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細かすぎてクビになった僕と、僕をクビにした冒険者パーティと  作者: ロケマロ


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11/17

4か月後 ― 薬(デルガント)


 《デルガント》がその日の野営地を決めたのは、日が山の向こうへ傾き始めた頃だった。


 依頼先は王都から北東へ1日ほどの森で、近隣の村から頼まれた魔物の個体数調査だった。討伐が目的ではないため、昼間は森の広い範囲を歩き、痕跡を見つけては数と位置を記録している。

 明日もう半日ほど調べれば、必要な情報は揃う見込みだった。


 カーティスが選んだ野営地は、森を流れる細い川から少し離れた平地だった。

 水を汲みに行くにも遠すぎず、地面は平らで、大きな木の根も張り出していない。周囲には新しい魔物の痕跡もなく、風を遮る木々もある。

 ジェラルドも一通り周囲を見て、問題ないと判断し、皆で荷物を下ろし、それぞれ野営の準備を始めた。


 薪を集め、火を起こし、簡単な食事を取る。日が落ちる頃には全員が腰を下ろし、あとは交代で見張りをしながら朝を待つだけになった。





 問題が起きたのは、夜が更けてからだった。

「……かゆっ」

 最初に声を上げたのはロルフだった。

 首筋を掻きながら寝返りを打つ。その少しあとには、ネイトが腕を払った。

 焚き火の明かりへ、小さな羽虫が何匹も寄ってきている。


 珍しいものではない。

 森で野営をしていれば、虫に刺されることくらいあるが、その夜はやけに多かった。

 顔の周りを飛ぶ虫を追い払いながら横になっていたエルマーが、とうとう身体を起こした。

「うっとうしいな、もう!」

 毛布を肩へ掛けたまま、焚き火へ薪を放り込む。火の粉が舞い上がり、近くにいた虫が散ったが、しばらくするとまた戻ってきた。


「煙増やすか?」

「目まで痛くなるだろ」

 ロルフも起き上がり、首筋を掻いている。

 見張りに立っていたカーティスが周囲を見回した。

「川が近いからですかね」

「もう少し離れたところにすりゃよかったな」

 ジェラルドも腕に止まった虫を叩きながら言ったが、今から暗い森の中で野営地を移すほどのことでもない。

 結局その夜は、焚き火の煙を少し強くし、布で肌を覆いながら朝を待った。




     ◇




 翌朝、最も機嫌が悪かったのはエルマーだった。

「くそ、最悪だ」

 朝食もそこそこに、首の横を掻いている。

 露出していた手首にも赤い跡がいくつか残っていた。


 ネイトが共有の鞄から虫刺され用の薬を出し、エルマーへ渡した。

「掻くなよ。余計ひどくなるから」

「分かってるよ」

 蓋を開け、指先に薬を取る。

 塗ってしばらくすると、エルマーの眉間の皺がさらに深くなった。

「……ああ、やっぱ駄目だ、これ」

「どうした?」

「これ塗ると赤くなるんだよ」

 薬を拭いながら舌打ちする。


 効かないわけではない。ただ市販のものを使うとかぶれやすい。

 以前なら別の薬があった。

 ニコがエルマー用に材料を変えて作っていたものだ。

 それを最初に口にしたのはロルフだった。

「ニコのやつだと平気だったよな」

「……そうなんだよ」

 エルマーは腹立たしそうに薬瓶をネイトへ返した。

「面倒くせえな。薬だけあいつに作らせるか」

 冗談めかした口調だった。

 ロルフが笑う。

「それならいいかもな。薬は普通に便利だったし」



 ジェラルドも何となく笑いかけたが、その横でブルーノが荷物をまとめる手を止めていた。

 何も言わず、また革紐を締め直す。

 カーティスは焚き火の跡へ土をかけていた。話が聞こえていないわけではないだろうが、こちらも何も言わなかった。



 その様子に気づかないまま、エルマーは腫れた手首を見て顔をしかめた。

「そもそも、なんでこんな虫だらけのところで寝たんだよ」

 その言葉で、カーティスの手が止まった。

「なんでって?」

「こういうのって先に分かんないのか? 探索役だろ」

 カーティスは持っていた枝を焚き火の跡へ放り、立ち上がった。


 怒った様子はなかった。ただ、自分たちが一晩過ごした場所を改めて見回す。

「周囲に危険な魔物の痕跡もない。水場も近いし、地面も平らだった。野営できない場所じゃなかったでしょう?」

「できるできないの話じゃねえよ。こんだけ虫がいるなら、別の場所にした方がよかっただろ」

「それはそうですけど」

 カーティスはそこで少し考えた。

「でも、季節ごとの虫の出方まで調べて、寝る場所を決めるところまでは俺はやらないですよ」



 エルマーが眉を上げた。

「ニコならやってたぞ」

「でしょうね」

 カーティスはあっさり認めた。

「あのノート見たら分かります。あの人、そういう細かいところまで調べてたんでしょう」

 その言い方が気に入らなかったのか、エルマーの顔がわずかに険しくなる。

「それも探索じゃねえの?」

「探索って言えば探索かもしれませんけど、俺はそこまでやらないです。危険があるなら調べます。でも、虫に刺されない場所まで毎回探すのは……」

 カーティスは自分の腕に残った赤い跡を見て、肩をすくめた。


「刺されたら薬塗ればいいと思うんで」

「その薬で俺はかぶれてんだけどな」

「それは俺に言われても困りますよ」

 ロルフが吹き出した。

 エルマーもさすがにそれ以上はカーティスを責めず、赤くなった手首をもう一度掻こうとしてネイトに止められた。


 ジェラルドはそのやり取りを聞きながら、昨夜過ごした場所を眺めた。

 危険ではなうし、依頼にも何の支障もない。

 ただ、一晩中虫に悩まされ、全員よく眠れなかった。それだけだ。

 それだけのことを、ニコなら気にしただろうか。



「……ブルーノ」

「ん?」

「あのノート出してくれ」

 ブルーノが顔を上げた。

 一瞬だけ間があったあと、荷物の奥から革張りのノートを取り出す。

 ジェラルドが受け取りページをめくっていくと、該当する地域の記録はすぐに見つかった。


 数年前の日付が書かれている。

 当時の依頼内容と天候、歩いた道。その下に、野営した場所についての短い記述が残っていた。

 この時期は川沿いに羽虫が多い。

 夜営するなら、水場から離れた東側の高所がよい。

 さらにその下には、虫除けに使える草の名前まで書かれている。

「……書いてあるな」


 ジェラルドの声に、ロルフとネイトも寄ってきた。

「マジで?」

「ここだ。たぶん昨日いた辺り」

 地図と照らし合わせる。

 少し東へ進んだ場所には、昨夜の平地よりわずかに標高の高い場所があるらしい。

 歩いても大した距離ではない。

 エルマーが横からノートを覗き込み、呆れたように息を吐いた。

「こんなのまで書いてんのかよ」

「細けえなあ」

 ロルフが笑った。

 以前なら、それで終わっていた言葉だった。



 ジェラルドは開いたページから目を離さなかった。

「ニコなら、昨日あそこにしなかったな」

 口にすると、妙に確信があった。

 魔物もおらず、危険な場所でもないが、それでもニコなら、虫が多いかもしれないと言って、東へ行こうとしたはずだ。


 エルマーが鼻を鳴らした。

「じゃあ、次から先にノート見とけばいいだろ」

 確かにそうだった。

 ノートを読めば、自分たちにも分かる。


「これ、やっぱ便利だな」

 ロルフが横から言った。

「ブルーノ、これもっと活用しようぜ」

 ブルーノはすぐには答えなかった。

 開いたままのノートを見てから、ロルフへ目を向ける。

「ああ」

 短く返し、ジェラルドの手からノートを受け取った。


「薬の作り方も載ってんだろ?」

 エルマーがまだ赤い手首を見ながら尋ねる。

「自分で作る気か?」

「もしかしたら作れるかも、って絶対ムリか、小難しいつくり方見ただけで腹が立ちそう」

 エルマーは恨めしそうな顔で、虫に刺された場所をギュッとつねった。

「アイツに作らせりゃいいんだよな。探索はカーティスがいるんだし。そういうことだけやってくれりゃよかったんだよ」

 ロルフが「ああ」と軽く頷いた。

「それなら案外うまくいったかもな」



 カーティスは荷物を背負い直しながら、その会話を聞いていた。

 何か言いかけたように見えたが、結局何も言わない。

 ブルーノも黙っていた。

 ただ、革張りのノートを鞄へ戻す手つきだけが、少しゆっくりしていた。

 ジェラルドはエルマーの言葉を頭の中でもう一度繰り返した。


 探索はカーティスに任せる。

 ニコには、薬や記録をやってもらう。

 気になることがあっても、全部その場で話さなくていい。必要なものだけまとめてもらえばいい。

 それなら、以前よりうまくやれるのではないか。

 ニコが細かすぎるところは、自分たちももう分かっている。

 自分たちだって、聞き方には気をつければいい。


「……そうか。そうだな」

 気づけば、ジェラルドはそう呟いていた。



 出発の準備を終えた一行は、昨日の調査の続きをするため森の奥へ向かった。

 昨夜ほとんど眠れなかったせいで、いつもより口数は少ない。

 それでも依頼そのものに問題はなかった。

 昼前には予定していた範囲を調べ終え、帰路につくことができた。


 《デルガント》は、ニコがいなくても仕事を続けられている。

 ただジェラルドの頭には帰り道のあいだも、エルマーの言葉が残っていた。

 ――薬とか、こういう細かいのだけやってくれりゃよかった。



 それなら今度は、うまくいくのではないか。

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書いているうちにどんどん変わって、今ではほぼ別物ですが(笑)、ご覧いただければ嬉しいです。
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