6ヵ月後 ― ライファ(ニコ)
やっぱり断ろう。
こんな自分があの《ライファ》に入っていいわけがない。
ラウルに誘われてから、もう10日ほど過ぎていた。
最初の数日は、そもそも本気で誘われたのだという実感すらなかった。
何度か一緒に依頼を受けて、少し気に入ってもらえた。それで勢いのまま声をかけてくれただけなのではないか。時間が経てば、ラウルの方から何も言わなくなるかもしれない。
そんなことを考えているうちに、ラウルと顔を合わせるのも少し怖くなった。
ギルドで姿を見かければ、気づかないふりをして先に用事を済ませたこともある。メリルに会っても、兄の話が出ないことにほっとした。
入れたら嬉しい。
そう思ってしまうから、余計に困った。
《ライファ》の一員として一緒に依頼へ行くところを想像したこともある。そのたびに、今度はどれくらいで嫌がられるだろうと考えた。
何度考えても、最後はそこへ戻ってくる。
やはり断ろう。
それが、ようやく出した結論だった。
《オルディス》の詰め所は、王都の中央近くにある大きな3階建ての建物の中にあり、何度か訪れていた。慣れた階段を2階まで上がり、廊下の端にある部屋の前まで来たところで、足が止まった。
中へ入って受付でラウルを呼んでもらい、直接返事をする。いなければ伝言を頼めばいい。
それだけだ。
なのに、扉へ手を伸ばしかけては下ろすという動作を、何度繰り返しただろう。
いい加減にしよう。そう思って深呼吸をし、もう一度手を伸ばしたところで、不意に扉が内側に開き、ラウルが顔を出した。
今日は髪も結んでおらず、軽装だ。
「あ……」
何から切り出せばいいのか。
ニコが言葉に詰まっていると、その様子を見ていたラウルが何か察したように、後ろ手で扉を閉め、笑顔でニコを手招きした。
「ちょっと一緒に行こうか」
「え? いや、あの、僕……」
「そんな遠くないから」
ラウルはそれだけ言って歩き出した。
ニコは戸惑いながらその背中を見送り、慌ててあとを追った。
◇
通りを10分ほど歩いただろうか。連れていかれたのは、大通りから少し入ったところにある、古びた2階建ての建物だった。
「俺たちの秘密基地」
ラウルはそう言って笑った。
「え……僕、入ってもいいんですか?」
「いいからいいから。とりあえず入って」
ラウルは構わず先へ進み、扉を開けると、ためらっているニコの背中を押して中へ入れた。
入り口には武具や防具、探索に使う道具が所狭しと並んでいた。壁にも縄や採取道具、用途の分からない器具まで掛けられている。荷物の間にできた狭い通路を抜け、その先の扉を開けたところで、ニコは足を止めた。
仕切りのない大きな部屋だった。
1面の壁には天井近くまで棚が並び、大小さまざまな木箱が収められている。向かいの壁を埋めるのは何枚もの地図で、あちこちに印や書き込みがあった。大きな窓のある壁際には大きな机が置かれ、その周囲を形も大きさもばらばらな椅子が囲んでいる。
「ただいま」
「おかえりー。あ、ようこそ、ニコ」
真っ先に返事をしたのはファナだった。何かの資料を読んでいたらしく、紙を手にしたまま顔を上げている。
オルドランは机いっぱいに地図を広げ、セドリックは壁際の椅子に座って道具の手入れをしていた。
3人とも今日は軽装だ。
「……す、ごいですね」
何をしに来たのかも忘れ、ニコはふらふらと棚へ近づいた。
石ばかりが並んだ場所もあれば、土らしきものを詰めた瓶がいくつも置かれた場所もある。乾燥した葉や木片、欠けた陶器のようなものまであり、一見しただけでは何を基準に集めたのか分からない。
けれど、近づいてみると無造作に放り込まれているわけではなかった。
木箱にはそれぞれ小さな紙がつけられ、3つの数字が記されている。
「この番号って……」
呟くと、いつの間にかオルドランが隣に来ていた。
「ああ。最初の数字が地域、その次が分類、最後が通し番号だ。北部なら1、東部なら2って具合だな。分類は天候、地質、生態、水系、古い建造物や道……増えるたびに足してたら、結構な数になった」
説明を聞きながら、ニコは棚を目で追った。
同じ最初の数字がついた箱が何段かに分かれ、その中でさらに2つ目の数字が変わっている。ふと後ろの地図へ目を向けると、該当地域には木箱と同じ番号がマークされているのだとオルドランが教えてくれた。
「どれか見てみるか?」
並んだ箱を見回し、少し迷ってから1つを選ぶと、オルドランが棚から引き出した。中には束ねられた紙と、小さな瓶が1つ入っていた。紙を開くと、山の中腹らしい簡単な見取り図の横に、日付と気温、水量、その日の天候まで記録されている。
「これは……湧き水の記録ですか?」
いつの間にかラウルも隣に来ていた。
「3年くらい前に見つけた。北の山の中腹なんだけど、そこだけ妙に水が温かいんだよ」
最初は温泉を疑ったらしい。ところが周辺を探してもそれらしい場所は見つからず、季節を変えて訪れても、水温と水量に大きな変化はなかったという。
ニコは記録を1枚ずつめくった。
「近くに立ち寄ったときには観測してるんだが、定期的というわけにもいかなくてな」
ラウルが今度は隣の棚から別の箱を取り出した。
「これも見てくれ」
中に入っていたのは古びた地図で、現在の地図と重ねるようにして床へ広げる。昔はそこに街道があったらしい。今ではほとんど痕跡も残っていないのに、雨が降った翌日だけ、道があった辺りに正体の分からない足跡が現れることがあるという。
その話を聞くうちに、ニコはいつの間にかラウルの隣へしゃがみ込んでいた。
「雨のあとだけなら、普段は足跡が残らないだけじゃないですか? 地面が柔らかくなるから見えるとか」
「俺もそう思ったんだが、周りにはないんだ」
今度はオルドランが加わった。
最初に足跡を見つけたのは彼で、形や大きさ、歩幅も記録してあるという。紙に残された簡単な写しを見せてもらうと、ニコは自分の指を重ねて大きさを確かめた。
4本の指らしき跡に、爪もある。獣のように見えるが、ニコの知っているものとは微妙に形が違った。
「あ、ねえニコ、こっちも見て」
いつの間にかファナが別の紙束を抱えて立っていた。
王都から西にある村の井戸で、毎年決まった時期だけ水位が上がるのだという。雨量とは合わず、理由が分からないまま数年分の記録だけが増えているらしい。
「おい。今こっち見てただろ」
オルドランが抗議したが、ファナは気にせず紙を机の空いている場所へ広げた。
「いいじゃないの。私だってニコに見てほしい」
ニコは井戸の位置を確かめようと地図へ顔を寄せたが、その横から今度はセドリックが石を1つ置いた。
川原で拾ったものだが、周辺の地質では見ない石らしい。
気づけば大きな机の上は、古い街道の地図と井戸の記録、石、水場の資料でいっぱいになっていた。
ニコは井戸の紙を持ったまま石を見て、石を手に取ったまま古い地図へ目をやった。
ふと顔を上げると、4人ともどこか得意げな顔でニコを見ていた。しばらくそんな4人を見回してから、ニコは棚の方へ目を戻した。
まだ開けてもいない木箱が、天井近くまで並んでいる。
「……もしかして、これ全部が?」
「楽しそうでしょ」
ファナも木箱を見渡し、両手を広げた。
「依頼ですか?」
「それもあるけど、そうじゃないのが多いかな」
依頼が終わったあとに気になって戻った場所もあれば、移動中に見つけて記録だけ残したものもあるらしい。何年も答えが出ていないものもあれば、忘れた頃に別の場所で手掛かりが見つかり、また箱を引っ張り出したこともあるという。
だから、何らかの報酬につながるわけではない、とラウルが笑う。
「うん。でも、気になるだろ? こういうの、面白くない?」
あまりにも当然のように返されて、ニコは何も言えなくなった。
もう一度、棚を見る。
分からないことを、分からないまま捨てずに取ってある。誰かに頼まれたからでも、役に立つと決まっているからでもない。ただ気になったから調べて、まだ分からないから残してある。
そんなものが、この部屋には山ほどあった。
「どう?」
いつの間にか隣に立っていたラウルが、棚を見上げながら尋ねた。
「興味あるだろ」
「はい」
気づけばそう答えていた。一体いくつあるのだろう。
これは宝の山だ、と思った。考えただけで胸が躍る。
「ほかのも見ていいですか?」
返事を聞くより早く、ニコは棚へ手を伸ばしかけた。
「それと、さっきの足跡なんですけど。あの辺りって、その時期だけ実がなる植物とか、何かの餌になるものとかあったりするんですか? 雨の後っておっしゃったけど、どれくらい降るんですか? あと井戸って、近くの川の水位と――」
そこまで一気に口にしたところで、ニコはぴたりと止まった。
顔がこわばる。
伸ばしかけていた手を、ゆっくりと下ろした。
自分は今日、これを見に来たのではない。
さっきまで頭の中を占めていたものが、一気に戻ってきた。
「すみません。間違えました。僕、今日、あの……せっかくのお話ですけど、断ろうと思って来たんでした」
ニコは手にしていた紙を机へ戻した。
またやってしまった。
気になるものを見つけて、周りも見ずに好き勝手に話してしまった。さっきまであれほど楽しかった空気まで、自分で壊してしまったような気がする。
それでも、断る理由だけはきちんと説明しなければならない。
「僕、5年間、ある冒険者パーティに入ってました」
これまで、ラウルたちに話したことはなかった。
1人で仕事をするようになった理由も、聞かれなかったから話していない。
「探索を担当してました。僕はそれくらいしかできなくて。でも、昔から気になることがあると、どうしても調べたくなっちゃうんです。それで、みんなを困らせました」
ニコは自分の手元へ視線を落とした。強く握り合わせた両手に意識を向けるようにしながら、言葉を続ける。
「気になって、いろんな提案をして。何もないのに気にしてばかりで、なかなか前に進めないこともありました。調べたことも全部説明したくなって……でも、結局は何も起こらないことの方が多くて」
危ないと思えば言ってしまうし、調べて分かったことがあれば伝えたくなる。黙っていようと思っても、本当に何も言わなくていいのかと気になってしまう。
「最後はクビになりました」
口にしてしまうと、思っていたより簡単な言葉だった。
「細かすぎるって。戦えないのも困るって。もう一緒にやっていけないって」
ラウルの顔を見ることができないまま、ニコは続けた。
「僕がおかしいんだと思います。自分でも、なにが普通か、よく分からないんです。言わない方がいいって思っても、気になると止まらなくなるし……」
少し前まで夢中で見ていた棚が視界に入った。
ここにあるものは、どれも面白かった。まだ開けていない箱も見たい。さっきの足跡も、温かい水のことも、井戸の記録も、もっと詳しく聞きたい。
だから余計に怖かった。
「今は僕、そんなに悪い印象じゃないかもしれません。でも、一緒にいる時間が長くなったら、きっともっといろいろ気づかれると思うんです。僕が何もできなくて、鬱陶しくて……だんだん嫌になるんじゃないかって」
ニコは一度言葉を切った。
「前も、最初から嫌われてたわけじゃなかったんです」
声に出して初めて、自分がそれをどれほど怖がっていたのか分かった気がした。
《ライファ》に入りたくないわけではない。むしろ、入りたいと思ってしまったからこそ怖い。
「少しずつ嫌われていくのは、怖いです」
しばらく俯いたまま、それからようやく顔を上げた。
「……誘っていただけたのは本当に嬉しかったです。でも、やっぱり遠慮した方がいいと思います」
言い終えて、ニコは深く頭を下げた。
断るためにここへ来たのだ。
ようやく言えたのだから、これでいいはずなのに、息が詰まって胸が苦しい。
「そっか」
しばらくして、ラウルが口を開いた。
「なるほど。でも、だからってニコがおかしいってことにはならないと思うけどね」
ニコは目線を下げたまま、顔だけを上げた。
「でも、みんなから嫌がられたので」
ラウルは棚に寄りかかり、腕を組んだ。
「まあ確かに、好き嫌いに保証なんかないからさ。俺たちだって、そのうちニコを嫌いになるかもしれない。でも、ニコが俺たちを嫌いになるかもしれないってこともあるよね」
「僕が皆さんを?」
「そりゃあるだろ。なんで嫌われるのがニコだけなんだよ」
考えたこともなかった。
ニコにとってはずっと、自分が誰かに嫌がられないようにすることが問題だった。
自分が相手を嫌になる可能性など、考えたことさえない。
「でも今のところ、私はニコのこと好きよ」
ファナの声に振り向く。
彼女は先ほどまで見ていた井戸の記録を手に、机へ軽く腰を預けていた。
「だって楽しそうでしょう?」
「……何がですか?」
「一緒にこういうこと考えるの」
ファナは手にした紙をひらひらと振った。
「さっきだって、これを見た途端にいろいろ考え始めたじゃない」
そのまま棚に並ぶ木箱へ視線を移す。
「一緒に考えたら楽しそうだなって思う。ニコはそう思わない?」
「……思います」
答えはするりと出た。
さっきまで見ていた資料へ目を向ける。
温かい水の理由も分からない。古い街道に残る足跡も気になる。井戸の水位と周辺の川に関係があるのかも調べてみたい。
「……すごく楽しそうだと思います」
「ほら」
ファナが嬉しそうに笑った。
「なあ、ニコ。なんでこの部屋、こんなにだだっ広いか分かるか?」
今度はセドリックが声を掛けてきた。
ニコは改めて室内を見回した。確かに広い。壁際や棚には大量の物があるのに、部屋の中央には不自然なくらい何も置かれていない。
「資料を広げるため……ですか?」
「本来は寝室がある作りの部屋なんだが、壁を抜いてる。それに、ベッド自体置いてない」
「……ベッド?」
「ベッドなんか置いたら、多分みんな毎日ここに泊まり込む」
セドリックは真顔だった。
誰かが調べ始めれば、別の誰かが口を出す。そこから違う資料が出てきて、別の疑問につながる。気づけば夜になっている。それでも寝る場所があれば、そのまま泊まり込み翌朝から続きを始める。
以前は実際にそうだったらしい。
「だから、ここでは寝ない。食事も禁止。夜になったら帰る」
「食事も?」
「資料を汚したら困るっていうのもあるけど、食い物があると余計に帰らなくなるからな」
どうやらこの部屋には、夢中になった人間を追い出すための決まりがいくつもあるらしい。
「こんな決まりをいちいち作らないと、いつまでも終われないやつばっかりなんだよ」
セドリックは呆れたようにラウルたちを見た。
「バカだろ?」
「お前もだろ」
ラウルがすぐに言った。
オルドランが笑う。
「まあ、向き不向きってあるだろ。見ての通り、ここにいるのは気になることがあると放っておけないやつばっかりだ」
オルドランは棚に並ぶ木箱へ目をやった。
「だから、ニコがいろんなことを気にして足を止めるのは、ここじゃ別におかしくない。むしろ向いてると思う。向きすぎて逆に心配なくらいだ」
「……向いてる?」
「ああ。逆に前のパーティの連中は、こういうのが嫌いだったんじゃないのか? だったら多分、ここには向いてないよ」
オルドランはそう言って、少し笑った。
「単にそういう違いなんじゃないか? 少なくとも俺は、こんな部屋を見てワクワクするニコと一緒にいたら楽しそうだと思うけどな」
その言葉は、とてつもなく嬉しかった。
「でも僕、戦えません」
今度は4人の顔を見ながら言った。
「剣もほとんど使えないし、魔法も使えません。治癒もできないです」
オルドランは自分を指差した。
「俺は魔術師だから魔法を使う。剣で戦えって言われても無理だし、治癒もできない。セドリックに魔法を使えって言ったって無理だろ」
「やろうとも思わん」
壁際から即答が返ってきた。
「ファナだって何でもできるわけじゃないし、ラウルだって同じだ。できることが違うから、やれることをそれぞれやってるだけだよ」
オルドランはそこで一度言葉を切り、周囲の3人を見回した。
「1人で何でもできるなら、パーティなんて組まないよ。面倒くさいだろ、こんな奴らの相手するの」
「失礼じゃない?」
「本当のことだろ?」
オルドランは平然としている。
ニコの口元に、かすかに笑みが浮かんだ。
それを見て、ラウルも笑った。
「だからさ、ニコ」
呼ばれて、顔を上げる。
「細かすぎるとか、戦えないとか、それを理由に断る必要はないよ。俺たちはそれを知った上で誘ってるんだから」
「でも……」
ニコは少し迷ってから、ずっと気になっていたことを口にした。
「じゃあ、もし僕が、本当に細かすぎると思ったら……直せって教えてくれますか?」
「え、嫌だよ」
あまりにも早い返事だった。
「……え?」
「だって、それ直したらニコじゃなくない?」
ラウルは何を言われたのか分からないという顔をしている。
「俺はその細かいところが面白いと思って誘ってるのに、なんでそこを直さなきゃいけないんだよ」
「でも、仕事中に僕がずっと調べてたり、話が長くなったりしたら――」
「そのときは言うよ。今はやめてくれとか、続きは帰ってからにしようとか。それは普通に言えばいいだろ」
「俺だって、面白そうなもの見つけたら勝手に寄り道を――」
「するわね」
「するな」
「する」
3方向から返され、ラウルが少しだけ眉を寄せた。
「……まあ、するらしい。だからニコだって、俺が振り回しすぎたら、そのとき言ってくれればいいよ。もうやめておこうとか、今日は嫌だとか」
「そんなこと、言っていいんですか?」
「言ってくれない方が困る」
自信ありげに笑うラウルを、ファナがじろりと睨んだ。
「偉そうに言うけど、実際は聞いてくれないのよ? 私たちがどれだけ苦労してるか」
「そうそう。最終的には引きずって帰るからな」
3人から向けられる冷たい視線を見返さず、ラウルが頬を掻く。
「仕方なくないか? 面白そうなんだもん。まあ、だから遠慮無用ってことで」
ニコは返事ができなかった。
嫌なら言う。困ったら止める。言いたいことは伝える。
そんな単純なことを、自分はいつからしなくなって、されなくなったのだろう。
「ただ」
ラウルが続けた。
「ここまで聞いても、本当に入りたくなければ、それは尊重するよ」
ニコは顔を上げた。
「前のパーティで嫌な思いをしたなら、怖いのは当然だよ。誰に何を言われたって、入らなきゃいけないわけじゃない」
ラウルは机の上に散らかった資料をまとめるでもなく、端へ少し押しやった。
「だから、最初に考えてたことはいったん置いといてさ」
そしてニコを見る。
「ニコはどうしたい?」
答えようとして、すぐには声が出なかった。
棚に並んだ木箱を見る。
ファナが持っていた井戸の記録。
オルドランが見つけた足跡。
セドリックが拾った石。
ラウルたちが3年前から追い続けている、温かい水の謎。
まだ何も分からない。見たいものも、聞きたいことも、考えてみたいことも山ほどある。
それだけではなかった。
この人たちと、また仕事に行きたいと思った。何かを見つけたら話したい。自分では分からないことを聞きたい。一緒に考えてみたい。
怖くないわけではない。
この先もずっと同じなのかは、分からない。
また誰かに嫌われることだってあるのかもしれない。
けれど、それは自分だけではないのだと、さっきラウルは言った。
ニコはゆっくり息を吸った。
「……入りたいです」
口にすると、胸の奥に残っていたものが少しだけ軽くなった。
今度は4人の顔を見て、もう一度言う。
「僕、《ライファ》に入りたいです」




