2か月後 ― 橋(デルガント)
次の依頼は、北西にある山裾の集落から持ち込まれたものだった。
数日前から近くの森で魔物が目撃され、薪を採りに入った村人が襲われかけたという。相手はこれまでにも何度か倒したことのある種類で、特に強い魔物ではない。
問題があるとすれば、目的地までの距離だった。
ジェラルドは前日の夜、自宅で地図を広げていた。大きな街道を北西へ進み、途中から川沿いの道へ入る。山へ近づく手前で橋を渡れば、その先が依頼のあった集落だ。街道をそのまま進むより早く、地図を見る限り難しい道でもない。
翌朝、5人はその道を進んだ。
空には雲があるものの雨の気配はなく、道も乾いている。川沿いへ入ってから多少歩きにくい場所はあったが、足を止めるほどではなかった。
「今日は順調だな」
ロルフが言う。
「ニコがいたら、あそこの崩れたとこで止まってたんじゃねえ?」
エルマーが後ろを振り返った。
「ああ。昨日雨降ってないかとか、川が増えてないかとか」
「で、結局普通に歩ける」
笑いながら進んだ先で、5人は足を止めることになった。
地図に記されていた場所に橋はあった。
ただし、その手前には縄が張られている。近づいてみれば、木造の橋の一部が沈み、何枚かの板が落ちていた。
「……渡れねえな、これ」
ロルフが言い、ジェラルドは地図を開いた。
少し上流に別の橋がある。そこで川を渡り、集落の方角へ戻るしかない。
「こっちから回ろう」
誰からも異論は出なかった。
予定より時間はかかるが、行けなくなったわけではない。
「橋が壊れてるって、村から連絡なかったのか?」
「依頼書には書いてなかったな」
集落へ着いたのは、予定よりかなり遅くなってからだった。
村人から話を聞いて森へ入り、魔物を探す。途中で何度か痕跡を見失ったものの、ロルフたちと手分けして探せば、また見つけることができた。
3体いた魔物も、戦闘が始まってしまえば問題にはならなかった。
依頼は無事に終わった。
ただ、集落へ戻った頃には日がかなり傾いていた。
「今日中に戻るの、無理じゃないか?」
ネイトに言われ、ジェラルドは西の空を見る。
ここから上流の橋へ回り、川沿いの道を通って王都へ戻れば、途中で暗くなる可能性が高い。
「そうだな。今日は泊まろう」
村人が集会所の一角を貸してくれた。水も食事も用意してもらえたので、野営するよりはずっと楽だった。
困ったというほどのことではない。冒険者をしていれば、予定どおりに帰れないことくらいある。
それでも、着替えもなければ、翌朝まで戻れないと誰にも伝えていない。それぞれ翌日に済ませるつもりだった用事もあった。
食事を終えたあと、ロルフが荷物を壁際へ置きながら言った。
「次から、泊まりになるかもしれないなら先に言ってくれよ」
「俺だって泊まるつもりじゃなかった」
「いや、分かってるけどさ」
「橋が壊れてるなんて依頼書には書いてなかったんだ。地図見たって分かるわけないだろ」
思ったより強い声が出た。
ロルフがジェラルドを見る。
「別にお前が悪いって言ってねえよ」
喧嘩になったわけではない。エルマーはさっさと毛布を広げ、ネイトも明日は何時に出るかと話し始めた。
ジェラルドは荷物から地図を取り出した。
道を間違えたわけではない。
地図にある橋を使うつもりだった。それが壊れていたから、上流へ回っただけだ。
依頼だって成功した。
次から、もう少し出発時間に余裕を持てばいい。
それだけのことだった。
翌日の昼過ぎ、5人は王都へ戻った。
ギルドで討伐の報告をおこなうと、受付の女性は書類をまとめながら、ふと思い出したように顔を上げた。
「そういえば、橋は大丈夫でした?」
「橋?」
「山裾へ行く途中のです。先週の雨で壊れたって、3日前に行商の方から報告があったんです。上流へ回られました?」
「ああ」
「よかった。掲示には出していたのですが、見落とした方もおられたようでしたので」
「……ああ」
ジェラルドは短く答えた。
隣にいたロルフと目が合った。
昨日のことを思い出したのだろう。
だがロルフは何も言わず、先に報酬を受け取りに行った。
橋が壊れていると知っていても、依頼を断ったわけではない。
ただ、最初から知っていれば、初めから上流の橋を目指せた。
出発を早めることもできたし、帰りが遅くなる可能性を考えて支度をすることもできた。
ジェラルドは何となくギルドの中を見回した。
戻ってきた冒険者が職員に何かを報告している。別の窓口では商人らしい男が街道の様子を話し、その近くでは依頼を受けた一団が受付に最近の森の様子を尋ねていた。
これまで気にしたこともなかった。
依頼を決めたあと、ニコとは地図を見ながら話した。
だが、ニコが地図を見る前に何をしていたのかは、考えたことがなかった。
雨のあとの道。川の水量。最近の魔物の目撃情報。
そういった話は、地図を見ているうちに、いつの間にかニコの口から出てきた。
自分はそれを聞いて、道を決めていた。
またニコだ。
ジェラルドは小さく息を吐いた。
このところ、何かあるたびにあいつのことを考えている気がする。
「ジェラルド。行くぞ」
ブルーノに呼ばれ、顔を上げた。
「ああ」
仲間たちに追いつくと、エルマーが今夜は何を食うかと話している。
ジェラルドもその話に加わった。
依頼は成功したし、誰も怪我をしていない。
ただ、次の依頼を受ける前には、掲示を確認しておこうと思った。
◇◇◇
それからジェラルドは、依頼を受けるたびにギルドの掲示を見るようになった。
必要があれば受付にも尋ねた。最近どこで魔物が出たのか。道が使えなくなっていないか。雨が続いた場所はないか。
ロルフも先頭を歩きながら足跡を探し、周囲を見ることに慣れていった。
5人で受けた依頼は、その後も問題なく終わっている。
ただ、手間は増えた。
「正直、最近ずっと前歩くの疲れるんだよな」
その夜、馴染みの酒場でロルフが言った。
今日も依頼を終え、報告を済ませたあとだった。
「歩くだけなら別にいいんだけどさ。足元見て、周り見て、なんかいないか気にしてってやってると、ずっと気ぃ張ってんだよ」
「じゃあ俺と代わる?」
エルマーが笑う。
「お前がやれんのかよ」
「無理。俺、魔術師だし」
「俺だって探索役じゃねえよ」
ロルフが言い返し、ネイトが笑った。
ジェラルドは酒を飲みながら、そのやり取りを聞いていた。
自分も同じだった。
掲示を見て、受付で話を聞いて、地図を広げる。情報が増えれば、今度はどれを気にするかを決めなければならない。
それを毎回やるとなると思っていたより面倒だった。
ジェラルドは杯を置いた。
「……探索役、入れないか」
ロルフがすぐに顔を上げた。
「え、俺は賛成」
「早いな」
「だって楽になるだろ」
エルマーも頷く。
「俺もいいと思う。でも、どうせなら戦える奴な」
「それは欲しいな」
ネイトも同意した。
「また戦えない奴入れて、俺たちが面倒見ることになったら意味ねえし」
誰のことを言っているのか、名前を出さなくても分かった。
「あと、いちいち止めない奴」
ロルフが言った。
「ああ、それ大事」
「足跡1個見つけるたびに、何の跡だとか、いつ通ったとか始まったらたまらねえ」
「それで最後は『念のため確認しましょう』だろ?」
「そうそう」
笑いが起きた。
ブルーノが呆れたように5人を見る。
「お前ら、まだニコの話してんのか」
一瞬だけ、笑いが途切れた。
「いや、だって比較するならあいつしかいねえだろ」
エルマーがそう言うと、ロルフも笑った。
「そういうこと。探索役は必要なんだなって分かったけど、ニコみたいなのはいらねえよ」
「そこまで嫌かよ」
「嫌っていうか、戻したらまた同じだろ。ちょっと何か見つけたら止まって、風がどうとか時期がどうとか始まってさ。せっかく静かになったのに」
「まあ、それはな」
ロルフも否定しなかった。
ジェラルドは酒を口に運んだ。
このところ、自分で地図を見るようになったからか、ニコのことを考える機会が増えた。
それでも、戻ってきてほしいのかと聞かれれば、話は別だった。
今必要なのは探索役だ。
地図が読めて、痕跡を追えて、周囲に目を配れる。
できれば戦えて、必要なことだけを簡潔に伝えてくれる人間がいい。
ニコとは違う人間だ。
「声かけたら、絶対戻ってくるだろうなあ」
ロルフが言った。
「うわ、それはありそう」
ネイトが笑う。
「今頃何してんだろうな」
「採取依頼でもやってるんじゃねえの? あいつ1人じゃ魔物の討伐なんて無理だろ」
ジェラルドも、似たようなものだろうと思った。
薬草には詳しい。採取の仕事なら困らないはずだ。
以前のような冒険はできていないだろうから、《デルガント》へ戻っていいと言えば、きっと喜ぶ。
皆さんに嫌な思いをさせてすみませんでした、と先に謝る姿まで、簡単に想像できた。
「ニコには声かけない方がいいな」
ジェラルドが言うと、エルマーが強く頷いた。
「絶対やめてくれよ」
「こんな勝手なこと言ったらかわいそうだろ」
ブルーノが言った。
その言葉に、ジェラルドも頷く。
ニコを追い出したあとで、やっぱり探索役が必要だから戻ってこいというのも、確かに勝手な話だ。
それに、自分たちが今探しているのはニコではない。
地図が読めて、周囲に目を配れて、自分の身は自分で守れる。必要なことだけを報告し、余計な心配で仲間の足を止めない。そういう探索役だ。
「じゃあ、明日ギルドで探してみるか」
ジェラルドが言った。
「できれば若い女がいい」
ロルフが言った途端、ネイトが吹き出した。
「お前、それ探索関係ねえだろ」
話はすぐに新しい仲間のことへ移った。
剣がいい、弓も便利だ、いや前にも出られる方がいい。
好き勝手な希望を並べているうちに、追加の酒が運ばれてきた。




