3(須美視点)
買い物が終わり店を出ると日が沈んで、夜の帳が降り、星空が浮かんでいた。
そんな中、駅までの帰路を私と杏子は並んで歩く。
「今日はありがとう。杏子」
「いやいや、どーいたしまして………っていうか、あんまり役に立ってないよねー、あたし」
「そんなことない。おかげでいいプレゼントが見つかった」
「にはは、照れますなあ。そう言ってもらえると杏子さんも嬉しいよ」
買ったカップは割れないように梱包した後、プレゼント用に包装してもらいリボンもつけてもらった。
今は鞄の中で明日の出番を待っている。
「それにしてもマグカップって三千円もするもんなんだねぇ」
「うん。私もびっくりした」
プレゼントに選んだカップについていた値札を見た時は二人で目を丸くして驚いた。
あのお店はちょっとだけ高級な雑貨店だったみたいでデザインや品質がいいかわりに値段もそれなり、っていう物が多かった。
普段ならカップひとつにお札を三枚なんて絶対に出さないけど、今回だけは特別。
一応、予算内だったしプレゼントに使うものだから。それに何より、これ以外にない、と思ってしまったから。
衝動買いと言われればそうなんだけど、他にもたくさんお店を見て回っても他に候補が見つからなかったのだから仕方ない、と自分に言い訳してみたりする。
衝動買いなんていつもはしないけど、納得のいくものが買えたから今回だけはよしとしよう。
「ねえ、すーみん」
「ん、なに?」
「てっちゃんさん、喜んでくれるといいねー」
「うん」
にこーっ、と音を発しそうなくらい満面の笑顔を浮かべて激励してくれる杏子に私ははっきりと頷いて返す。
本当に杏子のいう通り。
てっちゃんが喜んでくれるといいな、と思う。
喜んでくれたら私も嬉しい。
親友に助けられて一生懸命選んだプレゼントを携えて、明日の事に思いを馳せている内、私達は駅に到着していた。
「っと、すーみんは電車だよね」
「うん、そう」
「んじゃ、今日はここでお別れだね」
徒歩通学の杏子と電車通学の私。
別れる前にもう一度、ちゃんと言っておこう。
「杏子、今日はありがとう」
「もー、ありがとうは何度も聞いたってばー」
杏子が手を横に振って、苦笑する。
「うん。でも、それでもありがとう」
「すーみんは律儀だねぇ。うん。どーいたしまして、だよ。これも何度も言ったね、にはは」
お互いに笑い合い、私は帰りの電車に乗り込むため改札をくぐる。
「じゃー、また明日!」
シュタと手を挙げて身を翻した杏子に小さく手を振り返した。
「また、明日」
そして、走り去っていく杏子の背中を見つめながら思う。
明日も、頑張ろう。
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翌日。
この日も、いつもと同じように、朝起きて家事をこなし、ライアンの食事を用意してから誰もいない家を出た。
その後、走って通学してくる杏子と校門の前で合流し登校する。
授業を受けて、お昼休みには杏子と他愛のない話をしながらお弁当を食べて、それが終わるとまた授業。
放課後になると今日は部活がある杏子と別れ、私はアルバイトに向かう。
私のアルバイト先はケーキ屋さんでそのお店は学校から歩いて十五分くらいの繁華街からは外れた場所にある。
住宅街からは近いけど、ちょっと道が入り組んでて分かりにくい。
そんな感じで立地は決して良くないけど常連さんがたくさんいて、有名人の隠れファンもいるとかいないとか。
それも頷けるくらい美味しいケーキを作ってる店長は宣伝とかお店を大きくする事にあんまり興味がないらしく、前に『うちは地域密着型のケーキ屋だから』とよくわからない理由を聞いた事がある。
「おはようございます」
挨拶をしながら従業員専用の裏口から店内に入ると休憩室のソファで、その店長が新聞を読んでいた。
「ん? ああ、おはよう、須美ちゃん」
その目がスポーツ新聞から私に移り、あご髭をたくわえた店長は人懐っこい笑みを浮かべる。
あご髭、と言ってもダンディなわけではなく―――本人はダンディさを狙ってるらしいけど―――かと言って、それが全く似合ってないわけでもなくて、どちらかというと精悍な印象。
四十歳近いはずなのに見ようによっては大学生くらいに見えるくらい若々しい。
見た目も性格も合わせて、この店長を一言で表すなら『かっこいいけど変な人』だと思う。
「店長は休憩中ですか」
「そーそ。今は嫁さんが店出てくれてるから。さっきまで明日の予約分の仕込みしてたとこ」
「そうなんですか」
と、そこであることを思い出し、店長に訊ねる。
「あの、昨日電話で頼んでた事なんですけど………」
「ん? あぁ、あれね。うん、出来てる出来てる」
よかった。
昨日の晩、家に帰ってから思い立ち店に電話した。
てっちゃんに持っていく誕生日用のケーキを予約するためだ。
本当なら誕生日用のケーキの予約は一週間前には申し込みしておかないといけないのだけど、ダメ元な私の無理なお願いを店長は快諾してくれた。
「無理言ってすいませんでした」
謝って頭を下げる。
「いやいや、須美ちゃんはよく働いてくれてるから、たまのご褒美っつーか、ボーナスって事でモーマンタイ。…………でも他の人には内緒な?」
茶目っ気たっぷりに片目を瞑り人差し指を口元に当てる店長に私は頷く。
「今は厨房の冷蔵庫に入れてあるけど帰りに持って帰るといい」
「はい。ありがとうございます」
「はっはっはー。いいって事よ。俺は可愛い女の子のお願いは断らない主義だからな」
「か、可愛くないです、私は」
こういう事をあっさりと言ってしまうあたりが店長が二枚目になりきれない由縁だと常連のお客さんに聞いた事がある。
黙ってれば絶対モテるのに奥さんに出会うまでほとんど浮いた話はなかったとも。
確かに………人によっては軽薄な人って思ってしまうかも。というか私も最初はちょっと思った。
すぐに本当は凄く真面目で家族思いな人だってわかったけど。
「ふむ。自分を卑下するのはよくないな。自慢じゃないがモテたためしはないけど可愛い女の子の知り合いは多いよ、俺」
本当にそれは自慢じゃない。
「その俺が見ても須美ちゃんはかなり可愛い部類に入るぜ。俺があと十歳若かったら放っとかないくらい」
「は、はあ」
「だから自信持っていいよ。はっはっはっは」
そんなにいい笑顔で断言されてもなんて答えたらいいのかわからない。
と。
「…………やけに休憩が長いなと思って見に来てみれば何をバイトの女の子を口説いてるんですか、啓介さん………?」
「はっは、は………は?」
そんなやりとりをしていると、いつのまにか店長の奥さんが怖い笑顔で店長の後ろに仁王立ちしていた。
ちなみに啓介さんというのは店長のファーストネーム。フルネームは轟啓介さんで奥さんは百合さん。
店長は背後から放たれる黒い波動に気付いたのか高笑いの表情のまま硬直し大量の汗が噴き出している。
うわ………。
「ゆ、百合さんや………つかぬ事を聞きますが、いつからそこに………?」
「そこ、というのがあなたの背後、という意味ならたった今ですけど、この部屋には「可愛い女の子のお願いは~」のくだりからいましたね」
ニッコリ。
「お、おぉう」
ダラダラダラダラダラダラ。
店長の汗が止まらない。というか勢いが増してる気がする。
「はぁ………」
深々と溜め息をついて呆れる百合さん。
怖い雰囲気が嘘の様に消えた。
「もう仕方ない人ですね………早く仕事に戻って下さい?」
「う、うぃーす」
全然怒ってない声で促されて店長はそそくさと立ち上がる。
「あなたの軽口には今更ですから何も言いませんけど、須美さんや他の人に迷惑はかけないようにしてください」
「あ、あの、私は別に」
「いや、百合の言う通りだな。ごめんな、須美ちゃん、ちょっと調子に乗りすぎた」
「い、いえ大丈夫です」
真面目モードに切り替わった店長。いつもこうなら百合さんも心配しないだろう。
店長が謝り、私が許した所で百合さんも納得したのか微笑みを浮かべた。
「これからは気をつけて下さいね」
「あいよ」
「私にならいくら迷惑かけて頂いても構いませんから」
「そうするわ」
「須美さんもごめんなさい」
「いえ」
それよりも気になる事が一つ。
「………今、お店って誰が見てるんでしょう」
「「あ」」
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その後、素早く制服に着替えカウンターに出た。
先に戻っていた百合さんに声をかけられる。
「おはようございます、須美さん」
「あ、はい。おはようございます」
さっきはゴタゴタしてて忘れてた挨拶を交わす。
「たしか今日は六時までのシフトでしたね」
「そうです」
その後はスーパーに寄ってからてっちゃんの家に行く。
きっと今日もお腹を空かせているだろうからたくさん食材を買っていかないと。
「ふふふ」
「?? 百合さん?」
「聞きましたよ。今日、須美さんの幼馴染みの誕生日なんですよね」
「あ、は、はい。えと、どうして」
どうして知ってるんだろう。
「ゆうべ、啓介さんがやけに張り切ってケーキを作っていたので不思議に思って聞いてみたんですよ。そうしたら」
「す、すいません」
「ふふ、何も謝る事なんてありませんよ」
「ぅあ」
柔らかく微笑む百合さんは同性の目から見てもとても綺麗でなんだかドギマギしてしまう。
「喜んでもらえるといいですね」
「…………はい」
照れ臭さを感じて小さく頷く。
杏子もそうだけど、店長も百合さんも、みんな優しい人だ。
そこでドアベルが響き、お客さんがやってくる。
二人分の「いらっしゃいませ」が重なって私達は仕事に没頭していった。
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「…………大きい」
それにずしりと重い。
店長から帰り際に受け取ったケーキはびっくりするような特大サイズで、店長が百合さんに張り切りすぎだと突っ込まれていた。私も同感だった。
でも、従業員割引とか言ってすごく安くしてもらえたのでよかった。
量は多いけど私もてっちゃんも甘いものは嫌いじゃないからなんとかなる…………と思う。
微妙に不安を感じながら買い物を終えて、スーパーを出るといよいよ今日の最終目的地に向かう。
バイトが終わった後に一度てっちゃんに電話してみたけど繋がらなかった。
「うーん………」
寝てるのかな。
多分、出掛けてるって事はないと思うので行ってみれば分かるかな。
そう思って、私は重い荷物を両手で持ち直して歩き出した。
序章・完




