私の幼馴染
「何でも屋? うっさん臭いですね」
目の前で私の提案をぶった斬る女がいた。紅茶を飲みながら、私の作ったお手製のチラシを胡乱げな目で見て指で弾き返した。
彼女の名前は阿東友紀、私の数少ない友人の一人だ。そんな彼女と午前の涼やかな日差しの中で一緒にいる理由は、私が相談を持ちかけたからだ。
「あ、いや、私なら出来そうな気がしてね……?」
彼女には私が異世界に飛ばされた時の出来事を、全て話してある。だからこその相談だ。だと言うのに、彼女の口から出た言葉は中々に辛辣なものだった。
「えぇまぁ、確かにそうかも知れないですが。それでも、女の子が『何でも』なんて言葉はアウトです。いいですか? 涼子さんは自分が可愛いという自覚が足らないのです。大体異世界から帰ったら当時の年齢のままって何ですか? そんな若返りみたいな事あります? チートなアンチエイジングですか?」
友紀の語りが始まった、こうなると中々話が終わらない。けど不思議と嫌じゃない。元の世界に戻って少し経つけど、こう言うのがあると戻ってきたって実感が改めて湧く。
けれど人助けをするにあたって、ある程度間口を広げておいた方が良いような気がするんだけど。どうやら我が親友の考えは違うようだ。そこをじっくり聞くのには、まずはこの語りが終わるのを待つしかないようだ。
その間、昔の話をしよう。
友紀との出会いは小学生からだ。当時の私はとにかくバカだった。女の子の割にかけっこが好きで、泥んこ遊びが好きで、木登りが好きで、イタズラが好きで、秘密基地が好きで、三度の飯より遊ぶのが好きだった。
そんな時に現れたのが友紀だった。すごく中途半端なタイミングで転向してきたのを、今でも覚えている。当時の彼女は引っ込み思案で、転向してきた時の挨拶も消え入りそうな声だった。
でも私の第一印象は、『お姫様』だった。白い肌に長いまつ毛、整った顔立ちにフリフリのワンピース。まるで昔読んだ絵本の中から出てきたような子だった。
そんな引っ込み思案な子だったから自分から話しかけることもなく、常に受け身で自己主張が少なかった。そんな子だったから、初めは私も接点が殆どなかった。けど、三度の飯より遊ぶのが好きな私でも見逃せない事があった。
いじめだ。クラスの一部の女子の間では、水面下で密かに動いていた。小学校時代ってのは、勉強よりスポーツが出来て明るい男子がモテる傾向があった。そんでその男子が特に人気のない女子に気があると、ある事が起こっていた。プリントが回ってこない、教科書が隠される、上履きが消える。こんなのは序の口で、最悪なのは階段で後ろから押されるなんて事が起きたのだ。
それを知った私は担任に訴えたが、この担任も事なかれ主義でなぁなぁで済まそうとしていたのだ。
そんな時、ある決定的な事が起きた。ある放課後、数人のクラスの女の子が友紀をトイレに連れて行くのが見えた。トイレに行くのに知人を誘うのはよくある事だけど、その時は明らかに違った。囲いながら腕を引っ張られる姿、そしてそして涙目の女の子。それを見た瞬間私は、すぐにその後を追いかけた。
「あんたちょっと勉強ができるからって、得意げな顔してんじゃないわよ!」
「それに男子に優しくされてからって、いい気になってんじゃないわよブス!」
中から聞こえてくる罵声は酷い言い掛かりだ。彼女は確かに勉強ができた。先生に当てられても私と違ってちゃんと黒板で正解を書けたし、テストだって毎回満点だ。だからと言ってそれを鼻にかける事もないし、ひけらかす事もなかった。それは同じクラスであるいじめている奴らだってわかっているはずだ。だからあいつらのやっている事は、ただの逆恨みでしかない。
「いじめなんてくだらない事してんじゃないわよ!」
「「「きゃぁぁ!」」」
私はトイレに駆け込むと、叫びながら一番先頭の子に蹴りを喰らわせて臨戦体制をとった。が、私の意気込みもどこへやらと言った感じで、初めの蹴りだけで決着がついてしまった。
どうやら初めの一撃が思いの外クリーンヒットしてしまったらしく、派手に吹き飛んでしまい残りの子らはそれを見て腰を抜かしてしまっていた。余談で、床に水溜りも作ってしまった。
友紀も突然の俺の乱入で面食らってはいたが、粗相まではなかったからよしとする。その直後に騒ぎを聞きつけた教師が駆けつけて見たのは、私の一方的な蹂躙劇の様な様相だろう。
私はそのまま職員室へ連れて行かれて、なぜか私が彼女らをいじめた事になっているのだ。このクソ担任からすれば、私一人を咎めれば丸く治るとでも思ったんだろう。
けれどそこは友紀の方が一枚上手だった。いや、厳密に言えば阿東家の『反撃』が凄まじかったと言えばいいのだろう。これは後から知った話だけど、友紀は良家のお嬢様で本人の知らない所で既に色々動きがあったらしく、決定的な出来事の時に私が介入した形になったのだとか。
当時の私からすれば、それすら知らずに一週間学校を休まされた後に登校してみれば、件の三人の女子が転校し担任が変わっていたんだから、何が何だかって感じだ。
そんな劇的な変化も一週間もすれば慣れるもんだけど、一つだけ『変わったけど変わらない変化』があった。
「涼子さん、一緒に登校しましょう」
「涼子さん、一緒に帰りましょう」
「涼子さん、一緒に給食いただきましょう」
「涼子さん、一緒に宿題しましょう」
「涼子さん、一緒に……」
「涼子さん、一緒に……」
「涼子さん……」
「あ、阿東さん?」
「嫌ですわ、私のことは友紀と呼んでください」
「あ、はい……友紀さん」
「友紀」
「え?」
「友紀」
「え?」
「友紀と呼び捨てで構わないですわ」
「えっと、友紀?」
「はい、何でしょう?」
「あの、かなり近いんですが……」
「気のせいですわ」
「そ、そうですか……」
とまぁ、何故か私の横に四六時中居座る様になった。 当時の私からすれば、いきなり過ぎたけど好かれること自体は悪くないと思っていたから特段気にしていなかった。
が、今思えばあれはストーカーとかヤンデレの気質が芽生えた瞬間なんだと思う。それと同時少しずつであるが物事を自分から発言するようになってきたのだ。
それが今では私の意見をぶった斬るくらい強く成長し、クドクドとお説教をかましている。あの頃の可憐なクラスメイトはもういないのだ。
「ちょっと、聞いてますの?」
「うん、聞いてるよ」
異世界転移して大きな力を得た私は、代償として友紀や家族との大事な青春の時間を無くしてしまった。体つきが高校時代の頃に戻っているのを見ると、本来なら戻ってくる時間軸も転移された瞬間くらいの筈だったんだろうと予想するが、何らかのミスでおよそ三年くらい過ぎたあたりだった。ただでさえもっと低く見られるのに、あの数年の成長がなかった事になるのは本当に悔やまれる。
それに当時は神隠しにあった女の子が、当時の姿で戻ってきたと町中で噂になったもんだ。あまりに取材とかがウザかったもんだから、魔法で記憶を消してやったもんだ。
「で、『何でも屋』は流石にまずいので、せめて万屋とか探偵とか無難な名前にした方がよろしいのでは?」
友紀が俺に提案してくれるのはいいけど、万屋とほとんど一緒ではないかと突っ込みたくなるが、そこはグッと堪える事にする。でも言いたいことはわかった。
「んー、でも探偵って専門的な知識とか必要なんでしょ? この間の救助とかなら簡単だけど、失せ物とかは出来ないことはないけど、大変なんだよねぇ……」
「海外ニュースでやってた、遭難者のはやっぱり貴女でしたのね? あれが簡単って、普通ではあり得ないことですから……」
とは言え、この世界に戻ってから両親にはもう一度高校に入り直さないかと言われたが、私にはすでにその気はない。だからと言って家で引きこもるわけにもいかないから、バイトはしている。
深夜帯の居酒屋のバイト代はそれなりに高い。夕方から入ってラストまで入って週に五日以上働けば、貯金は微々たるものだけど安いアパートで一人暮らしは可能だ。
けれど、このままではいけないのもわかっている。いつ何時、自分の身に不幸が降りてくるかわからない。とは言っても、この身体は病気になることはないこともわかっているし、家族や友人が怪我をしても癒せるだけの力も持っている。けれど、この力もいつまで使えるかわからないのも事実だ。だからこそ、実入りの良い仕事に就いて老後の資金とか考えなければいけないと思ったのだ。
「色々と突っ込みたいところが多々ありますが、涼子さんの言いたい事は大体伝わりましたわ。ですが、まずは……」
そこで友紀が一度言葉を区切り自分のポーチからペンを出すと、せっかく作った自作ポスターの上に何やら書き出す。それから「この位かしら」などと独り言を呟いてからポスターを私の方へ向けてきた。
拙いながらも力作だと思ったポスターの上から書かれた事に顔を顰めながら見る。そして、そこに書かれた内容に、私は目を丸くした。
『失せ物屋! 失せ物探し見つけます』
「失せ物って、無くしたものを探すってことだよね?」
「そう、部屋のどこかに無くしたものや、何処かへ落としたもの、忘れてきたもの、何でも良いのです。まずはそう言った身近なものから手をつけてみてはいかがでしょう? そこで慣れたら少しずつ手を広げていけば良いと思いますわ。そう言う魔法はあるのでしょう?」
「まぁそれに近い魔法なら……」
「ならそれで良いと思いますわ」
確かに私のやろうとしている事は探偵まがいなことだ。ぶっちゃけそう言った技術は全くないし、そういう所へ弟子入りをしようとは思っていない。故にゼロからやろうとすれば、自分の魔法でどれだけできるか手探りでやるしかないのか……。
「わかった、ありがとう友紀。相談して良かったよ」
「えぇ、力になれて良かったですわ。何より、涼子が一人で突っ走らなくなった事に驚きですわ」
「どうだ、少しは成長しただろう?」
「ですわね。と言いたいところですが、ついこの間一人で雪山に行ったばかりでしたわね」
「あ、あれは緊急事態だったから」
「せめて後からでもいいので教えてくれればと思いますわ。知ったのだってつい先ほどですし……GPSがいきなり外国へ行ったのも壊れたのかもと思いましたわ」
「ん、何か言った?」
「いえ、何でもありませんわ」
「そっか」
友紀の私に対する固執の仕方はちょっと異常だとは思うけど、これは数年ぶりに再会した反動だとでも思っておこう。
「ではその様に。涼子さんのポスターはこのまま私が預からせていただいて、改めて作り直させていただきますわ」
そう言って雪は自分の左手首を見ると、「そろそろ時間ですわ」と言って立ち上がった。どうやら講義とやらの時間が迫っているようだ。
私はこのままカフェで居座ってもよかったのだけど、容姿が幼いせいで職質されることがよくある。その度に証明するのが面倒だ。
それに、ここで一人で寛いでても退屈なだけだ。
「二、三日くらいでできますから、その時にまた連絡いたしますわ」
そう言って小さく手を振りながら歩いて行く友紀の後ろ姿を見送ると、私もバイクで帰路についた。
そして三日後の朝、完成の連絡が来たから以前と同じカフェで待ち合わせると、そこには友紀の他にもう一人見知らぬ女性がいた。
「依頼人第一号ですわ!」
「…………は?」
「さっそく依頼人を連れてきましたわ!」
満面の笑顔で言い放つ彼女に対して、私のリアクションは至って当然だと思いたい。
満面のドヤ顔で言う私の親友が結構斜め上な性格なのはわかっていたけど、三歩くらい飛び越えるのは予想外だ。
バイト明けのこの日が、失せ物屋の初仕事になるとは思わなかった。帰って寝たいんだけど。




