十六 過去 ①
「私は今、事実無根の噂を流されて困っております。内容は私がたびたび八百長によって騎乗馬をわざと敗退させており、指示役は五十三年前に起こった〈文田事件〉で競馬界を追放された元騎手の文田猛志で、私がその孫であるというものです。
噂を払拭すべく戸籍等を確認しましたところ、たしかに文田猛志が私の祖父である事実が判明しましたが、私自身は八百長をしておりません。また祖父が処分を受けた八百長疑惑についても不明な点があり、さらに調査をいたしました結果、同じ元騎手の尾本藤吾さんが祖父と関わりのあった可能性が高いことが分かりました。
そこでお願いがあります。どうか尾本さんがこの投稿をご覧になっていましたら、私までご連絡ください。また尾本さんがどちらにいらっしゃるか、ご存じの方もご連絡をいただけば幸いです。
私を応援してくださる皆様、競馬ファンの皆様、関係者の皆様、突然のご報告とお願いをすることになり大変申し訳ございませんが、なにとぞご理解とご協力をお願いいたします」
俺はスマホの画面を眺めながら、ほっと息をついた。
正直ここまで事がうまく運んで驚いている。いま目にしているのは、高井くんがSNSに投稿した呼びかけだ。日付は八月二十九日。翌日には「同じ名前の人物を知っている」「近所に住んでいる」との情報が寄せられ、具体的な場所を訊ねると群馬県高崎市歌川町との答えがあり、さらに二日後に本人が直に会って話をしたいと──正確には知り合いのSNSアカウントを通じダイレクトメッセージで──名乗り出てきた。最初は高井くんも疑心暗鬼だったらしいが、前述の情報提供と住所が一致して信用するに至り今日を迎えた。
とはいえ本人はまだ姿を見せておらず、テーブルの向かい側にペットボトルが置かれているきりで、隣の高井くんは腕時計に何度も目を落としている。
ここは定員四人の狭い会議室。上野にあるレンタルスペースだ。駅からのアクセスもよく、道には迷わないはず。月曜の午後で極端に人通りが多いわけでもない。そろそろ着いてもよさそうなものだ、と部屋の入口をちらと見たとき廊下から声が聞こえた。枯れた細い声だ。
「失礼します」
俺と高井くんはほとんど同時に返事をする。
「どうぞ」
扉が開いて姿を現したのは、白い短髪に無精髭を生やした小柄な年配の男性だった。表情が暗く沈んでいることもあり、実年齢よりやや上に見えた。
「はじめまして。尾本藤吾です」
高井くんと俺はやはり一緒に立ち上がり、小さく礼をする。
「高井光と申します」
「大賀慶介と申します。〈スポーツ東都〉で記者をしております。どうぞ、こちらにお掛けください」
尾本さんは椅子に座っても、俯き気味に黙っていた。まるで被告人が罪状を告白するかのような雰囲気だ。続けて腰を下ろした高井くんが、暫しの沈黙を破る。
「本日は遠いところわざわざお越しいただき、ありがとうございます。今からお話をお聞かせいただくことになっておりますが、よろしいでしょうか」
「はい。私はそのために参りました」
尾本さんは相変わらず下を向いている。事前のやりとりでは明確な回答は伏せられていたというが、手ごたえは十分だった。その期待は高井くんの方が大きいものと見える。いつになく積極的な姿勢で、目の前の相手を逃すまいと言わんばかりの空気を発していた。
俺は流れを遮らぬよう、ちょっとばかり間に入る形で一言添える。
「最初によろしいでしょうか。本日のお話を記録して公表、できれば社の記事に掲載したいのです。それに当たって録音をさせてください」
ウチで記事に出来るかどうかは、この際どうでもいい。可否は編集長の意向で決まり、ダメだった場合は一個人として発信するつもりでいる。だがどちらにせよ、予想どおりの内容を聞きだせたとしても衆目に晒せなければ意味がない。ここは念を押しておく必要がある。俺が顔を見すえるや、尾本さんはすぐに頷いた。
「事前にその旨はお聞きしています。そうしてください」
そして高井くんに向き直り、今度は深々と頭を下げる。
「まずはあなたに謝らなければなりません。五十三年前、私は八百長の罪を文田さん──あなたのお祖父さんになすりつけました。世に言う〈文田事件〉で実際に不正をはたらいていたのはこの私。文田さんは無実です」
いきなり結論から入られ、焦った直後に肩の力が抜けた。何はともあれ、現在進行形で流れている八百長の噂はこれで根拠がなくなった。一方で疑問も湧く。それを俺より早く高井くんが口にした。
「では、なぜそのようになったかお聞かせください」
横から様子を窺うに、ひどく緊張している。望ましい答えが得られたというのに、まったく喜んでいない。自身の潔白を証明する手がかりが得られたことで、今度は注意がもっぱら〈文田事件〉の方に向いたのだ。次に尾本さんが唇を開くと、向けられていた視線にいっそう力が入った。
「では、お話ししましょう。私と文田さんの間に何があったかを」
もともと、私と文田さんはご近所さん同士でした。歳の差は五つとそこそこ離れていましたけれども、小さい頃から仲が良かったんです。私は当時では珍しい一人っ子で遊び相手が欲しかったし、文田さんも親に構われにくい三人兄弟の真ん中だったので。
「猛志兄ちゃん。今日はあっちへ行こうよ」
「いいよ。でも藤吾、少し遠いから遅くならないようにしよう」
なんて具合です。ご存じでしょうけれども、私の家も文田さんのところも競馬とは縁もゆかりもありません。ですが、これまたご近所に角谷さんという文田さんより七つ上、私より一回り上で半ば親世代の親戚みたいな存在の方が中央競馬の騎手になったんです。文田さんはその角谷さんに憧れて騎手になり、私も追うように同じ世界に入りました。最初は同じ有村厩舎に入ろうとしたのですが、私が騎手課程を終えた年にはもう人数が一杯で、これ以上は人を抱えきれなくなっていたので同じ白井の宇治木先生を紹介していただきました。
宇治木先生は素晴らしい方でした。他の厩舎と比べればあまり厳しくはありませんでしたし、懇切丁寧にいろいろご指導いただけましたし。先輩方も優しかったと思います。それでいて文田さんがいる有村厩舎は同じ白井分場でしたから、騎手になりたての頃は空き時間や休日などを結構な頻度で一緒に過ごしていたのです。昔は厩舎の繋がりが第一でしたけれども、親族繋がりで騎手になった方たちはそれとは別の交流もあったので、別段おかしなことではありません。
そういう訳で初めの頃は順風満帆でした。何といっても同郷の先輩が文田さんです。お手本が身近にいるのは有利でした。稽古の時に見て参考にするだけでぜんぜん違うのです。おまけに自分で言うのも何ですが、要領は良かったので初勝利は同期で一番乗り。途中までは出世頭でした。環境も相まって、こんな風に色んな人からずいぶん羨ましがられましたね。
「僕も宇治木先生のところがよかったなあ」
「運も実力のうちってやつか」
「馬鹿。尾本の騎乗、俺らと全然違うじゃねえか」
ただ、それがまずかったのでしょう。大した苦労もなく上々の成績を残したことで天狗になってしまったのです。先輩方にも太鼓判を押されていましたし、自分でもそのうち首位騎手になれる、才能は文田さんより上なんじゃないかとか思いはじめて、完全に己惚れていました。金遣いも荒くなり、出世払いのツケで飲み歩くようになってしまいました。
実際、勝ち星を挙げているうちは問題なかったのです。賞金が入ってきますから。でもあるレースで怪我をしたあと、そのうちのある店から催促をされました。
「溜まってるツケがあるだろう。早く払ってくれ」
むろん放蕩三昧の人間に、そんな蓄えなどありません。私は仕方なく事情を説明しました。
「全治三か月の診断で、今すぐには難しく」
ところが全く聞き入れてもらえません。
「ウチもやりくりが厳しい中、お代を待ってるんだ」
「そこを何とかお願いします」
払いたくても払えない。その旨を伝えると、今度は明らかに人相の悪い男が私の前に現れて凄んできました。
「俺はY村組の下沢だ。さっさと払わねえとこの写真、バラ撒くぞ」
見せられたのは、私が店の女性と一緒に飲んでいたところです。
「これは組長の女だ。手を出したのがバレたらどうなるか分かってるな? 嫌なら俺の言うとおりにしろ」
多分、隙のありそうな人物に目をつけて嵌めるという手口を常習的に繰り返していたのでしょう。私はそれと知らぬうち釣り餌に食いついていたのでした。
「どのようにすれば……」
「簡単だよ。俺が指定するレースで負ければいいんだ。お前、若い割には人気の馬に乗ってるだろ?」
その代償が八百長というわけです。普通の状態であれば即座に断り、真っ先に宇治木先生に相談していたでしょう。しかし先生には日ごろから大変お世話になっていましたし、暴力団員と揉め事を起こして迷惑をかけたくない、期待してくださっているのに失望されたくないとの一心で脅迫に屈してしまいました。それが嫌なら他の誰かにお金を借りる方法もあったのかも知れませんが、私は正常な判断力を失っていたのです。つい首を縦に振ってしまいました。
「分かりました」
下沢が去った後、全身で異様な量の汗を搔いているのと、心臓があり得ないほど早く胸を打っているのが分かりました。ですが時間の経過とともにそのどちらも収まっていき、代わりにおかしな考えが湧いてきます。こうなったらやるしかない、と。
もっとも、いざレースで八百長しようとする段になると平静ではいられませんでした。私の馬は一番人気。額と背中には脂汗が滲みます。ばれないだろうか、失敗したら直接危害を加えられるのではないかとの想像が湧いてきたのです。現にスタートが切られた後は頭が真っ白になりましてね。本当はここで八百長に失敗していれば良かったのでしょうけど、悪いことに手足がちぐはぐで思うように馬を追えず、四着と指示どおり馬券外になってしまいました。
不正を疑う者はいません。着順もそのまま確定。ともかく要求には応えた。ようやく自由の身になれると早合点していたのですが、そのつもりで下沢に依頼の完了を報告するとこういう答えが返ってきたのです。
「よくやった。また頼むぜ」
「待ってください。話が違います」
「一度きりって約束した覚えはないぜ。嫌ならいいんだ。あの写真を組長に渡すだけだからな」
このとき私は見通しの甘さを思い知らされました。下沢が容易く弱みを手放すと考える方が間違いで、もはや後戻りできない状態になっていたのです。
以後は毎月一度の割合で八百長をはたらきました。二度目からは必死に追う振りをはじめ、真剣勝負を偽装する方法も回を重ねるごとに上達し、罪悪感が薄れていったのを覚えています。馬は感情の起伏が激しい生き物なので、上位人気馬が謎の敗走をしても怪しむ人はほとんどいません。八百長の露見を防ぐためか下沢が二番人気以下の馬を指定に織り交ぜるようにしていたのにも、よからぬ安心を覚えていました。後になって思い出してみると、この頃には私の感覚はすっかり狂っていたのですね。何せ裏で八百長に手を染めていながら、宇治木先生に娘さん──琴江を紹介されていけしゃあしゃあと婚約までしていたのですから。
でも、悪いことは出来ないものですね。不正を指摘される日がやってきました。
あれは例の事件が起こった一九七〇年の一月十三日。火曜の昼前です。午前の調教を終えた私の前に文田さんが待ち構えていました。今までにない怖い顔です。
「藤吾、ちょっと来い」
低い声には力が込められていました。まだ何を言われるか分からない状態にもかかわらず、迫力に押されて言われるがままおぼつかない足取りで後についていきました。そして人気のいない白井分場の隅、物置小屋の裏に着くなり、開口一番に言われたのです。
「藤吾。一昨日のレース、わざと負けたな」
第何競走だったか、などと訊きかえす余裕はありません。こちらに向けられる鋭い眼光が、すべてお見通しであることを雄弁に物語っていました。文田さんはクラシック五勝の、紛れもない一流騎手です。騎乗中の姿勢などで、本気で馬を追っているのかそうでないのかが分かったのでしょう。私は嘘をついても無駄だと覚りました。
「はい」
「なぜだ!」
「実は──」
それから本当にいたたまれない気持ちで経緯を説明しました。小さい頃からの長い付き合いで初めての怒鳴り声です。文田さんは最後まで聞き終えると、溜め息をつきました。
「その一回だけか?」
「去年の春からで全部で十回です」
「この馬鹿!」
その後すかさず再度の怒号が辺りに響きわたりましたが、私はもう恐怖を感じなくなっていました。文田さんは目に涙を浮かべ、口元を震わせていたのです。
「こんなことになるなら、もっと早く気づくべきだった。いや、藤吾を騎手にさせなければよかった……」
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