。
「どうだった?」
「私のは何も無くなっていませんが、彼氏の貴重品が全部消えてました。事故か何かに巻き込まれたのでしょうか?」
「今の段階では何も言えないね」
「そう、ですか」
「でも、確信はないけど、無事だと思うよ」
「……」
本当は無事に生きている確信があるんだけど、これは伏せておく。そんなことを言えば、今すぐにでも飛び出して行きそうだし、そもそもまだ何処にいるかをちゃんと調べてない。
「ひとまず、二人は大学に行きなよ。ここからは私一人で捜索に向かうから」
「わかりましたわ、佐藤さんの事は私にお任せですわ」
「ん、頼んだ」
二人と別れた私は、バイクに跨り自分のアパートへ戻る。先ほどの眩しいキャンパスライフを体現したような綺麗なところとは違い、昔ながらの民家が並んだ奥地に入り込んだ古いアパートだ。
けど、私はここが気に入っている。
「あら涼子ちゃん、こんにちは。午前中から出歩くなんて珍しいわね」
「こんにちは、友達と大学の近くでモーニングして来たんですよ」
「あらやだ、おしゃれそうでいいわね。私も近くの喫茶店へ行くんだけど、お店に入っても結局近所の顔ぶれと変わらないのよね! たまには違うところへ行こうかしら?」
「気分転換にはいいかもしれませんよ」
「そうね! ってやだ、お昼の特売に間に合わなくなるわ! じゃあね涼子ちゃん、今度おかず持って行くわね!」
「ありがとうございます!」
とまぁ、こう言う田舎特有の緩い感じが好きなのよね。確かにお節介がすぎる部分もあるかもしれないけど、温かみがある分一人暮らしにはそれが心地いいのよ。今晩のおかずが楽しみだ。
閑話休題。
部屋へ戻った私は、部屋の真ん中に置かれたテーブルへ、先ほど佐藤さんの部屋から持ち出した物を置いた。
男物の黒い万年筆だ。とは言ってもインク壺で書くような本格的な物ではなく、カートリッジを差し込むような普段使いにも使える様なやつだ。それでも結構な値段がするだろうことは、質感からしても伺える。
「さて……と」
一人ごちながら万年筆をじっくり見つめる。よく見れば本体に何やら彫り込みがしてあり、どうやら筆記体で書かれた名前の様だった。家族、もしくは佐藤さんからの贈り物のか、男の人の名前が彫ってあるようだ。まぁそれはどちらでもいい、これさえあれば居場所はほぼ特定できた様なものだからだ。
私は万年筆を左手に持ち、右手は何もないところへ手を伸ばす。すると何もない空間に黒い穴が空き、そこから手のひらサイズのコンパスの様なものを出す。
「さて…………導きの願望器よ、この物の持ち主の居場所を指し示しなさい」
右手のコンパスに魔力を込めて命令する。するとそれに応えるようにコンパスも光だし、針は一点を指しピタリと止まった。念の為に手に乗せたコンパスを左右に振り位置を変えるが、針だけは一点を刺すようにその方角だけを示していた。よし、成功ね。
さて、なぜ持ち主の居場所がわかったか先に説明しておくわ。まず前提として人間には魔力がある。その魔力には大なり小なり個人差はあるが、これは異世界でもこっちの世界でも同じである。そして次に属性、これは一人一つだったり複数だったり様々だったりするが、ここではあまり関係ないから省略。そして物探しに重要なのが最後の魔力の波長。これは魔力の大小に関係なく、その人固有のものであり、いわば指紋の様なものだ。そしてこの波長は、自分が長く愛着を持って使った物ほど染み付くの。そんで私はそう言った魔力の類のもを目で見ることができるの。
つまり、私が佐藤さんの部屋で探していた物は、佐藤さんでも友紀でもない別の、強い波長を持った物を探していたと言うこと。
そう言った強い波長を持った物と導きの願望器を同期させ命令を下す。そうすれば持ち主が死なない限り、持ち主の方角を指し示す。だからこの結果は、持ち主が健在だと言うことよ。
閑話休題。
普通の方位磁石を置き、地図と合わせて正確に北を取る。そしてその上から導きの願望器の指す方角を地図上と照らし合わせると…………なるほど、佐藤さんといい彼氏さんといい、面倒な人ばかりね。
んじゃあ、友紀はおそらく今晩来るでしょうから、それまでに最終確認だけしておくとしましょうかね。




