第五話:第三砦防衛戦 其の参
※読者の皆様へ
本作には一部、戦場における暴力描写・残酷な表現(流血や部位の損壊など)が含まれます。苦手な方はご注意のうえお読みください。
冷たい雨が止み、地面がぬかるみ始めた。
大鉄門の前に展開した百人の防波堤。背後に退路はなく、見上げるような灰色の石壁が重々しく塞がっていた。
雨を吸い込んだ上衣と野袴がずしりと重く肩に食い込み、冷えた布地が皮膚へ不快に張り付く。足元のぬかるみに草履が沈み込み、踏ん張るたびに泥が脚絆まで跳ね上がった。
俺——凛の周囲に並ぶ一般兵の多くは、この薄手の布に身を包んだ軽装だ。これといった甲冑などない。
当たり所が悪いとそのまま命を落とす。
だが、列の最前列で槍を構える部隊長や副部隊長、そして幾多の地獄を潜り抜けてきた熟練兵たちの姿は違っていた。
彼らの身には、数々の刃傷や凹みが刻まれた古びた革胴や、打ち直された鉄の肩当が装着されている。
長年の戦場で見につけた「生き残るための防具」だ。雨に濡れて鈍く光るその鉄甲は、彼らが経験してきた凄惨な場の数を無言で物語っていた。
「弓隊、構え! 弩砲隊、標的を正面の森に固定せよ!」
壁上の「武者走り」から、老将・陣の冷徹な声が降ってくる。
頭上を見上げれば、弦を引くための革手袋を嵌めた弓隊がズラリと並び、矢先を前方の森へ向けていた。その背後では補給隊が走り回り、重い矢箱や予備の矢を次々と運び込んでいる。要塞としての連携は完璧に機能していた。
しかし、門前に並ぶ百人と俺の間に漂うのは、押し潰されそうな死の匂いだ。
「ひ、ひぃ……凛、俺……死にたくないよ……っ」
俺の隣で槍を構えるのは、甚平だった。 最初の戦場で知り合って以来、同じ遊撃部隊で泥を舐め合ってきた悪友だ。六尺(約180センチ)近い長身で並びの中でもひときわ頭一つ飛び出しているが、その体躯はひょろりと細く、か細い腕で握る槍の柄はカタカタと乾いた音を立てて震えている。
まさかこの第三砦に来ていたとはこのときに初めて知ることになった。
二度の地獄を共に生き延びてきた奴でさえ、桃太郎という絶対的な信仰を失ったいま、この「防波堤」という役割はただの処刑場にしか見えていないようだった。
俺は濡れた手で刀の柄を固く握り直した。
革胴も鉄甲もない。頼れるのは己の脚力と、この一本の刃だけだ。
「——迎え撃て! この第三砦を越えさせるなッ!」
壁上から陣の怒号が響いた、その瞬間だった。
バキバキバキッ! と鬱蒼とした森の奥で大木がへし折れる不穏な重音が轟いた。
暮れかけた薄暗がりと森の重い影に遮られ、その姿は判然としない。だが、人型を遥かに逸脱した異形のあの黒鬼くらい巨大な影——群れを率いる鬼の将軍が、森の樹木を軽々と押し潰しながら前進してきているのだ。
そのバケモノの影に押し出されるようにして、無数の雑鬼どもが躍り出てきた。 歪んだ角に、血と泥に塗れた醜悪な肉体。その手には、大木を大雑把に削り落としただけの歪で粗悪な木製こん棒が握られている。技術も装飾もない武具だが、鬼の腕力が振り下ろせば人間など容易く叩き潰す凶器だ。
狂乱の咆哮とともに、地鳴りを立ててこちらへとなだれ込んでくる。
「射てええっ!!」
号令とともに、壁上から一斉に矢の雨が放たれた。大型弩砲から放たれた太矢が空を裂き、先頭の鬼たちの胸肉を穿つ。
だが、止まらない。
仲間の死体を踏みつけ、こん棒を振り回して矢を払いながら、鬼の波は速度を増して突き進んでくる。
「桃太郎様の仇だッ!!ぶち殺せええええええええ!!!!!」
遊撃部隊長の雄叫びに呼応するように皆が殺気立つ。入り乱れた殺気は若手に圧をかけてくる。
「甚平、槍を離すな! 来るぞッ!」
「う、あぁぁぁっ!」
目と鼻の先。鬼どもの血走り開かれた眼球と、振り上げられた木製こん棒が視界を埋め尽くす。 息が詰まるほどの生臭い風が、俺たちの顔を叩いた。
刃と丸太のような木塊が交錯する——その一瞬前、俺は泥を蹴って身を低く構えた。
(第五話 完)
読んでいただき感謝感激です!!!!!!!!!!!!
AIをふんだんに使用していますが
これからも「桃太郎を継ぐ者たち」をよろしくお願いします!




