第3話 ■■残れ
「千…年……?」
「そう千年も戦えば君……えーっと…」
そういえば俺の名前はまだ名乗っていなかった。しかし見るからに異常事態。忘れてしまうのも仕方ないだろう。
「エインだ」
そんな言い訳を考えつつ俺は名乗った。
「エインね覚えたわ。……えーっと、なんだっけ? あ、そうそう、千年戦えば魔力のないエインでも強くなれる。そういう話をしたかったの」
女神ホロスは顎に手を当て落ち着きのないように身体をゆらりゆらりと揺らしながらそう言った。
流石に俺に魔力がないというのはお見通しのようだ。しかし大事な前提を忘れてはいないだろうか。
「人間は千年も生きられない」
そう。当たり前のことだ。魔族と違い人間は百年も生きればいいほうだ。仮に千年間修業できるのであれば誰だって強くなれるだろう。しかし寿命という枷ばかりはどうしようもない。女神であるホロスはそのへんのことが抜け落ちている。
「フフッ! なに当たり前のことを言ってるの? エインはバカね」
ホロスは口に手を当ててケタケタと笑う。
さっきから感じていたがなんか最初と態度変わってないか? この女神。
あまりの態度の豹変ぶりについ俺は白けた目で見てしまった。
「……なによ。なにか文句でもあるの」
「……いや、ただ初めと口調が変わったから少し驚いてるだけだよ」
言葉を選んで話す。ここで女神の機嫌を損ねるのは愚策だ。
「なーるほど。そんなことか。それは神としての威厳を見せるためのものよ。ほら? 第一印象が大事ってよく言うでしょう?」
「第二印象以降を蔑ろにしていいって意味ではないと思うが」
しまった。言葉を選ぼう、そう思った矢先につい真正面からツッコんでしまった。
「うるさいわねー。これから千年の付き合いになるんだから肩肘張ってもしょうがないでしょ」
まあ一理ある……のか? とにかく機嫌を損ねたわけではないみたいで一安心だ。
とはいえ俺の疑問はまだ解消されていない。
「それで千年ってどういうことだよ」
ホロスは腕を組み、ニッと笑った。
「私はホロス・ホロ・ホロウノス。時と空間を支配する女神。そこらへんの融通はいくらでも利かせられるわ。いまはこの『狭間』限定で行使できる力だけどね」
時と空間……? ダメだ話の規模が大きすぎる……。
「つまりどういうことなんだ……?」
「この『狭間』の空間と『現実世界』の空間の時間の流れを変えるのよ。私はこの空間での千年を現実では1日も、いや1時間だって経っていないことにできる。あとついでに君の老化もここでは止まる」
ホロスは流暢に説明する。
「千年で区切った理由は」
「単純に私がこの力を維持できる時間があと千年だから」
なるほど。千年修業ができる理由はわかった。しかしまだ疑問は残っている。なぜそんなことができる女神が辺境の村近くの森の祠にいたのか、そしてなぜ俺を選んだのか。力を求める奴は俺以外にだっていたはずだ。
……いや、そんなことはどうでもいい。今はただ与えられたチャンスを掴むだけだ。
「それで俺はその千年間で何と戦うんだ。ここには何もないぞ」
ここにはただ白い空間だけが広がっていて何もない。しいて言うのであれば俺とホロスだけが存在している。まさかこの女神と戦えというのか……?
「せっかちね。まぁ嫌いじゃないわ。時間は有限。それはここでだって例外ではない」
ホロスは指をパチンと鳴らした。途端に白い空間が崩れだし新しい空間が作り出されていく。
「これは……」
「私は時の女神であると同時に空間の女神でもある。この『狭間』に現実空間の一部を再現することだって可能よ。でもあくまでも再現。偽物に過ぎない」
白い空間が一転して森へと変わった。俺はおもわず辺りを見渡す。
「とは言っても限りなく本物に近いわ。環境も生物も」
ホロスは樹上に座り足をプラプラとさせながら話す。
俺に向けていたホロスの視線がずれていることに気付いた。その先にはどこからともかく現れた複数体のゴブリンがいる。
ゴブリン達はまるで時でも止められたかのように微動だにしていない。
いや、きっとこれは本当に時を止められているのだろう。
瞬き一つしないゴブリンを見てそう思った。
「素手というのは流石に可哀想だからね。これはサービスであげるわ。特別なものだから大事に使いなさい」
目の前に現れた「それ」を俺は掴む。
「“刀”よ。上手く使って生き残りなさい。それじゃ、スタート」
再びホロスが指を鳴らすとゴブリンの瞼が動く。
その赤黒い目が俺を捉えた。
「ちょっと待て……! 俺はこれの使い方なんて知らないぞ……!」
「だからそれを学ぶ千年間なのよ。ほらいいの? もう目の前に──」
鞘から刀身を抜き出すのに苦戦している間にゴブリンは既に目の前まで近づいてきている。ゴブリンの一体が俺目掛けてナイフを振りかざしてきた。俺はそれを必死に避ける。
「クソが……っ!」
やっと抜けた刀を破れかぶれになりながら振る。それがゴブリン達に当たることはなかった。俺は一度体制を立て直すため後ずさりをしようとする。しかし──
「うわっ……!」
足元にあった石に気づかず躓き転んでしまう。
「あーあ。ま、1回目はこんなもんか」
樹上に座る女神が呟いた。
転んだ俺にゴブリンは容赦なくナイフを突き立てる。
何度も何度も突き立てる。
足、腕、胴、部位を選ばず何度も何度も。
「ぐっ……!うわぁあああああああああああ……っ!!」
痛い、イタイ、アツイ。
これが “死” か。
嫌だ嫌だ嫌だ死にたくない。俺はまだ死ぬわけにはいかないんだ。
強くなってみんなと並んで魔族に立ち向かえるようにならなきゃなのに。
クソッ、千年戦うって話じゃなかったのかよ。こんな簡単に死んでおしまいなのか……?
こんなのほとんどサギじゃないか。あの女神に文句の一つでも言ってやりたい。
ああ、でももう無理だ。意識がタモテな──
「ああ、ごめん。ひとつ言い間違えてたわ」
──パチン という音が森に響いた。
その音と共にエインは再びゴブリンと相対することとなる。
「『生き残れ』じゃなくて『死に残れ』」
俺は今になってようやく気付いた。千年間戦い続けるということは千年間死に続けるということに──
「枯れないでよね。君はまだ咲いてすらない」
第3話 ■■残れ




