三 競争 ②
すでにあの件が知られているのか。事態は想定より早く悪化している。僕の目は無意識のうちに声の方を向いていた。
競馬の世界はしばしば「村」と表現されるほど狭い。オーナーと生産者以外は基本的に美浦か栗東、東西いずれかのトレセン内で一日の大半を過ごすため、相互の関係が密になる。悪い言い方をすれば閉鎖的になるのだ。情報の伝播が早くなるのは自明の理と言える。
特に騎手は血縁がきっかけで業界に入るケースが多く、その傾向が顕著になる。目の前にいる三畑は父親が所属厩舎の調教師だ。開業歴が浅いにもかかわらずGⅠタイトルを複数獲得しており、大口馬主の委託を引きうけている名トレーナーである。菅沼に至っては騎手だった父をはじめ親族の大半が競馬関係者であり、従兄にも現役の一〇〇〇勝ジョッキーがいる生粋の競馬一族の出身。月川は親類縁者に騎手も調教師もいない公務員一家の生まれだが、元は警察の幹部だった大叔父が当て職で中央競馬の公正審査委員を務めている。きわめてイレギュラーな形のため三畑や菅沼のように乗り馬が多少優遇されたり、職場環境が他より良かったりといったことは期待できない存在ながら身内に後ろ盾がいるのだ。
そこへ行くと僕は弱い。競馬にゆかりのある家の生まれではないという点では月川と同じでも、血の繋がりのある味方は皆無。騎手になって五年ばかりの間に築いた人脈はあるにせよ、バックグラウンドがない分だけ彼らと比較するとどうしても劣る。菅沼は、そういう〝外様〟を少しでもへこませるつもりなのである。
騎手の世界は基本的に自分以外の全員が敵だ。僕にいたっては性格的な要因もあって同業者に信用の置ける友人は一人もいない。厩舎スタッフの皆との関係も良好で、中でも成田さんと八島さんの二人とはあるていど親しいが、やはり自分で一線を引いてしまい何となく輪に入りきれずにいる。よって競馬関係者で本当に頼れるのは児玉先生ひとりだけ。ましてやこの場の四人は揃って美浦所属であり、頻繁に顔を合わせる環境にあるばかりでなく年齢や成績が近いこともあって競争意識はお互いに強い。単なる同期や先輩後輩の関係ではあり得ず、真剣勝負のレース中を除いては声を荒げるような真似は避けるなど常識の範囲内でコミュニケーションをとりつつも、相手を出し抜き蹴落とすための駆け引きは常になされる。僕は動揺を覚られないように無表情を作り、短く答えた。
「はい。知ってましたか」
「あれの勝ち方を見れば注目もするさ。菊花賞に出たら面白いんじゃないかってな」
「展開が嵌ったのもあります」
もっとも、平素を装えるのはそこまでだった。菅沼のいかにも見透かした仕草が鼻につき、まったくの冷やかしではないのを強調するように後から理由を付け足したのも白々しく聞こえ、にわかに胸に広がる不快感に耐えられなくなっていた。これ以上この場に座っていたら婉曲に抵抗の意思を表すに留まらず、はっきり憎まれ口を叩くか怒鳴りつけるか、そうでなければ泣きだしてしまっていただろう。
「では僕はそろそろこの辺で。ちょっと早い仕事もありますし」
どうにかそのままの顔で立ちあがり、休憩室を出ていくので精一杯だった。
悔しい。
菅沼のああした物言いには慣れていたつもりだが、こんな思いをするのは初めてだ。はっきりとは口にしないまでも、あの様子では僕が降板させられた背景を掴んでいるのは確実だ。件の噂さえなければ立場が逆だったことを思うと、苦々しい思いがいっそう強く胸に広がった。しばらく誰にも会いたくない僕は人気の少なさそうな廊下の隅で足を止め、少しでも早く時間が過ぎるのを願った。
そして三日後、僕は栃木県野木町にある実家のドアを叩いていた。
「ただいま」
時刻は午前十時。インターホンのスピーカーを通してばたばたと音が聞こえる。いつもなら平日、仕事をしている母が久々に会えるからと休みをとってくれたのだ。
「お帰り」
中から扉が開く。母は髪を明るい赤茶に染めており、顔の皺も少なく実年齢よりは若く見えるが、以前と比べるとくたびれている。僕が騎手になって以降、会うたびにその印象は強まっていた。
「ずいぶん早かったわね。休日なんだからゆっくりしてればよかったのに」
「美浦からここまではそんなにかからないよ。いつもよりは少し遅く起きたし」
一週間の疲れを取るべく、今朝もある程度の時間まで布団にいたのは本当だ。一方で生活サイクルを大きく崩すわけにもいかず、勝手に目が覚めてしまったのもまた事実。眠っている場合ではないと思い、適当なところで起床し朝食を済ませていた。
僕は鞄を手にしたまま靴を脱いで床に上がり、まずは畳の間にある仏壇の前に座って父の遺影、位牌に向かい目を閉じて手を合わせる。実家に帰ったときはいつもこうして父に感謝を伝えていた。ただ、今日はそれも普段より短く済ませて早々に腰を上げる。噂の真否を明らかにしたい気持ちが強かったのだ。
次いでリビングに足を踏みいれると、母がお茶を淹れながら手元の茶菓子を勧めてくる。
「せっかくだから一息入れてったら。運転してきたんでしょ」
「ありがとう。でも、先に書類の方を確かめたいんだ」
「それならあそこよ」
指ししめされたとおり、テーブルの上に茶封筒が置かれているのに気づいた僕は、椅子に座って中を開ける。
「でも光、電話でも訊いたけど、どうして急にお父さんとお祖母ちゃんの戸籍を見たいだなんて言いだしたの? 急に懐かしくなっちゃった? 通帳とか時計とか、奥の部屋にある引き出しにしまってある遺品はいいの?」
「これで分かれば他のは大丈夫。事情はこの後で話すよ」
母に余計な心配はかけないよう、何を調べようとしているかとその詳細な理由は一緒に知らせるとあらかじめ決めていた。きっと予想どおり、ぜんぜん別の名前が出てくるだろうから。
僕は息を整えて数枚の紙をめくり、目的の情報を探しにかかる。最初に出てきたのはこの家の現戸籍だ。縦置きのA4用紙に印刷がなされ、全て横書きで所在地欄にいま僕がいる「栃木県下都賀郡野木町野木四千百十一番地」、亡くなった父の欄に「除籍」の二文字、その左側に次の記載がある。
【名】法真
【生年月日】昭和四十六年二月二日【配偶者区分】夫
【父】
【母】穂希
【続柄】長男
肝心の、僕から見て祖父に当たる人物の欄は空欄になっていた。
これ自体に驚きはない。父母が離婚し、なおかつ子が戸籍筆頭者でない方に転籍した場合、新しい法律に基づいて作られた現戸籍ではこうした表記がなされるが、古い法律による原戸籍には過去の情報も記され、後者の場合は転入元の戸籍を辿ることができる。したがってこうしたケースでは、父が母と結婚して分離する前の祖母の原戸籍を当たればよいとあらかじめ勉強しておいたからだ。問題は相続に使用した際、処分されずに手元に残っているかどうか。
しかしそれも杞憂だったのがすぐに分かる。数枚ばかりを挟んで後ろに、目当てのものと思しき書類が顔を覗かせていたのだ。用紙のサイズはA4でも現戸籍とは逆の横置きのフォーマットに、縦書きで右上に「除籍」、本籍地欄には先ほどと同じここの住所、氏名は「高井穂希」とある。間違いない。
僕は息を止めて右手の親指と人差し指の間に挟んだ紙を引きぬき、どうか噂は嘘であってほしいと祈りながら徐々に現れる文字を目で追う。
ところが、そこに書かれていたのは無情としか言いようのない内容だった。
昭和四拾五年八月弐拾参日離婚届出により千葉県印旛郡白井町河原子五百四拾壱文田猛志から転籍
たしかに文田猛志とある。それだけでなく父の法真が同戸籍より転入したことを示す文言と、同じ名前がその父親欄に記されていたのである。
僕は眩暈を覚えた。この原戸籍の写しは地紋紙に印刷されている。偽造ではあり得ない。つまり僕の祖父は正真正銘、過去に八百長事件を起こし競馬界追放となった文田猛志だったことになる。先日、先生から話があったときとは比較にならないほどの強い衝撃に襲われてろくに頭がはたらかなかった。
思えば覚悟ができていなかったのだ。現状ではエフタリテスを手放さなければならないと理解していながら、あんな噂は事実であるはずがないと少なからず思いこんでいた。先週も映像でクルーガーの騎乗をぼんやり眺めつつ、今日こうして実家に足を運びさえすれば最終的に愛馬を渡さずに済むはずだとどこかで自分に言いきかせていた。交際していた彼女と少し前に別れ、本当に競馬だけが僕にとって縋れるものになっていたのも要因の一つだろう。まさか競馬でもこんな目に遭うとは信じたくない気持ちがあった。
もちろんこのあと祖母が離婚する前の戸籍を入手し、出身地や生年月日と照らしあわせてここに記されている人物が中央競馬の騎手だったあの文田猛志なのかを確かめるつもりではいる。だが、もはや両者が別人かも知れないといった希望的観測はほとんど消えさっていた。白井町は現在の白井市か。今すぐ出発すれば間に合う距離だ。郵送でのやりとりをしている余裕はない。
「光、どうしたの?」
はっとして声の方を振りむくと、母が心配そうに顔を覗きこんでいる。おそらく僕はひどい表情をしていたのだろう。この状態で沈黙を貫いては逆に不安を招いてしまう。むしろ秘密にしておいて何かの拍子に母が件の疑惑を知るような事態になったら、余計に大きなショックを与えることになる。
「母さん、実は」
何より先生には後で報告するとしても、あの噂を一人で抱えこむのには耐えられない。僕は乾き、強張った唇をぎこちなく動かした。
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