2(須美視点)
授業が終わり放課後になった。
私は杏子と二人、席を立つ。
「さー、すーみん! レッツエンジョイ!」
「おー」
杏子のテンションが朝よりもっと上がっていた。
そういう私も少しハイになってる。
揃って拳を高く突き上げて、歩き出した。
教室にはまだたくさん人が残っていたから、恥ずかしかったけど。
勢いって大事だ。
周りの注目を集めながら私たちは教室を出た。
行き先は駅前にある今年出来たばかりのショッピングモール。
杏子も何か目当てのものがあるらしく、私の買い物にも都合がいいので目的地はすぐに決まった。
十分くらい他愛ない話をしながら歩いていくと、やがて大きな建物が見えてきた。
市内で唯一のショッピングモール。ここに来れば大体のものは揃う、らしい。
「私、ここ来るの初めてだな」
「ん? そーなん? って、あたしも来たことあるの一回だけだけども。しかも部活の用事で」
いつもは日用品か食料くらいしか買わないからスーパーかホームセンターで済ましてしまう。
こんな大きな施設はこの近隣にはここぐらいしかないので、初めてだと何となく不安だったけど一度だけでも杏子は来たことあるみたいだから頼りにさせてもらう事にしよう。
「………なんか急にプレッシャー感じるんだけど、なんでかにゃ」
「多分、気のせい」
「う、うーん?」
私の期待を背負わされて、それを感じたのか不安げな杏子。
「さ、いこ」
「あ、ちょ、すーみんそんな押さなくても自分で歩くってー」
「いいからいいから」
誤魔化すようにその背中を押して、私達は店内に足を踏み入れた。
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店内は外観から想像していたより更に広かった。
私は方向音痴ではないと思うけど、それでもこれはちょっと迷わない自信がないくらい。それにすごく人が多い。
でも通路も広くて窮屈さは感じない。
解放感があるし床もピカピカ。さすがにオープンして間もないだけあって内装はとても綺麗だった。
「ひゃー、やっぱでっかいっすなぁ」
隣で杏子が感嘆の声をあげた。その気持ちはよくわかる。
「うん、すごいね」
私はなんとなく子供の頃の気持ちを思い出して、ちょっとワクワクしていた。
自分の知らない世界を初めて見た時に覚える独特の高揚感――――大人になるにつれて忘れていくものだと思うけど私はまだ覚えていたらしい。
「さてー、それじゃああたしの買い物はすぐに終わるから先にお付き合い願えるかにゃー?」
「うん、いいよ」
言って歩き出した杏子の後をついて行く。
いくつか店を回り、適当に商品を手に取ってはあーでもないこーでもないと言って買ったり買わなかったり。
買いたいものがあると言ってた割には無軌道な買い方をしてるけど、杏子は二人で出掛けるといつもこんな感じなので慣れたものだ。
結局、杏子が目的のもの―――部活で使うらしい新しいジャージを買ったのはお店を六軒くらい回った後だった。
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「おっ。これなんかどうかにゃー」
「どれ?」
杏子の買い物が終わり、今度は私の番、ということでプレゼント探しがスタートした。
全然、目星すらつけていないのでさっきから店頭で良さそうな物が目に入る度、中に入り検討するというのを繰り返している。
杏子も積極的に手伝ってくれて、あれやこれや手に取っては薦めてくれる。
「う、うーん」
「ダメかにゃ?」
そしてそれを見る度、私は曖昧に言葉を濁すしかない。
「だ、ダメ、というか………てっちゃんには似合わない、かな。あんまり格好とかこだわる人じゃないから、服はやめといた方がいいかも………」
「うむーん、そっかー」
それらしい理由をなんとか絞り出すと、杏子はそれを棚に戻した。
それは赤地にウサギの耳の生えた骸骨―――ドクロウサギというらしい―――がプリントされたタンクトップ。
こっちから手伝ってとお願いしといてこんな事を思うのはどうかと思うけど、杏子のセンスは微妙におかしい気がする。
そういえば同じようなセンスを持った知り合いがいたなぁ、と思い出して内心苦笑する。
その人はてっちゃんの友達で初めて紹介された時はビックリしたものだ―――いろんな意味で。
杏子のセンスはその人といい勝負だと思う。
ただ杏子の場合、自分が着るもののセンスは良いのが不思議。
「しっかし、なっかなか“これ!”ってのが見つからないねぇ」
「付き合ってもらってるのに、ごめん」
「いやいや、構いませんよ。すーみんといられる時間が伸びてむしろラッキー!」
さっきからずーっとこんな調子で一向にプレゼントが決まらない。
候補くらいは挙がりそうなものだけど、人にあげるものだからあまり妥協はしたくない。特に相手がてっちゃんだから尚更。
そんな風に考えてるから余計になかなか進展がない。
「でも、なかなか難しいねぇ、こりゃ」
むう、と腕を組んで唸る。
「そういやてっちゃんさんって趣味とか好きな事はないの?」
「趣味?」
「そう。そういうの分かれば参考になるんではないかと」
てっちゃんの、趣味。といえば。
「………野球、とか」
「ほう。野球ですか。ナイターとか。それか草野球みたいな?」
「うん、観る方」
「あ、もしかしてすーみんの野球好きはてっちゃんさんの影響?」
「え、と。うん。実はそう」
「おおう、なーるほどー。納得納得」
しきりに頷いて杏子は再び思案する。
「んー、でも野球に関係したプレゼントって何かあるかにゃ」
言われて少し考えてみる。
うーん。
「あ」
と、杏子が何か思い付いたのか声をあげる。
「好きな選手のサインボールとかどうかにゃ?」
「サイン………」
「そうそう。どう?」
「んー」
一応考えてみるけどすぐに、それはないな、と思った。
てっちゃんは野球を観るのは好きで贔屓のチームもあるけど、グッズとかそういう物には全然興味がないから。
というか、わざわざ私があげなくても、てっちゃんなら欲しければ自分で手に入れられるだろうし。
私もライアン選手のサインボールを持ってるけど、これもてっちゃんが頼んでもらってきてくれたものだ。
あと、それと。
「今から明日までにサインボールを用意するのは難しいと思う」
「あ、そういやそーだね。それじゃダメかー」
そんなわけでサインボール他野球グッズは却下。
「他にてっちゃんさんの趣味は?」
「……なんだろう」
てっちゃんは基本的に家から出ない人だし、貧乏だからいつもお腹を空かしていて何かに対して積極的に行動するという事がない。
だから野球観戦以外の趣味があるとは思わないし、多分あったとしても野球程熱中はしないと思う。
兎に角、私が知る限りはてっちゃんに野球以外の趣味はない。
「んー。じゃあ去年の誕生日とかは何あげたん?」
「去年は………確か、クッキー作って持っていった」
去年はまだアルバイトもしてなくて、お金もなかったからそれくらいしか出来なかった。
てっちゃんは「クッキーじゃ腹は張らねー」とか文句を言いつつ全部食べてくれたけど。
「おおっふ。それ、何気に羨ましいんですけど」
「え、なんで?」
「そんなもん決まってるっしょ! すーみんの作ったクッキー………っていうか料理全般、超旨いじゃん!」
「そ、そう」
意外なくらいの剣幕で力説され、ちょっとたじろぐ。
「でも、今年は違うものにする」
誕生日のプレゼントが二年続けて食べ物っていうのも何だし、ご飯はたまに作りにいってるからプレゼントにならない気がする。今年は何か形の残るものにしたい。
あんまり高いものは無理だけど。
「………でも、どんなものがいいかな」
そして結局話はここに戻ってくる。
たくさんお店はあるのに肝心のプレゼントが決まらない。
たくさんありすぎて目移りしてしまうという事もあるし、ピンとくるものが見つからない。
「まあまあ。焦って決めても仕方ないし、じっくりいきましょ。最後まで付き合うよー」
「ごめんね。杏子」
「そいつは言いっこなしだよ、おっかさん」
「………ありがと」
「気にしない気にしなーい。さって、次はどこ行こっかー」
嫌な顔一つせず付き合ってくれる杏子の笑顔に感謝と申し訳なさを感じながら、私は次のお店に向かう。
店内の大まかな見取り図を思い浮かべ歩き出した、その途中。
「あ………」
通りかかった雑貨屋のショーウインドウの一角にそれを見つける。
「んむ? どったの、すーみん?」
「これ」
それはダイニングテーブルを模したレイアウトの上に陳列されたマグカップ。水彩調の青い鳥のイラストが印象的だった。
「おー、可愛いねー。これが気に入ったの?」
目を逸らさないまま、こくりと頷く。
このカップを一目見て私は『ピン』と来たから。
年上の男の人にあげるには向かないデザインかもしれないけど。それでも、これがいい、と感じる。
「杏子はどう思う?」
「ん? 杏子さんもいいと思うよ。うん。なんていうか、すーみんぽいよ」
それはどういう意味だろう。悪い意味ではないみたいだけど。
「可愛すぎないかな」
「んー、まあ、そうかもしれないけど、でもよく言うじゃん。プレゼントで大事なのは何をあげるかじゃないって。そう、大事なのは心意気さー!」
「心意気?」
「イエス!」
「そ、そうなんだ」
自信満々に言い切った杏子に私もその通りな気がしてくる。
大事なのは心意気。
言い換えれば、気持ちのこもったプレゼントなら相手は喜んでくれるという事。
例えば逆の立場―――杏子やてっちゃんが私のためを考えて真剣に選んでくれたプレゼントだったら、それがちょっと変な物だったとしても嬉しいと思う。
「ん………そう、かも」
「ニハハ、でしょう?」
「うん」
「杏子さん、いい事言った?」
「言った言った」
「イェーイ! すーみんにほっめらっれたーっ!」
「きょ、杏子」
杏子が大声で万歳して、また注目を集めてしまう。
さすがに少し恥ずかしい。
「にはは、メンゴメンゴ」
笑いながら手を合わせる杏子に苦笑する。
憎めないなあ、杏子は。
「んじゃま、中で見せてもらおうよ。これ」
「うん」
そうして私達はそのマグカップを求めて雑貨店の入り口をくぐった。




