邂逅
「何者だ」
炎に包まれた部屋からいきなり薄暗い場所に出た哲夫を、数人の男たちが取り囲んだ。フードに身を包み、赤く熱した掌を向けている。
「これはこれは『ロゴスの子』の皆さん、初めまして。俺の名は祖倉哲夫。一介の賢人だ。よろしく」
飄々とした口調で両手を上げ、周囲を見渡す哲夫。目を何度かしばたたかせ、暗闇に慣れてくると、自分から然程離れていない所にテュロスと青年が並び立っているのを発見した。青年の右腕からは相変わらず白く細い糸が垂れ下がっている。
「案内ありがとう普良くん」
まるで友人に話しかけるように軽々しく青年に手を振る哲夫。両者を交互に見返しながら、テュロスが非難の目を青年に向けた。
「クレス。何故こいつを連れて来た」
「あのまま置いて行って我々の犯行だとばらされるより、ここで始末した方が良いと判断したまでです」
素っ気なく言う青年に、テュロスは青筋を立てた。
「この馬鹿者! ここへ連れて来たからには我々の拠点もばれてしまう恐れがあるではないか!」
「まぁ待てテュロス。クレスは何も間違った判断はしていない。こちらのお客様がここを特定するよりも早く、始末すれば良いだけの話だ」
背後から響くしわがれた声に、テュロスが思わず背筋を正す。哲夫が声のした方を振り向くと、朽ちた石の玉座にボロボロの衣服を纏った老人が座り込んでいた。
フードから覗く白い髭。その上で爛々と輝く赤い瞳が、哲夫の目を捉えた。
「その赤い瞳……まさか、炎堂力!?」
「ほう、目を見ただけで理解したか。伊達に賢人を自称するだけのことはあるな」
男は低い声で笑うとフードを脱ぎ、瘦せ衰えた素顔を哲夫の前に晒した。一見すると何の変哲もない、どこにでもいそうな老人だ。しかし暗闇の中で妖しく光る両眼から、分不相応な若々しさが滲み出ている。
「まいったぜ。こそこそ人殺しを重ねているテロリストどもの黒幕がどんな奴かと思って乗り込んでみれば、とんだ大物に出くわしちまった」
「大物か。まだ私のことをそんな風に呼ぶ人間がこの国にいるとは思わなかったよ」
「実際そうだろ。あの伝説の賢人、孔草五郎から直接教えを受けた弟子の一人。ペストで死んだと言われていたが、どっこい亜帝内で生きていたとはね」
「随分と詳しいな。本でも読んだのかね?」
「ああ。若い頃にちょっとな。こんな状況じゃなきゃ弟子入りしたいぐらいだぜ」
「弟子入りか。生憎私は親を亡くした孤児しか引き取らない性分でな」
「ほう、そいつは初耳だ。じゃあここにいるテロリスト諸君はみんな孤児で、あんたの弟子ってことかい?」
「その通りだ。私は弟子ではなく“子”と呼び、彼らも私のことを“父上”と呼ぶがね」
「親を亡くした子供達の父親代わりってことか。それはそうと父上様、一つ教えてくれ。孤児を集めてテロリストに育て、一体あんたは何がしたいんだ?」
「先ほどから気になっていたが、賢人の君から見ても我々はテロリストなどという野蛮な連中に見えるのかね?」
「見える。そこにいる二人は自分達の犯した殺人を革命だとか言ってたが、俺から言わせれば無抵抗の善良な市民を虐殺するような真似はテロ以外の何物でもないね」
「そうか。君とは意見が合わないようで残念だよ。あの愚民たちを善良と称するか」
「今の言葉を聞いて確信したよ。あんたらのターゲットが民主主義者であること、黒幕が王族の末裔であるあんたであること。点と線が繋がった。亜帝内の民主政権を崩壊させ、かつての王政を復古させる。それがあんたら『ロゴスの子』の目的か」
「民主主義とは愚かな思想だよ祖倉くん。たった一人の優れた人間を、遥かに劣った百人の人間が多数決で処刑する。処刑した一人の叡智が、自分たちが束になっても敵わない程の価値を持つことも解らない。そんな連中が実権を持つのだ。実にふざけたシステムだと思わんかね?」
「思わない。確かに多数決には問題点もある。民主主義ってのはまだまだ改善の余地がある思想かもしれない。でも一人一人に権利が与えられ、その権利についてしっかりと考え、向き合うことができるってのは素晴らしいことだ。俺はそう教わったし、そう思ってる」
老人は、言葉を返さなかった。代わりに白い髭を震わせ、豪快に笑った。
「父上?」
「気が変わった。現代に生きる賢人とはどういうものか、中々面白い発見だった。祖倉哲夫くん。君をこの場で処刑するのは止めよう。代わりに牢の中で過ごしてもらう。そして『審判の日』にその眼で我々の革命を目の当たりにし、生き証人になってもらうよ」
老人が右手を上げる。同時にフードの男たちが炎を放ち、火柱が哲夫の周囲を取り囲んだ。
「クレス。牢獄まで連れて行きなさい」
「貴様、賢人だったんだな」
松明の薄明かりに照らされた通路を進む二人。青年は鎖に繋がれた哲夫を犬のように先へ進ませながらぽつりと呟いた。
「言ってなかったっけ? ソクラテス教団の教祖なんだ。悩める少年少女の人生相談からニート引きこもりの更生、家庭内不和の仲裁役、カルトやマルチに嵌った友人のお助けまで相談事ならなんでも無料で引き受ける町の便利屋さ。名刺いる?」
「いらん」
冷たく一蹴し、踵を蹴りつける青年。対する哲夫はそんな嫌がらせや絡みついた鎖をまるで気にも留めず、話を続けた。
「それにしても驚いたよ。まさかお前さんたちのボスがあの炎堂力だったなんてな。しかも亜帝内で王政復古を目論んでいるとは、流石王族は考えることが違うね」
「王族?」
「なんだ知らなかったのかよ。お父上様はかつてイオニア国を治めていた王家の末裔なんだぜ。まぁ亜帝内に次いで民主主義国家となった今のイオニアでは無用の長物だが」
「なぜ貴様がそれを知っている」
「俺の師匠が教えてくれたんだよ。師匠は孔草五郎の最後の弟子でな。お父上様と面識はなかったそうだが、孔草から色々聞いていたそうだ」
「その、孔草五郎という男は何者なんだ」
「おいおい、お父上様から何も教えてもらってないのか? イオニア国の大賢人だよ。タレス教団の初代教祖ミレット・タレスの一番弟子で、亜帝内に最初にやって来た賢人と言われてる。あのクレイトス・ラ・ペリも弟子入りして、政界で大躍進するきっかけになったってんだから、どれだけ影響力のある人間か解るだろ?」
「悪しき民主主義者のことなどどうでもいい……ちょっと待て。今の話が本当なら、父上とクレイトス・ラ・ペリは同門だと?」
「そういうこった。皮肉なもんだな。同じ人間を師と仰いでおきながら、片や民主制を進めた政治家に、片や王政復古を目論むテロリストになるなんて」
青年は何も答えなかった。代わりに物思いにふけるかのようにうつむく。
「俺から教えられることはこんなとこだ。今度はそっちの番だぜ」
「何?」
「人に散々根掘り葉掘り聞いておいて、自分だけだんまりなんて卑怯じゃねえか。七年前失踪した少年がどういう経緯で炎堂に仕えるテロリストになったのか。教えてくれよ、普良惇」
「貴様に話す義理がどこにある」
「そう堅いこと言うなよ。別にここがどこかとか、知られたらまずいこと聞いてるわけじゃないんだからさ」
青年はしばらくの間沈黙していたが、やがて軽く息を吐くと静かに語り始めた。
「……七年前まで、確かに俺は普良惇として生きてきた。だが当時から既に、自分が本当はあの家の人間ではないんじゃないかと薄々気づいていた。両親ともに金髪でも碧眼でもなかったからな。口に出すことはなかったが、その疑惑は年を重ねるにつれ大きくなっていった。そんな時、あの火事で俺は家族を喪った。
連絡を受け、慌てて帰って来た俺は警察の事情徴収に応じ、ついでにDNA鑑定を受けることにした。結果は言うまでもないだろう。俺の遺伝子は普良家の人間とひとかけらも一致しなかった。事件とは何の関係もなかったので容疑は晴れたが、代わりに赤の他人という事実が、当時十三歳だった俺に重くのしかかった。
自分が何者なのか、施設に入居してからもずっと悩んでいた。施設の連中とも馴染めず、脱走しては連れ戻される日々。俺の居場所はこんな所じゃない。ならどこだ。俺の本当の居場所はどこにある。そうやって自問自答していた時、父上と出会った。
父上は身寄りのない子供たちの親代わりをしていることを話して、俺を誘った。ずっと昔、家族が健在だった頃の俺なら断っていたかもしれない。だが全てを失い、自分が何者なのかも解らなくなっていた当時の俺にとって、父上からの誘いは一縷の希望となった。俺は承諾し、施設から逃げ出した」
淡々と哲夫の質問に答える青年。やがて彼は懐から、一枚の写真と、ぼろぼろになった新聞記事の切り抜きを取り出した。
「それは?」
「施設から逃げ出してきた俺に、父上が見せてくれたものだ。写真の方は、かつて亜帝を治めた王、コドロス・アリストの肖像……俺にそっくりだ」
「ほう……」
「記事の方は、そのコドロスの子孫であるアリスト家の没落について記したものだ。破綻して家族は散り散りとなり、生まれたばかりの赤ん坊も使えていた使用人の家に引き取られることになった。赤ん坊の名は……クレス」
「なるほど。そりゃ疑いようもない事実だな」
「俺はようやく、自分が何者なのか理解した。しかし戻るべき家はどちらにせよもう無い。そんな俺に父上は言った。お前の正当な血筋をこのまま埋もれさせ、絶やすのはもったいない。必ず王の血を引く者として表舞台に上がらせてやる。そのために力を貸して欲しいと」
「……そして当時十三歳だった普良惇少年は決意した。これからは王家の血を引く、クレス・アリストとして生きる。自分が何者なのか教えてくれた父上様に恩返しをしたい。そしてめでたく組織でも指折りの暗殺者になりましたとさ。そんなところかい」
「これで話は終わりだ。着いたぞ」
哲夫と青年は足を止めた。二人の前には、苔と錆に覆われた鉄格子が冷たい光を放っている。青年は牢の鍵を開け、中に哲夫を押し込めた。
「食事は一日一回運んできてやる。父上が生き証人にするよう決めたからには、そう簡単にくたばるなよ」
「ああ。ありがとうな」
「何?」
「なかなか興味深い話だったんで退屈しなかったよ。また色々話そうぜ」
「……フン」
青年はくだらないとばかりに鼻を鳴らし、扉の鍵をかけるとそのまま踵を返した。哲夫は馴れ馴れしく手を振ったが、相手は一度も振り返ることなく牢獄を後にした。




