第16話 紡ぐ
数分前──
「“炎矢”」
「“土壁”」
──クソッ…! 何回撃っても防がれる! このままじゃあ矢が先に尽きる……!
──ふむ。威力はなかなか。直撃は不味いな。だが十分見切れる。
辺りには魔族ハーベルが作った土の壁が散乱している。
「……お前ら魔族は何故人を襲う…!!」
「衝動であり本能だ。お前ら人間も腹が減れば食べ、眠くなれば寝るだろう。それと同じ、些末なことだ」
「それは生きていくために必要なことだからだ! 一緒にするな!!」
「ふむ。では我々魔族が人を殺さねば生きてゆけぬと言えば許してくれるのか?」
「それは詭弁だ……!」
「話にならんな。物を尋ねる時は自分で答えを用意してからにしろ」
ハーベルが両手を合わせ魔力を練り上げる。
「“土掌”」
低く響き渡る短い詠唱ののち土でできた巨大な両の手が召喚される。そしてリヒトを押しつぶすように襲い掛かった。
轟音と共に辺りに土煙が舞う──
「ふむ。これも避けるか」
リヒトは土煙の中で息をつく。
大丈夫…避けられる……。あいつの攻撃にはちゃんと呼び動作がある。よく見れば……
「──では接近戦といこう」
強襲── 土煙が晴れる間にハーベルの拳がリヒトを襲う。
「……ッ!」
「これも避けるか」
「見え見えなんだよ……ッ!」
リヒトは体を仰け反らせ避けるとカウンターとばかりにハーベルの脇腹を殴りつけた。
しかし鈍い音と共にその脇腹からポロポロと土が剥がれ落ちる。
「土の鎧か……!」
「左様」
──しかし今の攻撃を避けるどころか反撃までしてくるとはコイツ、“眼”が良いな。
「チッ……」
──防がれた……! だが反撃の手は緩めない!! 思い出せ!! エインさんに教わったことを!!
◇ ◇ ◇ ◇
2日前── エインとの修行中
「リヒト、お前は“眼”がいいな。だがその眼の使い方を間違えている」
「使い方ッスか……?」
「例えばそうだな……」
エインは右手に携えた木の棒をブンと振った。
「今どこを見た」
「どこって枝……というか手ッスかね?」
「だけか?」
「……うーん。まあ腕もッスかね」
「だけか?」
続くエインの質問の意図がわからずリヒトは頭を抱える。
「いいか。確かに今俺は枝を振っただけだが動いていたのは腕だけじゃないはずだ。生物ってのは何かをやるときに必ず呼び動作が入る。視線の動き、呼吸、重心の揺れ、その全てが次の動きの情報だ」
「でも全部見てたら頭がパンクしちゃいますよ」
「俺はお前ならできると思っているが」
「エ、エインさ~んっ!!」
喜びのあまりエインに飛びつくがひらりと躱されてしまう。
「見え見えだ」
「かっけぇー!!」
出会ってから何度その言葉を聞いたか、エインは少し呆れながらも口を開く。
「いいか、相手の動きをよく見るんだ。そうすれば見えてくる。相手の動きの──」
◇ ◇ ◇ ◇
「先の先ィ……ッ!!」
リヒトは叫び徒手による攻撃を続ける。
「……ッ!」
なんだコイツ!? 動き自体は大して速くはないが常に我の動きの一手先を行くように動いてくる……!
「めんどうだ……」
そう思ったハーベルは新たな一手を打つ。
手を開きそこに魔力を集中させる。
そして魔力を魔法に変換。パキパキと土が収束しだす。
それは手のひらから放たれる極小の──
「“土槍”」
「だから見えてるって言ってんだよ!!」
「!?」
リヒトは体を捻らせ後ろ回し蹴り、魔法が射出されるその前にハーベルの手をはじいた。土の槍は彼方へ吹き飛ぶ。
「……よもやここまでとはな。少々貴様を侮りすぎていたようだ。認識を改めよう」
ハーベルは一歩、また一歩と下がり距離を取る。そして──
「“土壁”」
「また壁か……!」
壁がせりあがる。
「チッ! 射線が……!」
戦場にはハーベルの作り出した壁が多く残されている。そして今この瞬間もその壁が増殖している。
気付けばリヒトはハーベルの姿を完全に見失っていた。
「あまりこの手は使いたくなかったのだがな」
ハーベルはぽつりと呟き地面を見つめた。
「“土潜”」
地面に溶けこむ──
影も形もそこにはもうない。
「クソッ…見失った……」
目の前には土でできた壁しかない。リヒトは選択を迫られていた。
「迂回かよじ登るか……」
迂回をするのは簡単。だが壁を登り高さをいうアドバンテージを得れば弓が機能する。
リヒトは決断した。これこそが最適解だと信じて。
だがしかしその逡巡こそが過ちだった──
「よし登る……かっ……!?」
「“土槍”」
完全なる死角からの急襲──
土に潜りリヒトの背後に回ったハーベルは土の槍にてリヒトの腹を貫いた。
「不意打ちですまんな。だがまだ二人残している。我もあまり消耗したくないのだ」
ハーベルは土の槍を乱雑に引き抜く。
「ぐ……っ……うっ……!!!」
腹に風穴の空いたリヒトは地面に這いつくばった。誰が見ても戦闘を継続できる状態ではない。
「つらかろう。今楽にしてや──」
トドメを差すためハーベルが手を振り上げた直後、上空から見知った魔力の消失を感じる。
「ガルグ……!?」
僅かな間だがハーベルの視線は上空へと向いた。しかしすぐに視線を地面へと戻す。
「……! 消えた……。いや逃げたか」
血痕が木々の隙間へと続いている。
──あの出血量、よもや戦える状態にないと思うが……
「ふむ、念のためだ」
ハーベルは両手を合わせた。
「“魔力探知”」
──辺りにそれらしき魔力反応がない。これは……
「死んだか」
──死んでねェよ!!
リヒトは意識を朦朧とさせながらも確かに生きていた。しかしハーベルの魔力探知に引っかからなかったのもまた事実。それは何故か? 答えは簡単。単純にリヒトは自らが発する魔力を限りなく0に近づけたからだ。
だが通常それは不可能だ。それこそハーベルがリヒトの死を確信するくらいには。この世界の生物は全て魔力を保有し体から魔力を発している。この世界で魔力を発していないのはただの石や水といった無機物ぐらいなものである。
誰が自分を石や水そのものだと思い込むことができよう。
──しかしリヒトは確かに見た。人間にして魔力を全く保有していない例外中の例外を。
「エインさん……」
魔法を発動すればオレの存在に気付かれる。だけど魔力の込めていないただの矢ではまともなダメージはまず入らない。
「だったら……」
──体内での魔力操作は異様に上手い
──弓を自分の体と同じように認識している
「ホロスさん……」
一瞬だけ弓に魔力を通す──
「“雷矢”……」
極限の集中化で放たれたそれは雷そのもの。空気を切り裂き音を越える。
周囲の枝が焼け焦げ、今にも地面に落ちそうだ。
しかしその枝が落ちるよりも速く──
雷撃がハーベルの胴を貫いた──
「…ッ!? ……意趣返しと…言うこと……か…………」
ハーベルはバタリと倒れ地に伏す。
同時に枝が地面に落ちた。
リヒトは弓を強く握りしめ。
「兄ちゃん……!」
意識を失いその場に倒れ込んだ。
第16話 紡ぐ




