エレア・コーポレーション
警察署に向け黙々と覆面パトカーを走らせる敦。その隣、助手席に座らされたテレスは彼の目的を聞いた時から抱いていた一つの疑問を、意を決して問いかけてみた。
「あの、刑事さん。アンディにはどれくらいの刑が科せられるんでしょうか…………?」
「少なくとも懲役は免れないでしょう。幼馴染である貴方には大変残念なことと思われますが」
「懲役……ですか」
敦の言葉を受け、うつむくテレス。重苦しい沈黙の中、彼のポケットが振動する。
「あ、すいません。ちょっとメールが……アンディ!?」
携帯を開いたテレスの顔が驚愕に染まり、思わず敦も急ブレーキをかけて画面を覗き込む。
『Tо:テレス・ニコマコス
元気かい。マイフレンド。この前は君に酷いことをしてしまって本当に済まなかった。近々僕は警察に身柄を拘束されるだろう。その前にもう一度だけ、君と会って話がしたい。謝罪も含めてね。エレア社の本社ビルまで来てくれるかい?
From:アンディ・ステイン』
画面から顔を上げたテレスは、不安げに後部座席を振り返った。
「あの、これって――」
「「罠だ」」
哲夫と惇が全く同じタイミングで即答する。
「で、ですよね…………」
頷きつつもオルギャノンを握りしめるテレス。そんな彼の様子を、哲夫は見逃さなかった。
「変な気を起こすんじゃないぞ。パルメニデス教団は俺たちでどうにかできる相手じゃない。特に教祖の春目仁。フィロ、炎堂、ソフィア。いずれも強敵だったが、奴はその中でも次元が違う。ましてオルフェウス教の連中が始末された今、奴らは世界で唯一オルギャノンの構造を知っている組織になった。フィロや炎堂の攻撃から救われたのはこの不思議な銃のおかげだが、それは奴らにとってもオルギャノンの力が理解不能なものだったからだ。逆に言えばその力を理解している連中の前では奇跡もアテにならない。はっきり言って勝てる見込みは、ゼロだ」
「不本意だと思うが、このメールは見なかったことにしよう。もし誘いに乗ったら、それこそ奴らの思うつぼだ。私や先生はおろか、オルギャノンすら君の身を守れる保証はない」
「……解りました」
「なぁ、今更聞くのもあれだが……何でお前らまで乗ってんだよ」
至極当然といった顔をして車に乗り込んでいる二人を、バックミラー越しに睨みつける敦。彼が同行を願ったのは本来テレス一人のはずだったのだが…………
「保護者です」
「右に同じく」
開き直る二人の厚顔無恥ぶりに、敦は怒りを通り越して思わず溜息を漏らした。
「あのな。俺は今、仕事中なんだよ。お前らと遊んでいる暇はない」
「ご心配なく。テレスに危害が加わらない限り、そちらさんの邪魔はしませんから」
「あっそう。じゃあ今からエレア社にテレス君を連れて行くけど、文句は無いな?」
「「へっ!?」」
敦の予想外な一言に驚く惇とテレス。そして憤る哲夫。今度は彼が襟首を掴む番だった。
「おいトンちゃんちょっと待てよ。このまま警察署に直行するなら俺たちはなんも手出ししない。でもエレア社に寄るってんなら話は別だ。どう見てもこのメールは敵の仕組んだ罠じゃねえか。連中の狙いはテレスと、彼が持つオルギャノンって銃なんだ。今言った通り、テレスに明確な危害が加わる可能性がある以上、文句大有りだね。メールはスルーして署に行くべきだ」
「いいかテツ。俺はお前の友人である以前に、一人の刑事だ。ステインのメールだってお前にとってはテレス君をおびき寄せるためパルメニデス教団が仕組んだ罠に見えるかもしれんが、奴が本当にテレス君に謝罪したがっている可能性だってゼロじゃないだろう。もし奴がテレス君に謝罪したら、その場で罪を自白することにもなるんだ。
警察はバトルロイヤルに介入する権限を持たないが、少なくともステインの犯した横領や詐欺、恐喝といった罪は別件として、法によって裁くことができる。いや、裁かなければならない。それが警察官としての使命だ」
困惑するテレスを挟んで睨みあう哲夫と敦。車内の険悪な雰囲気を代弁するかのように、暗雲の中から降り注ぐ土砂降りの雨が街を濡らしていた。
「ああそうかい。だったら――俺も行く」
「先生!?」
「トンちゃん。あんたが一度決めたら梃子でも動かない頑固者だってのは知ってる。これ以上止めても公務執行妨害でしょっぴくだろ。それだったらいっそ、俺たちも連れていってくれよ。も~し~も、万が一、よしんば、パルメニデス教団の仕組んだ罠である可能性も考慮してな」
「ちょ、ちょっと。さっきと言ってること、全然違うじゃないですか」
「仕方ないだろ。お告げが来たんだから」
「はい?」
「お告げだよ。このタイミングで聞こえてきたってことは、トンちゃんを止めるなってこった」
訳が分からないという顔で頭の上に大量のクエスチョンマークを浮かべるテレス。
「そういえば説明してなかったな。時々俺の頭の中で声が聞こえてくるんだ。具体的に何かを指南してくるわけじゃないんだが、ただ一言『駄目だ』とな。何をやったら駄目なのかは全然教えてくれないから、毎回自分で解釈するようにしてる。お前に会えたのもその結果の一つだ。あの晩も、見張り番たちをぶっ倒して金木を追うつもりだったが、お告げが来たんで仕方なく耐えていた。そして声が止んだ途端、お前と遭遇したという訳さ」
「そんな事情があったんですか……」
納得するテレスと正反対に、如何にも納得できないといった表情で哲夫に詰め寄る惇。
「待ってください。今回のお告げは九里さんを止めることじゃなく、そもそも行くこと自体を禁じている可能性だってあるじゃないですか。普通に考えてそっちの方が妥当でしょう」
「それならメールが送られてきた時点で聞こえて来るはずだ。だがそうじゃない。トンちゃんが警察官としての使命について語り出した、まさにそのタイミングだぞ?」
「ですがもし、私の言う通りだったら?」
「それでも行くさ。正直俺は、お告げが正しいか否かなんてどうでもいい。ただこれ以上ダチを失いたくないだけだ。お前と初めて会った、あの夜みたいにな」
雷鳴と共に、車内に再び緊張が走る。張り詰めた空気。ぶつかり合う哲夫と啍の火花。固唾を飲んで見守るテレスの心配そうな瞳。その懐で青白い光を放つ……
「おい! ちょっと待て」
沈黙が破られると同時に、睨みあっていた二人と敦の視線が間に立つテレスの方を向いた。その眼差しを向けられたテレス自身も驚きと困惑の交じった表情でオルギャノンを取り出す。突如四人の間に割って入った銃は、何かを訴えるように今までにない激しい輝きを放っていた。
数分後。四人を乗せた車は煌々と明かりの灯るビジネス街を走り抜け、その中心地にそびえ立つエレア社のビルに到着した。警備員に事情を説明しエントランスへ足を踏み入れた一行を一人の女性が出迎える。
「お待ちしておりました。ここからは私がご案内させていただきます」
「……まさかそちらからお出迎えに来るとは思わなかったよ。メリッサ・スミス専務」
「お電話にて話は伺っております。九里警部。この度は弊社の社員がご迷惑をおかけしました」
「いえいえ。ご協力、感謝します」
メリッサは哲夫を無視して敦だけに頭を下げると、そのまま踵を返しエレベーターホールへ歩き出した。彼女の後に続いて哲夫、啍、敦がテレスを護衛するような陣形を組みついて行く。
「どうぞ」
エレベーターの前まで来るとメリッサはボタンを押し、一歩脇に逸れた。彼女の振る舞いは、まるで商談相手を接客しているように上品で丁寧だ。とても敵対する教団の幹部とは思えない。そんな彼女のビジネスウーマンとして完璧すぎる所作が、テレスにはかえって不気味に映った。
やがて五人を乗せたエレベーターはビルのちょうど半分、二十五階に到達した。銀色の扉が開いた先にはオフィスや会議室、応接室などの壁に挟まれた一本道が真っ直ぐに続いている。
「この廊下の突き当りに、展望ラウンジがございます。そこに彼を待機させておりますので」
メリッサに促され、四人は哲夫、テレス、敦、啍の順番で一例に並んでエレベーターを降り歩き始めた。その姿を見届けると、彼女は一礼して閉じるエレベーターの中に姿を消した。
「お見送りはここまでってか。みんな気を抜くなよ……ここからが本番だ」
哲夫は知の鞭を取り出しながら背後の三人に警告したが、既に敦は銃を構え、惇は強化装甲で身を覆い始めていた。このフロアの社員は既に退社したのか、薄明かりに照らされた廊下は静まり返っている。聞こえてくるのは四人の足音と激しい息遣いだけだ。しかし彼らの警戒心とは裏腹にパルメニデス教団が奇襲を仕掛けて来る気配は一向にない。ふと気づけば、一行はすんなりと目的の場所まで辿り着いていた。メールの送り主が腰かける、展望ラウンジに。
「アンディ!」
首を垂れぐったりと椅子に沈む友の姿を見た少年は、突然仲間たちを追い抜いて走り出した。
「あ、おい待て馬鹿!」
テレスを止めようと慌てて後を追いかける哲夫。彼が少年の背中に追いつき、襟首を掴んで引き戻そうとした瞬間、前方を走るテレスの姿が上から吸い上げられるように忽然と消えた。
「これは! 春目仁の……」
「弁闘術の一つ、テレポーテーション。あんたがテレスを後ろから追いかけたせいでまんまと発動してしまったんだよ」
ソファーからゆっくりと立ち上がり、不気味に笑うアンディ。頭を上げたその顔には、罠に嵌った哲夫たちを見下すような嘲笑が浮かんでいる。
「あんのミリオンアホンダラーベイビーがぁ! 俺のそばを離れるなってあれほど注意したのに」
消えた弟子に悪態を吐く哲夫。冷たい眼差しで三角形の先をアンディの喉元に突き立てる惇。
「アンディ・ステイン。私たちの仲間をどこにやった」
「あいつが所有権を得た例の銃を、最も欲している人間の所さ」
「久世野羽蔵か」
「その通り。テレスは今、このビルの最上階で会長の歓迎を受けているはずだ」
「歓迎ねぇ……春目ならまだしも、あのジジイは抵抗すりゃ容赦はしないだろうな」
あくまでも平静を保つ哲夫とは対照的に、惇は仲間を拉致された怒りを剥き出しにしていた。しかし彼に胸倉を掴まれているアンディは何ら意に介す様子もなく、自嘲気味に笑った。
「俺のこと、最低のクズ野郎と思ってんだろ? 否定はしないさ。俺はあいつのせいで全てを失った。信じていた教団は崩壊し、今やお縄につくのを待つ身。だが春目社長は俺に言った。もし駒として動いてくれるなら、最後のチャンスをやると。やつに復讐する最後のチャンスを」
「自分を助けようとしてくれた友人の心は平然と無下にし、そのくせ自分より力のある人間にちょっと優しくされたらすぐホイホイと着いていく。アンディ・ステイン。貴様は犬以下だ」
「何とでも言え。お前たちに俺の何が解る」
「何も解らない。解りたくもない。情を知らず保身にしか生きられない人間のことなど」
「ハッハッハ! 賢人のくせに他者への理解を拒むのか。そんなんだから、気づかないんだよ」
アンディの言葉の意味を哲夫が問おうとした時。彼の後頭部に冷たい銃口が押し当てられた。
「…………なるほどな。そういうことか」




