第二十一話:第七砦奪還戦 其の壱
※読者の皆様へ
本作には一部、戦場における暴力描写・残酷な表現(流血や部位の損壊など)が含まれます。苦手な方はご注意のうえお読みください。
一
九代目桃太郎の放つ圧倒的な威厳と、第七砦陥落という衝撃的な知らせは、栗山城に集った三千の兵士たちの心を激しく揺さぶった。
本陣の櫓の上で九代目桃太郎が静かに言葉を締めくくると、その傍らに控えていた一人の男が一歩前へと進み出た。
男は刺繍の施された黒い陣羽織を纏い、目元を深く覆うような布を巻いている。彼こそが、この討伐軍の頭脳である戦術家集団——通称「雉」の筆頭であった。
戦術家は静寂の広がる広場を見下ろし、通る声で指示と軍の内訳を全軍へ伝達し始めた。
「皆のもの、静粛に! これより本討伐軍の編成、ならびに出陣の手はずを伝える!」
その声は城内に過不足なく響き渡る。
「本討伐軍の総員は、三千。その内訳は、正面からの突撃と陣形維持を担う『戦士』二千五百。遠距離からの牽制と砦への打ち込みを担当する『弓隊』四百。山林における隠密・索敵・工作を担う『猿』百。そして、戦況の分析と伝令を司る我ら『雉』が十!」
弓隊が四百と少なめに設定されているのは、今回は密林の移動と直接の砦奪還戦が主眼であるため機動性を考慮した結果であること、そして「猿」と「雉」という専門部隊がそれぞれの能力を発揮して全軍を支えることが次々と告げられていく。
「明朝、日の出と共に進軍を開始する! 今宵は英気を養い、武具の手入れを怠るな!」
広場からは「ははっ!」という重々しい声が返り、それぞれの隊列へ向けて兵士たちが解散を始めた。
広場の端、群衆の波に押されそうになりながら、甚平は大槌を背中でカチャカチャと揺らし、目を丸くして頭を抱えていた。
「ええと……凛、すみません……俺、頭が良くなくて……。さっきの偉い人が言っていた『さる』とか『きじ』とかって、一体なんのことなんですか……? 動物を連れて行くんですか……?」
情けない声を上げる甚平に、凛はふっと優しい笑みを浮かべた。
「違いますよ、甚平。動物のことじゃないんです。『猿』というのは、僕たちの国の正規軍にいる隠密部隊のことです。泥や影に隠れて、敵の伏兵を見つけたり罠を解除したりしてくれるすごい人たちなんですよ」
「へぇぇ……! 影に隠れる人たちですか!」
「ええ。そして『雉』というのは、さっき指示を出していた人たち……戦術家のことです。戦場全体の動きを高い所から見渡して、僕たちに一番いい戦い方の命令を出してくれる軍の頭脳なんです。だから、僕たち『戦士』は余計な心配をせず、目の前の敵に集中できるんですよ」
「なるほど……! 凛さんは物知りですねぇ……」
甚平は感心したように何度も頷いたが、すぐに「はあぁ……」と深いため息をつき、再び大きな身体を縮こまらせた。
「でも……やっぱり怖いです……。鬼なんて、話に聞くだけで血が凍りそうです。明日、本当に本物の鬼と戦うなんて……俺、生きて帰れるのかな……」
甚平の手は、大槌の柄を握りしめたままガタガタと震えている。
だが——その隣に立つ凛の瞳に、怯えの色は微塵もなかった。
十五歳の少年の全身からは、静かだが揺るぎない自信が溢れ出ていた。
(怖くないと言ったら嘘になるかもしれない。でも……)
凛はそっと、腰に差した真剣「影月」に指をかけた。この刀は善蔵から譲り受けた刀であり、餞別である。長年正眼流の剣士に愛用されており、とても手になじむ。
脳裏に浮かぶのは、九年間過ごした正眼流道場での日々。師範・善蔵から受けた血の滲むような稽古。真剣を交え、己の限界を削り出し合いながら五百回以上も殺陣を繰り広げた雄真との死闘。
あの凄絶な手合わせの日々に比べれば、胸の中に湧き上がるのは恐怖ではなく、積み重ねてきた技を本物の戦場で証明できるという確固たる手応えであった。
「大丈夫だよ、甚平」
凛は甚平の肩をぽんと叩き、澄み切った力強い瞳で微笑んだ。
「僕たちは、勝つためにここにいるんだ。それにあの英雄・桃太郎が導いてくれる。」
「凛……」
凛の言葉には、嘘もハッタリもない純粋な強さが宿っていた。甚平はその瞳に見入られ、震えていた肩の力をゆっくりと抜いていった。
二
やがて夜が深まり、栗山城を包む篝火の明かりも静かに落ちていった。
明日への出撃を控えた三千の兵士たちが兵舎や天幕で静かに寝静まる中、城の中央に佇む本陣だけは、異様な緊張感と重苦しい静寂に包まれていた。
部屋の中央に置かれた大きな作戦机。そこには第七砦とその周囲の立体地図が広げられている。
机を囲んでいるのは、桃の家紋の陣羽織を纏った九代目桃太郎と、その側近である「雉」の戦術家たち数名であった。
「……で、どうなのだ」
九代目桃太郎の低い声が部屋に響く。九代目は齢二十五であり、さわやかな好青年であったがどこか老将のような貫禄を醸し出していた。
戦術家たちの顔は一様に暗く沈み込み、机の上に置かれた何通かの調書を見つめて頭を抱えていた。
筆頭の戦術家が、重い口を開く。
「……厳しい状況です、桃太郎様。数日前、陥落した第七砦から命からがらこの栗山城へ逃げ延びてきた唯一の生還者——門番を務めていた兵士からの聞き取りが完了いたしました。しかし……その内容が、あまりにも不可解極まるのです」
「話せ」
「はっ……。生還した門番兵の証言によりますと、事件が起きた夜、砦の周囲には一切の不審な気配もなく、鬼の襲撃の予兆すら存在しなかったとのことです。外壁の警戒も厳重で、門番たちも平常通り職務に当たっておりました。平和な夜だった、と」
「ふむ……」
「しかし……突然砦の内部から凄まじい悲鳴と怒号が飛び交い始めたのです」
戦術家は苦々しい表情で調書を指し示した。
「何事が起きたのかと門番兵が砦の内部へ駆けつけたところ、既に第七砦を統括していた将軍が、何者かによって首を刎ねられて倒れていたとのこと。そして……その惨状の真ん中に立っていた血塗られた赤肌の鬼が、自らを『鬼同丸』と名乗り、凄まじい咆哮を上げたというのです」
九代目桃太郎の鋭い眉が微かに動く。
「外からの城壁突破でもなく、門の破壊でもない。鬼同丸は突如として『砦の最深部』に姿を現し、指揮官である将軍を即座に暗殺したのです。そして鬼同丸の咆哮を合図に、どこからともなく無数の雑鬼どもが砦内部、外部で一斉に跳ね起き、襲いかかってきた……。指揮系統を失い、内部から混乱に陥った砦は、反撃の陣形を組むことすらできずにわずか一刻足らずで完全崩壊。門番兵は狂乱する惨劇の中を、死に物狂いで逃げ出してきたとのことです」
部屋に重い沈黙が流れた。
外攻めの城塞として完璧な防御を誇っていた第七砦が、なぜ一晩で落ちたのか。
その答えは、「外からの攻撃」ではなく、「原因不明の内部侵入と即座の首魁暗殺」であった。
「……結界か、あるいは未知の潜入術か。それとも内部に内通者がいたとでもいうのか……?」
一人の戦術家がこめかみを押さえながら呟く。
「分かりませぬ。しかし確かなのは、鬼同丸という将鬼はただの力自慢の怪物ではないということです。人間側の隙を極限まで突き、戦う前に敗北を決定づける陰惨たる知略……それこそが鬼同丸の真の恐ろしさ」
「要するに……」
九代目桃太郎が静かに言葉を継いだ。その瞳には、暗闇の中でも失われない冷徹な光が宿っている。
「我らが向かう第七砦は、既に鬼同丸の手によって内部から改造され、いかなる初見の罠が仕掛けられているかも分からぬ『伏魔殿』と化しているということだな」
「恐れながら……その通りでございます。正面から破城槌を叩きつけたところで、砦の内部に足を踏み入れた瞬間、どのような惨劇が待っているか……」
戦術家たちは深刻な面持ちで顔を見合わせる。
「フ……」
その時、九代目桃太郎の口元に、かすかな笑みが浮かんだ。
「案ずるな。敵が知略を巡らせるならば、我らはそれを上回る武と理をもって叩き潰すのみ。明日、『猿』に砦の周囲と内部の空間の歪みをくまなく探らせる。我ら三千の刃で、七時の穴を塞ぐぞ」
九代目桃太郎の手が、腰の太刀の柄へ力強く置かれた。その一動作で、部屋に漂っていた重苦しい絶望感が一瞬で吹き飛ぶ。
「はっ!!」
戦術家たちは深く平伏した。
三
静まり返った兵舎の暗がりの中で、凛は静かに目を閉じて坐禅を組んでいた。
隣では、疲れ果てた甚平が大きないびきを立てて泥のように眠り込んでいる。その無防備な寝顔は、昼間の恐怖を嘘のように忘れさせていた。
凛は呼吸を整え、丹田に深く意識を沈めていく。
(明日……ついに戦場へ向かう)
本陣で九代目桃太郎たちが頭を抱えているような「鬼同丸の不可解な謎」を、凛はまだ知らない。
だが、十五歳の少年の直感は、これから向かう戦場が単なる斬り合いでは済まない、底知れぬ悪意に満ちていることを予感していた。
(師匠、一兄、詩織姉……。見ていてください)
凛はそっと真剣「影月」の鞘を愛おしそうに撫でた。
廃れたと笑われ、周囲から哀れみの視線を向けられた正眼流。
だが、その真の理——敵の動きの予兆を見抜き、最小限の動作で絶対の勝利を手繰り寄せる技は、戦場においてこそ真価を発揮するはずだ。
東の空が微かに白み始めるまでのわずかな静寂。
静かな決意を胸に秘めた凛は、深く長い息を吐き出し、明日訪れる激闘の瞬間へ向けて、静かに体力を蓄えていくのだった。
(第二十一話 完)
読んでいただき感謝感激です!!!!!!!!!!!!
AIをふんだんに使用していますが
これからも「桃太郎を継ぐ者たち」をよろしくお願いします!




