10ヵ月後 ― いつから(ネイト)
なんだかやりにくい。
いつからそう思うようになったのか、ネイト自身よく分からない。
ただ、ミスが続いていた。
消耗品を切らすとか、伝達事項が共有されていないとか、その程度のことだったけれど、考えてみれば以前はこんなことはなかったはずだ。そういう自分も、なぜかうっかりすることが増えた気がする。
今日で、依頼の失敗は3度目か。
最初は、討伐対象を探しているうちに日が暮れ、見つけられないまま引き返した。
2度目は、護衛中に予定していた道が通れなくなっていて、大きく迂回したせいで到着期限に間に合わなかった。
どちらも、誰か1人のせいではなかった。
運が悪かったと言えば、それで済むようなことだった。
今日の依頼は、王都から北東へ延びる街道近くに住み着いたキバ狼という魔物の討伐だった。
数日前から商人や旅人が姿を目撃しており、少なくとも10頭はいるらしい。街道まで出てくる前に群れを排除してほしいという依頼だった。
いつもだったらどうだったのかは分からない。
誰が悪いと言うのも違うと思う。
カーティスがいつものように痕跡を見て進む方向を決めたが、ニコのノートを見たジェラルドが、別の可能性も確認しておこうと言った。結局そちらは空振りで、仕切り直したところで、今度は別方向にも足跡を見つけたエルマーとロルフが、少し見てくると言い出した。
1つ1つは、別におかしな判断ではなかったと思う。
ただ少しずつ時間を使って、群れを見つけたころには日が傾いていた。
戦闘そのものに問題はなかった。それでも2頭を逃がし、追うには遅い時間になっていた。
挽回のために明日改めて向かうとジェラルドは申し出たが、ギルドの職員に断られた。
街道に近い場所だけに放置はできず、すでに別のパーティが向かっているという。
前2回の未達成も影響しているのかもしれない。
重い空気のまま皆でギルドを離れようとしたとき、掲示板の前でエルマーが足を止めた。
「なんだこれ」
新しく貼り出された紙には、《オルディス》の名前があった。
所属する《ライファ》が数年にわたって集めていた、複数地域の井戸の水位と周辺河川の記録。その中に共通する変化が見つかり、王立学院の研究者と《オルディス》による合同調査が始まることになったらしいという知らせだ。
「《ライファ》って……」
ロルフが言いかけて止まるが、皆、多分考えていることは同じなのだろう。
改めて最初から掲示を読んだ。
よく分からないが、これによって干ばつ問題の解決や、地殻変動の予兆につなげられる可能性があるらしい。大きな一歩だそうで、問題を抱える地域の関係者からも期待が寄せられているという。
数年にわたって集めていた記録なら、ニコが入るよりずっと前から続けていたことなのだろう。掲示のどこにもニコの名前はなかった。というより、誰の名前もなかった。
ただ、あいつなら何年もずっと井戸の水位を測って、川の様子を書き残して、それを並べるんだろうなと思った。
そんなことを延々と喜んでやっていそうだ。
「……ケッ」
顔をゆがめたエルマーが小さく吐き捨て、掲示板から離れた。
それが合図のように、皆もギルドを後にする。
「冒険者なら冒険者らしく、ダンジョンに潜るとか、魔獣を狩るとか、そういうことで名を上げろってんだよ。やっぱ《ライファ》ってなんか変かもな。ニコには似合いなんじゃね?」
いつからだろう。エルマーに意見が言えなくなったのは。
昔はもっと格好よく見えた。自分の意見を臆さず言えるところが、すごいと思っていた。
最近は辞めたニコの悪口ばかりで、聞いていても賛同できない。だからといって反対することもできず、曖昧に苦笑することしかできなかった。
今だってそうだ。通りを行く人に聞かれなければいいのに、とまで思ってしまう。
いつもなら依頼のあとは酒場へ寄ることが多かったが、その日は自然とそんな話にもならなかった。
ギルドを出て、5人で王都の通りを歩く。
「まあ、こういうこともあるさ」
ロルフが言った。
「ああ。次は気をつけよう」
ジェラルドが答える。
どうしよう。
今日の自分は、ちょっとおかしいかもしれない。
きっと依頼の失敗で少しイライラしているんだ。
きっとそれだけなんだ。
ジェラルドを悪く思うなんて。
なんでエルマーを止めないんだろう。
辞めさせたくせに、なんでニコのノートばかり見るんだろう。
なんでカーティスの判断を、そのまま信じてやらないんだろう。
誰かの悪口を言ったりはしない。
怒鳴って自分の意見を押し通すこともない。
でも、自分を悪い立場には置かない。
何かあっても、自分の責任だとは言わない。
そういうところも、なんだかずるい気がした。
いや。
今日はいくつか判断が噛み合わなかっただけだ。
別の可能性を確かめたことも、二手に分かれたことも、それぞれ理由はあった。
誰か1人が大きな失敗をしたわけではない。
思い返してみれば、自分だってニコの話は長いと思っていた。
何か見つけるたびに足を止め、今すぐ必要なのか分からないことまで説明する。正直、面倒だった。エルマーやロルフほど腹を立てていたわけではないが、平和な日常をピリつかせるようなことをされるのは好きじゃなかった。
優しくして懐かれるのも嫌だったから、距離を置いていた。
だからクビになったときは、ほっとした。これで揉め事が減って、もう少し楽になるだろうと思ったからだ。
カーティスが入ったときは、もっとそう思った。探索ができて、戦えて、必要なことだけを簡潔に伝える。誰かが話の途中でうんざりした顔をすることもなければ、エルマーが苛立って声を荒らげることもない。
これからやっと、前みたいに楽しくなるのだと思った。
実際、しばらくはそうだったはずだ。
それなのにブルーノは抜けた。
小さなミスは減るどころか、その後も続いた。
そして今日は3回目の依頼の失敗だ。
しかも、失敗にも慣れてしまったようなこの空気。
どうしてこうなったんだろう。
前を歩くロルフの背中を見る。
ロルフとは昔からの付き合いだ。剣が使えるなんて羨ましいと思っていた自分に、
「お前の治癒魔法のがすごいじゃん。絶対パーティに必要だし」
そう言ってくれたときは、本当に嬉しかった。
自分の力がみんなに必要とされるのは嬉しかった。
それだけでよかった。
仲間の役に立って、揉め事にはなるべく関わらず、仕事を終えたらみんなで酒を飲んで帰る。
それで十分だった。
王都の通りを歩きながら、ネイトは改めて前を行く4人を見た。
別に仲が悪くなったわけではない。
明日になれば、またいつものように依頼を受けるのだろう。
今日だって、たまたまいくつかの判断が噛み合わなかっただけなのかもしれない。
それでも、ふと思った。
いつからこんなにやりにくくなったんだろう。
ブルーノが抜けてからなのか。
カーティスが入ってからなのか。
ニコがいなくなってからなのか。
それとももっと前からだったのか。
ネイトには、よく分からなかった。




