5か月半後 ― 勧誘(ラウル)
ラウルがニコを初めて仕事に誘ってから、1か月ほどが過ぎた。
その後も何度か声を掛け、そのうち2度同行した。
もちろん毎回誘ったわけではないし、声を掛けてもニコに別の依頼が入っていることもあった。
《オルディス》は多くの冒険者を抱える大きな組織だが、普段はそれぞれの隊で動く。
ラウルが率いる《ライファ》もその1つで、オルディスの先遣隊との名も持つが、4人で活動することも多い。
魔術師のオルドランに、剣士のセドリック。弓を使いながら治癒も担うファナ。そしてラウル自身だ。
ニコは都合が合えば、嬉しそうに参加してくれた。
◇
3度目の仕事を終えた帰り道、ラウルは前を歩くニコの背中を眺めていた。
森を抜けるまで、あと1時間ほど。日はまだ高く、今日中に王都へ戻るには十分な余裕がある。
先頭を行くセドリックの後ろを、オルドランとファナが続く。ニコはラウルの少し前を歩いていた。
細い獣道が斜面に差しかかったところで、ニコは何気なく身体を傾け、張り出した枝を避けた。そのまま歩調を変えずに斜面を上がっていく。
こうして後ろから見ていると、改めて思う。
思ったより足が強い。
最初に誘ったとき、ラウルは必要なら自分たちが歩調を落とすつもりでいた。
ニコは細身で、武器らしいものも腰の短刀くらいしか持っていない。採取や調査の仕事をしているとは聞いていたから森歩きには慣れているだろうと思ったが、自分たちは先遣を任されている。目的地まで急ぐことも多く、足場の悪い場所でもそうそう速度は落とさない。
ところが、気を遣う必要などなかった。
ニコは普通についてきた。
初めて同行したときも、その次も、そして今回も。
2度目には少し距離を延ばし、1泊する行程に誘った。それでも遅れることはなく、今回も日程と目的地を伝えると、出発時刻を確認しただけだった。
森の歩き方にも危なげがない。足元を見ているようで周囲にも目を配り、足場の悪いところでは迷わず歩きやすい場所を選ぶ。魔物が出れば、指示される前に前衛の動きを妨げない位置まで下がった。
それらをニコ自身は、特別なことだと思っていないらしい。
「ラウルさん」
呼ばれて顔を上げると、ニコが立ち止まっていた。その視線は道の脇へ向いている。
「どうした?」
「少しだけ見てもいいですか?」
「もちろん」
ニコは道を外れ、数歩先の木の根元へしゃがみ込んだ。
何かを見つけたらしい。
こうしてニコが足を止めることにも、もう慣れた。セドリックは近くの岩へ腰を下ろして水筒を取り出し、ファナは背負っていた荷物の紐を締め直す。オルドランは立ったまま、何気なくニコの見ている木の根元へ目を向けた。
やがてニコが立ち上がり、土を払って戻ってきた。
「すみません。古い跡でした。今は使われていないと思います」
「何の?」
「巣穴です。たぶん小型の魔物ですけど、土が固まっていたので、少なくとも最近出入りしたものではないかと」
「そっか。じゃ、行くか」
セドリックも腰を上げ、ファナが荷物を背負い直す。
それだけで、一行は再び歩き始めた。
ラウルも歩き出しながら、少し前を行くニコへ目をやった。
また謝っていた。
最初に一緒に仕事をしたときは、もっと申し訳なさそうにしていた気がする。何も見つからなければ、自分のせいで時間を使わせたとでもいうような顔をしていた。
今は一言で済むようになった。
それでもニコは、何かを見つけたことより、全員を止めたことの方を気にしているように見える。
以前、どこかのパーティにいたのかと尋ねたとき、ニコの表情がわずかに変わった。
何かあったのだろうとは思う。
だが、本人が話さないことを無理に聞き出す気はなかった。
◇
王都へ戻った一行は、そのまま《オルディス》の詰め所へ向かった。
依頼の報告を終えたあとも、ニコはしばらく机に残っていた。今日見たものを自分のノートへ書き込み、以前の記録と照らし合わせている。
ラウルたちも装備を片づけながら、それぞれ今日の記録をまとめた。
やがてニコがノートを閉じた。
「では、僕はこれで。今日はありがとうございました」
「こっちこそありがとう。またな」
「はい」
ニコが頭を下げ、部屋を出ていく。
扉が閉まってからも何となくそちらを見ていると、向かいで荷物を片づけていたオルドランが口を開いた。
「ホント気に入ってるよなあ、アイツのこと」
「俺?」
「他に誰がいるんだよ」
見ると、ファナまで笑っている。
セドリックは我関せずといった顔で装備を点検していたが、否定する様子もない。
ラウルが全員を見回す。
「ていうか、お前らも気に入ってるよな?」
ファナはニコが去った扉を見つめ、両手で頬を包んだ。妙に艶っぽい仕草だった。
「だってなんか可愛いんだもの」
「……可愛い?」
「なんであんなに自信ないのかしら。すごい庇護欲そそられるのよね」
自分を抱きしめるような仕草までしてみせるファナを、オルドランが気味悪そうに見た。
「庇護欲は分からんが、好感は持てると思う」
「ほら」
「何が、ほら、だ」
セドリックはいつもの無表情のまま腕を組んだ。
「なんていうか、不器用なのが滲み出てるんだよな。何でも一生懸命やるくせに、いちいち俺たちの邪魔になってないか気にしてるだろ」
ラウルは思わず笑った。
自分だけがニコのやり方を面白がっているのだと思っていた。
だが3度も一緒に仕事をすれば、ニコが何かを見つけて立ち止まることも、記録を取ることも、知らない植物を見れば説明が長くなることも、すっかり見慣れてしまった。
何かを確認して、結局何もなかったこともある。反対に、ニコの一言で少し手間が減ったこともあった。どちらにしても、それで誰かが腹を立てることはなかった。
その日の仕事が終われば別れ、次の仕事はまた4人で行く。
今のところ、ニコはあくまで臨時で同行しているだけだ。
それなのに次の依頼を考えるときには、いつからかラウルの頭の中にニコがいる。
あいつがいたら、何に気づくだろう。
どんなことを言い出すだろう。
何より、一緒に仕事をしていると面白い。
そのことに気づいてしまえば、答えはずいぶん前から出ていたような気がした。
向かいにいたファナが顔を上げる。
「ねえ、ラウル」
「何?」
「いつ誘う気なの? 正式に」
ラウルの指が、広げていた地図の上で止まった。
「…………」
「何、その顔」
「……バレたか」
オルドランが吹き出し、セドリックまで呆れたようにこちらを見ている。
ラウルは頭を掻いた。
「いや、俺はいいけどさ。お前らはどうなのかなとは思ってた」
「今さら?」
ファナに言われ、返す言葉がない。確かに今さらだ。
「ただ、本隊には話を通さなくていいのか?」
オルドランの言葉に、ラウルは首を振った。
「そこは大丈夫。先遣の人選は俺に一任されてる。増やしたら報告はするけど、許可をもらう必要はないよ」
「じゃあ、何も問題ないじゃない」
ファナがあっさり言った。
ラウルは返事をせず、机の上の地図へ目を落とした。
問題があるとすれば、1つだけだ。
自分たちがニコを気に入っていることと、ニコがここへ来たいと思うことは同じではない。
今は1人で仕事をしているが、それを気楽だと思っているのかもしれない。あるいは、すでに別の場所を探している可能性だってある。
それでも、次の仕事にも、その次にも、ニコがいたらいいと思う。
◇
翌日、またギルドでニコを見つけた。
依頼掲示板の前に立ち、何枚かの依頼票を見比べている。
声をかける前にニコが気づき、こちらを振り向いた。
「あ、ラウルさん。こんにちは」
「こんにちは。仕事探してる?」
「はい。明日からの分を」
「そっか」
ラウルはニコの隣に立った。
掲示板には採取や調査、護衛、討伐と、いつものように様々な依頼票が並んでいる。
昨日考えていたことを、もう一度頭の中で並べた。
仕事のこと。先遣のこと。今いる3人のこと。報酬のこと。説明しなければならないことはいくらでもある。
けれど、その前に聞くことは1つだった。
「ニコ」
「はい」
「《ライファ》に入る気ない?」




