七 敗戦 ②
あれからしばらく、僕は力が抜けてしまっていた。レースが終わった瞬間など一、二分ほどは何をする気も起きなかったほどだ。その後予定していたレースにはいちおう乗ったが思うように集中できず、夜になっていっそうひどい脱力感に見舞われた。唯一の救いは、エフタリテスの馬体に異常がなかったことくらいである。もし故障など起こしていたら、翌朝ベッドから起きあがれなかったかも知れない。
その状態からはなかなか立ち直れなかった。月曜をぼんやりと過ごし、休み明け火曜に厩舎へ出ても変わらず、水曜日になってなおルーティンをこなすのがやっと。エフタリテスは帰ってきているのに会えないのが辛く、なんど遠目に厩舎を見やったか分からない。午前の調教などちぐはぐな部分をどうにか誤魔化して切り抜けたといった有様で、週末のレースなどまともに乗れないのではと思われた。そんな中、ふと児玉先生に声をかけられる。ちょうど午後の乗り運動が終わった直後だった。
「高井。少しいいか」
何やら込みいった内容らしい。建物の外のため人の往来はあるものの、調教師と所属騎手が二人して立っているのを気に留める者などほとんどいない。ちょっとした物陰まで移動すると、先生はさっそく話をはじめる。
「クルーガーはもうエフタリテスに乗せない。本人にもそう伝えた」
第一声を耳にして、僕の気分は少しだけ上向いた。エフタリテスの鞍上が今後どうなるか不明だったからだ。兎にも角にも、騎乗継続にならなかっただけでほっとする。
「中林さんの指示でね。レース直後など、ものすごい剣幕でクルーガーを怒鳴りつけていたよ。ショックも大きかったんだろう、しばらくするとしょげてしまった。まともに乗っていれば勝てたのにと何度も仰っていた」
また、そのときの光景も容易に頭に浮かべることができた。エフタリテスが非常に高いポテンシャルを秘めているという認識は一緒でも、出会える馬の数は僕より中林さんの方が少ない。大きく落胆していたのも頷ける。
同時に眼前で先生が珍しく憤っているのにも納得していた。言いこそ静かながら口はへの字に曲がり、頬から上に赤みが差している。苛ついて頭に血が上っている証拠だ。
「むろん、私も腹が立った。うちで管理している他の馬に関しても、オーナーの指示がない限り当面はクルーガーに騎乗を依頼しない。少なくとも今年は止める」
いかにスタートで想定外のアクシデントが起きたといっても、リカバリーも騎手の役目である。馬を信じてもっと早く仕掛けていれば、控えめに見積もって半馬身は前に出ていた。力を出しきったならまだしも、あんな形で脚を余すとは調教師ならずとも許しがたい失策だ。クルーガーへの引き継ぎには先生も居合わせていたから、それを活かせなかったのを目の当たりにして怒り心頭だったに違いない。僕は現地で先生がどんな顔をしていたかを想像していたが、次の一言を聞いてあることを思い出す。
「ただ怒ってばかりもいられない。新しい騎手を探さなければ……」
そうだ。僕に再登板の目が出てきたのだ。逆にもし日曜のレースに勝利していれば、菊花賞まで鞍上固定になる可能性があった。しかしすぐ複雑な心境になる。あの敗戦は十分に避けられた類のものだった。断じて喜ぶべきではない。
「でも先生、なぜそのことを」
はっとして訊ねると、苦笑いが返ってきた。
「高井はあの噂を払拭しようと頑張っているわけだろう? 今のところ騎乗に差し障りないようだから、希望をもってもらおうと思ってね。中林さんが高井にもう一度、と要望してくださったら、もっと良かったんだが」
言い終わらないうちに僕は頭を下げる。
「ありがとうございます」
先生のお気遣いを無駄にしてはいけない。気を取りなおして調教やレースに集中しなければ、と自分に言いきかせた。その姿勢が好意的にとられたのか、今度は相談が来る。
「そこで高井に訊いておきたい。エフタリテスの次走についてだ。明日いったん放牧に出すのは決定済み、以降もこれまでと変わらず菊花賞を目標に調整を進める前提で、いま私はそこに至るステップを三つに絞って検討している。札幌最終日の第九、もしくは第十レースか、トライアルのセントライト記念か。本番前に使えるのはこのうちの一つだけ。どれがいいと思う? 最終決定は中林さんだから、あくまで参考ではあるけれど」
僕は頭を急回転させた。まず使う回数が一度というのには同意できる。体質からして八月中の出走は無理だ。負けを取りもどそうと焦って体調不十分のまま出走し、結局負けたら目も当てられない。これ以上の無理をさせれば次こそ故障する恐れがある。
そのうえで、さてどこにするか。手元のスマホにレーシングカレンダーを表示させると札幌最終日は九月三日、第九レースに釧路湿原特別、第十に丹頂ステークスとある。前者はエフタリテスの現階級である二勝クラスの二〇〇〇メートル戦で、後者は一階級上に当たる三勝クラスの二六〇〇メートル戦だ。普通に考えれば前者の方が楽だが、初勝利を挙げた同距離の未勝利戦は格の違いで押し切ったに過ぎない。適性と照らし合わせると短いのだ。かたや後者は相手が強く、フルゲートの場合には抽選となる。外れれば出走すらできず、ローテーションに狂いが生じるのである。それにコンディションも不安だ。馬体の立て直しとレースに向けての仕上げを両立させるには、二か月弱あってもまだ足りない。いかに完調時の能力が高くても疲労が溜まっていたり、調教量が足りない状態ではパフォーマンスは落ちる。双方とも古馬混合戦ということもあって苦戦は免れないだろう。
ではセントライト記念はどうか。二二〇〇メートルという距離だけを見れば今のところ力を発揮できる下限ギリギリの条件で、最大の武器である持久力を存分に活かしきれる条件とは言いがたい。ただし直線が短くアップダウンの多いコースの形態上、実際のレースではスピードよりもスタミナを要求される展開になりやすい点で有利なだけでなく、同世代限定のトライアルに指定されており三着までに入れば菊花賞への優先出走権が獲得できる。同じ関東の中山開催だけに、遠征なしで済むのも結構なメリットだ。現時点の本命馬コルドロンスヴォーは、地元である関西の神戸新聞杯へ進む公算が高い。古馬に挑戦する春のクラシックホース二頭も、秋一戦目は別のレースと明言している。
エフタリテスにとって一番いいのはどの選択肢かを考え、僕は答えを口にした。
「セントライト記念です」
「理由は?」
「立て直しの期間が長く取れるからです。これまで間隔を開けてはいますが、エフタリテスは今年に入って五戦目。一昨日のダメージが抜けるのにも時間がかかります。体さえ戻れば三着は外しません」
セントライト記念が行われるのは祝日月曜の九月十八日で、札幌で使う場合と比較して二週間もの開きがある。これが大きい。
「叩きを遅らせる分、後が詰まるとは思わないのか?」
「九月も暑くはありますが、八月半ばに強い調教をするよりはよいのではないかと。秋になってからの方が成長も見込めますし、負担にも耐えられるはずです」
先生は宙を眺めている。
「やはりその方がいいか……八月頭には帰厩させて、暑さ対策を慎重に乗り込んで……九分仕上げか、もう少し抑えれば……」
呟きを聞くに、プランは僕が頭に描いていたものとほぼ重なるようだ。トライアルである以上、本番を見据えて目一杯で臨めないのは他陣営も同じ。札幌と比べて本番までの間隔は詰まるものの、なお中四週ある。こちらの方に利点が多いのは明らかだった。
それでもどんな決断がされるかハラハラしていると、先生が右の拳で左の掌を軽く叩く。
「よし、セントライト記念だ。私から中林さんにそう提案しよう」
僕は無意識のうちに止めていた息を吐いた。菊花賞への出走が決まったわけではないにせよ、ひとまず希望が繋がった。
「是非、お願いします」
「こっちこそ参考意見、助かった」
さらに先生はいったん後ろへ振りかえりかけ、再びこちらを向いて言う。
「そうそう、あと一つ頼みがある。新たに鞍上が決まるまでは、またエフタリテスの世話をしてくれないか。次も決まってないんでね」
「はい」
僕は反射的に、自分でも久しぶりだと分かるほど大きな声で返事をしていた。
「馬房の掃除がまだだからすぐやってくれ」
「分かりました」
のみならず嬉しさのあまりお礼の言葉も忘れ、先生に背を向けて一目散に走りだしていた。蒸し暑さで息が切れるも、そんなことに構っていられない。いつもは顔を合わせると多少は話をする成田さんや八島さん、その他スタッフの皆には頭を下げるだけの挨拶に留め、急いで厩舎に足を踏みいれ、他の馬は後回しにして真っ先に奥へと進む。仕切りにかかったネームプレートを確かめるまでもない。場所は向かって右手の奥から四番目。天井近くに設置された監視カメラの真下だ。
いた。僕の気配を察したのか、馬房から首を伸ばしてこちらを眺めている。あの顔だ。
小走りに駆け寄るなり、エフタリテスは不満げに嘶いた。一か月強、接触を避けていたのに文句を言っているのだ。扉を開け、箒も塵取りも置いて首を撫でると、鼻面を胸のあたりに押しつけて甘えはじめた。よほど寂しかったのだろう、耳を横に向け、尻尾を高く上げている。僕は幾度となく掌で肌をペタペタと小さく叩き、指で鬣を梳いた。臭いも、そこかしこに癖のある仕草も本当に懐かしい。実際は大して長い期間ではなかったにもかかわらず、もう何年も会っていなかったような錯覚に襲われる。
理由は、ひとしきりエフタリテスを可愛がった後で分かった。
テレビ越しではもちろんのこと、凝視しなければ判別できない程度の微々たる変化ながら体毛がわずかに明るくなっていたのである。芦毛は歳を重ねるにつれて白くなっていく。またよく見れば顔の位置もほんの少しだけ高くなっていた。差は一センチくらいだろう。けれども背は確実に伸びている。心なしか胴も太くなっている印象を受けた。月日の経過とともに、馬体が完成に近づいているのだ。
それを証明するかのように、直線で一杯に追われた割には疲れている様子がない。レースで脚を余した点を考慮に入れても元気そのもの。函館からこちらへ帰ってくるまで長距離輸送があったのに、体重もさほど減っていないようだ。
エフタリテスを馬房の外に移し、寝ワラをより分けるなどして中を掃除しながら僕は菊花賞までの行程を考えていた。この調子でいけば本番でもいい勝負になる。
しかしそれには暗黙の了解といっていい前提がある。先ほど僕も、おそらく先生も意図して口に出さなかった当たり前の条件がつく。トライアルの段階で無理をさせないことだ。エフタリテスはレースで真面目に走る分、疲労を溜めやすい。つまりセントライト記念では鞍上がうまく余力を残しつつ、三着以内を確保する必要がある。エネルギーのコントロールが求められるのだ。
問題は、そのミッションをクリアできる人物が見つかるかどうか。記憶を探ってみても、すぐに名前が浮かぶリーディング上位の面々は騎乗馬が決まっている。春クラシックの上位馬、一定以上のコンディションを維持している重賞勝ち馬は手放さないのが普通だ。おのおの今年の皐月賞、日本ダービーを制した二人はすでに菊花賞出走に十分な賞金を積みあげたお手馬がおり、活動拠点も揃って関西。この間のレースで勝っていればまだしも、条件戦で負け、本番出走の可否が不透明な状態にある馬に乗ろうとはしないだろう。
となると残るのは、せいぜい僕と同等クラスの騎手だけ。そこは先生も了承しているはずだが、その中から要求を満たせる者を探しだすのは容易ではない。下手をするとクルーガーの二の舞になる恐れすらある。
そこで改めて思った。こうなったからには、やはり僕が鞍上に戻るしかない。
エフタリテスを案じる一心とはいえ、結果的に次走までの期間は二週間伸びた──多分そうなるだろう。その前に何とかして無実の証拠を見つけ、中林さんを説得するのだ。欲を言えば八月中にはどうにかしたい。どんなに遅くても九月の一週目あたりが限度で、タイムリミットはたったの二か月。以降は変更にも支障が出る。それより早く次の騎手が決まってしまったら諦めるまでだ。
くわえて、先生も僕が再び手綱を取ることを期待しているのではないかとの予感もある。エフタリテスの世話にしても、別の誰かを乗せるつもりなら他のスタッフにやらせれば済む話であり、下手に馴染みのある人間が顔を見せては次の鞍上への対応が難しくなる恐れがあるからだ。
一頭の馬がGⅠに挑戦できる回数は限られている。エフタリテスは中距離にも対応できるようになる素質を秘めているものの、最終的にどう成長するかは未知数だ。長距離専門の馬になる可能性もあり、その場合は年に一回の春の天皇賞くらいしか目標がなくなってしまう。
残酷な話、馬は好成績を収められるか否かで将来が大きく変わる。牝馬であれば戦績が今ひとつでも血統が評価されて繁殖入りできるケースが多くある一方、牡馬はGⅠタイトルか、最低でも重賞を獲れなければ引退後は厳しい結末が待っている。運よく乗馬になれれば御の字で、それも適わなければかなりの率で用途変更となり行方が分からなくなるのだ。
全ての生命は平等であるべきという理想論はあるが、現実にはそうはいかない。人間同士でも見知った相手とそれ以外では、個々人の感じる重みはまったく違う。馬もまた然りだ。名前も知らず触れたこともない馬と、意思を通じあわせて何度も背に跨った相棒を同じに扱えるわけがない。特にこれと惚れこんだ愛馬が悲しい最期を迎えた事実を知ったら、辛さに耐える自信がない。そこまで強い思い入れをもった馬はエフタリテスが初めてだ。
そうした暗く悲惨な未来から馬を救えるかどうかは、最後は騎手の腕にかかっている。エフタリテスにとっては僕だけだ。菊花賞がその分かれ道に大いになり得る。待っていろ、必ず助けてみせる。
僕は馬房の外に目を向けながら、鞍上への復帰を誓った。
よろしければ評価や感想、ブックマークをお願いいたします。




