4か月後 ― 初めての同行(ニコ)
ラウルと初めて会ってから、半月ほどが過ぎた。
その間にもニコは、いつもと変わらず1人で依頼を受けていた。薬草を採り、森の様子を調べ、ときには街道沿いに魔物の痕跡がないかを確認する。メリルとは何度か顔を合わせたが、ラウルには会わなかった。
だからその朝、ギルドの掲示板の前で声をかけられたとき、ニコは一瞬誰だか分からなかった。
「おはよう。仕事探し?」
振り向くと、ラウルがいた。
先日会ったときとは違い、長めの髪はしっかりと後ろで結わえられている。革の胸当てを着け、腰には短剣だけでなく長めの剣も下げ、背には荷物を負っていた。その後ろにも、一目で冒険者と分かる3人の男女がいる。
「おはようございます。はい。今日はまだ何も決めてなくて」
「ちょうどよかった」
ラウルが《オルディス》に所属していることは、あのあとメリルから聞いていた。
その名を聞いて本当に驚いた。冒険者をしていれば知らない者はほとんどいない、大きな冒険者組織だ。
ラウルは、その中の《ライファ》という先遣隊を任されているらしい。
「兄さんがすごい? あの兄さんがぁ?」とメリルは首を傾げて笑っていたが。
先遣隊といったら、大人数を動かす前に現地へ入り、依頼書と実際の状況に食い違いがないかを確かめる役目だ。道が使えるか、魔物がどれほどいるか、まとまった人数が入れる場所があるか。小さな問題ならその場で片づけ、大きな問題なら情報を持ち帰る。
今日はこれから、王都の南にある森へ向かうのだという。数日後に本隊が入る予定の地域を、先に見てくるらしい。
ということは、後ろにいる3人が《ライファ》のメンバーなのだろう。
「南の森って、トルカ川の向こうですか?」
「そう。南側の街道から入る予定」
ニコは頷きかけて、止まった。
数日前にギルドで見た報告が頭に浮かぶ。
「……南からですか?」
トルカ川の下流で水量が増えているという報告があった。さらに別の採取依頼では、森の手前にある湿地で例年より早く水草が広がっていると書かれていた。
どちらも、それだけなら珍しい話ではない。
ただ、今年は北側の山で雨が多い。川の水が増えているなら、森の南側にある低地もかなり湿っている可能性がある。
そこまで話してしまってから、ニコは我に返った。
今日はラウル1人ではない。知らない3人までいる前で、また聞かれてもいないことを長々と話してしまった。
しかしラウルはそれを気にした風もなく、地図の入った鞄へ手をやった。
「じゃあ、南から入るのはやめた方がいい?」
「いえ、そこまでは。ただ、帰りも同じ道を使えるとは限らないと思います。人数が多い本隊が入るなら、東側の道も確認しておいた方が……」
そこまで言って、今度はニコ自身が不安になった。まだ現地を見てもいない。
「あ、すみません。実際には何もないかもしれません」
「それは行ってみないと分からないだろ」
ラウルは気にした様子もなく仲間たちを振り返った。
5人でいったんギルドを出て、建物の脇で地図を広げる。ニコの話を聞いたラウルたちは、南側だけでなく東側から入った場合の距離や地形も確認した。
ひと通り話し終えたところで、ラウルが地図を畳みながらニコを見た。
「なあ。仕事探してたってことは、今日空いてるんだよな? 一緒に来ないか?」
「僕がですか?」
「正式な仕事として頼むよ。今日の分は出す。俺たちが見落としそうなものがあったら教えてほしい」
突然そんなことを言われ、ニコはラウルの後ろにいる3人を見た。得体の知れない人間をいきなり連れていくと言われて、困っているのではないかと思ったのだ。
ところが、短い黒髪の男はやれやれという顔でラウルを見ただけだった。
「急に悪いな。こいつ、こういうこと言い出したら聞かないんだ」
隣の女性も楽しそうに笑い、もう1人に至っては、すでに出発するつもりなのか荷物を背負い直している。
どうやら、本気で困っている者はいないらしい。
ニコは少し迷ったあと、頷いた。
「……分かりました」
◇
王都を出てしばらくすると、ニコは自分が思っていた以上にラウルたちが歩き慣れていることに気づいた。
速いというより、ほとんど歩調が乱れない。先頭を歩く者が道を選び、後ろの者が周囲を見る。立ち止まるときにも、いちいち声を掛け合う必要がない。誰かが水を飲めば、ほかの者もそれぞれ自分の状態を確かめている。
ラウルも、先日メリルの隣で笑っていたときとはまるで違った。必要なことだけを仲間に伝え、判断が早い。
途中、街道脇に魔物の足跡を見つけたときも、4人は新しくないこと、2体であること、街道から森へ離れていることだけを確認すると、すぐに進んだ。
ニコなら、もう少し見ていたかもしれない。どこから来たのか。何のために街道へ出たのか。近くに餌になるものがあったのか。だが、ラウルたちが見落としているわけではない。必要なことを確認したうえで、今は追う必要がないと判断している。
その違いを見ているうちに、ニコは少し不安になってきた。
同行したものの、自分の意見などかえって邪魔になるのではないか。
トルカ川を越え、一行は森の南側へ入った。
心配していた低地は、思ったほどひどい状態ではなかった。確かに地面は湿っているが、歩けないほどではない。本隊が通るにしても、少し注意すれば問題はなさそうだった。
「外れたかな」
足元を確かめたラウルに、ニコも頷く。
「そうですね」
予想が外れることは珍しくない。
それでも周囲を見ながら進んでいると、少し先でニコの足が止まった。
低い木の根元に、小さな穴がいくつも空いている。しゃがんで土に触れる。かなり湿っていたが、それだけではない。少し離れた場所にも同じような穴があり、周囲の草はところどころ倒れて、その下には細い筋が何本も続いていた。
「あの……少しだけ、見てもいいですか?」
先を歩いていたラウルが振り返った。
「いいよ」
あまりにも普通に返され、ニコの方が戸惑った。
ほかの3人も足を止めたが、嫌そうな顔をする者はいない。
ニコは穴の周囲を調べた。小動物が掘ったものにも見えるし、草の筋も水が流れただけかもしれない。数分ほど見て回っても、はっきりしたことは分からなかった。
それでも気になってその場を離れられずにいると、ラウルが隣にしゃがんだ。
「何が気になった?」
「この辺りだけ、土の中を何かが動いた跡が多い気がして。小型の魔物かもしれないと思ったんですけど、確証はないです」
「本隊に影響ありそう?」
「この程度なら、たぶん大丈夫だと思います。ただ、数によっては荷物を置く場所には向かないかもしれません」
ラウルは少し考え、仲間の1人にも周囲を確認してもらった。
結局、魔物そのものは見つからなかった。古い穴がいくつかあっただけだった。
「すみません。時間を取らせました」
「イヤ全然」
ラウルはそれだけ言って立ち上がった。
ほかの3人も何事もなかったように歩き出す。
誰も笑わなかったし、またか、とも言わなかった。
ニコはその背中を見てから、少し遅れて後を追った。
◇
森の中を一通り確認したあと、ラウルたちは本隊が休憩に使えそうな場所を探し始めた。
最初に候補になったのは、川から少し離れた平地だった。木々の間隔が広く、十数人が荷物を下ろしても余裕がある。地面も乾いている。
ニコも悪くない場所だと思った。
ただ、風に混じった匂いが少し気になった。甘いような、青臭いような匂い。
周囲を見回すと、少し離れた場所に草が群生している。この時期になると夜に強い匂いを出し、それを好む小型の魔物がいる。危険な種類ではないが、食料などの荷物を荒らすことがあった。
「あの……夜も過ごす予定ですか?」
先ほどより、声は出しやすかった。
本隊ならその可能性があると聞き、ニコは草を示して事情を説明した。
「だったら、もう少し東の方がいいかもしれません」
ラウルは群生している草と、ニコが示した先を見比べた。
「どれくらい離れればいい?」
「風向きを考えるなら、あの辺りまで行けば大丈夫だと思います」
少し狭くはなるが、100歩先にも似た平地がある。
ラウルはほかの3人と周囲を確認すると、あっさりそちらを休憩地点の候補に決めた。
ニコは思わずラウルを見る。
せいぜい荷物を荒らされるかもしれないという程度の魔物だ。以前なら、そんな理由で場所を変えると言えば嫌な顔をされた。
だがラウルたちにとって、100歩離れた場所へ移ることは、それほど大きなことではないらしい。
調査を終えて森を出ようとしたころ、仲間の1人が少し離れた草むらに小さな足跡を見つけた。
昨夜ついたらしい、野営中の荷物を荒らすとニコが話していた魔物のものだった。
「ほんとに来てたな」
「場所変えといて正解だな」
それらは本隊への報告事項に加えられ、皆に背中や肩を軽く叩かれた。
それだけのことなのに、歩き出したニコの胸には、少しだけ誇らしい気持ちが残った。
◇
王都へ戻ると、ラウルたちはそのまま組織の詰所へ向かった。
ニコも同行し、今日確認した内容を整理する。
南側の道は現状なら通行可能。ただし雨が続けば低地がぬかるむ可能性がある。危険な魔物の目立った痕跡はなく、本隊が休める場所も確保できそうだった。
ニコはその話を聞きながら、自分のノートにも今日の日付と天候、川の状態を書き込んだ。
南側の低地については、数日前に見た下流の水量増加の報告も添える。今回歩けたからといって、数日後も同じとは限らない。
さらに途中で見つけた穴の位置と数、休憩地点付近に生えていた草、小型の魔物の足跡についても記していく。
気づいたことを書き込んでいるうちに、ラウルが横から覗き込んだ。
「それ、いつもやってるの?」
「はい。忘れないように」
「今日のことだけじゃないな」
「前に見た報告と一緒にしておいた方が、次に行くとき分かりやすいので」
ラウルが黙ってノートを見ている。
それだけで、ニコは急に不安になった。
「はは……細かすぎますよね」
「いや。俺もやってるつもりなんだけどさ」
ラウルは首を振り、少し前のページにも目を通した。
「結構複合的だし、俺じゃ気づかないこともありそうだなって」
それからもう一度、今日書き込まれたページを見る。
「少なくとも俺は、次も見たい」
ニコは何も答えられなかった。
報酬の確認を終えたラウルは、立ち上がりながら、また手が空いていたら付き合ってほしいと言った。
詰所を出ても、ニコの足元はどこか落ち着かなかった。
今日も人の足を止めた。
確証のないことを話した。
調べても、結局何も見つからなかったこともあった。
それでも、1度も言われなかった。
もういい。
気にしすぎだ。
黙っていろ。
それどころか、また付き合ってほしいと言われた。
そんなことを言われたのは、初めてだった。
いつもの道を歩いているうちに、妙に目の前が滲んだ。
悲しくもないのに手の甲で目元を拭っても、しばらくするとまた滲んでくる。
なんでこんなに泣けてくるのか分からない。
帰宅した後も、なかなか涙は止まらなかった。




