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第二十話 :血風の初陣

※読者の皆様へ


本作には一部、戦場における暴力描写・残酷な表現(流血や部位の損壊など)が含まれます。苦手な方はご注意のうえお読みください。



一

道場を旅立ってから一週間。


十五歳となった凛は、足腰を鍛え上げた正眼流の脚力でひたすら街道を突き進み、ついに目的地である最前線の拠点——「栗山城(くりやまじょう)」へと無事到着を果たしていた。


西の空が赤から紫へと染まりゆく黄昏時。

山あいに佇む栗山城の巨大な城門を潜り抜けた瞬間、凛の息が思わず止まった。


「あ……」


目の前に広がっていたのは、凛がこれまでの人生で一度も目にしたことのない、あまりにも壮大な「戦争」の光景だった。



広大な城内の曲輪(くるわ)や馬場には、見渡す限りの兵士たちが溢れかえっていた。甲冑の鉄が擦れ合うカチャカチャという乾いた音、馬のいななき、威勢を張る怒号、そしてそこかしこから立ち上る篝火(かがりび)の煙。その数、およそ三千。




五年間、山奥の静かな道場で善蔵や弟子たちと向き合い、せいぜい雄真と二人で刀を交えてきた凛にとって、三千という人間が一箇所に蠢く圧倒的な群衆の圧力は、あまりにも強烈すぎた。



(こんな……こんなにたくさんの人が、全員鬼を斬るために集まっているのか……?)



夕闇が深まるにつれ、重苦しい緊張感が空気を支配していく。兵士たちの顔は篝火の赤い光に照らされ、誰もが鋭く荒んだ眼差しをしていた。これから向かう戦場の苛烈さを物語るようなその雰囲気に、凛の胸はぎゅっと締め付けられた。



(怖い……。僕、本当にこんなところで戦えるのかな……)



己の小ささと、眼前の圧倒的な空気感に呑まれ、足がすくんで恐怖に押し潰されそうになる。


その時だった。



「ひ、ひえぇぇ……神様仏様、どうかお助けください……南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏……ッ!」



すぐ隣から、歯の根が合わないほどガタガタと激しく音を立てて震える声が聞こえてきた。


凛が驚いて振り向くと、そこには驚くほど巨大な武器を担いだ一人の少年が立っていた。


体格は凛よりも一回り大きく、丸みを帯びた大柄な体躯。だが、その背中に括り付けられているのは、大人の身長ほどもある「六尺の大槌(おおづち)」であった。太い丸太の先端に巨大な鉄塊を打ち付けたような物物しい武器だ。


しかし、そんな恐ろしい大槌を担いでいる見た目とは裏腹に、その少年は素朴で丸っこい顔を涙と鼻水でぐしゃぐしゃにし、小さく丸まって今にも倒れそうなほどビビり倒していた。



「ひゃうっ!?」



凛が視線を向けただけで、少年は変な悲鳴を上げて飛び上がった。


二

「あ、ごめんなさい! 脅かすつもりじゃなかったんだ」


凛が慌てて両手をかざすと、少年は胸を押さえて荒い息を吐いた。


「は、人向けのお声がけ……!? た、助かった……てっきりもう鬼が後ろに立っていて、俺の首を刎(は)ねに来たのかと……」



「大丈夫だよ。僕は凛。正眼流の凛っていうんだ」



「凛……さん。俺は……俺は甚平(じんべい)……」


甚平と名乗った少年は、袖で鼻を擦りながらほっとしたように息を漏らした。間近で見ると、本当に人の良さそうな、どこか気弱な雰囲気が漂っている。


「甚平さん、その背中の大槌……すごく大きくて強そうだね」


「これですか……? 俺、流派は『剛柔流』なんですけど……道場でも一番の落ちこぼれで……。力だけはあるからって、師範にこの六尺の大槌を持たされて連れてこられたんです。でも俺、本物の戦なんて出たことなくて、周りの人たちが強そうで……怖くて胃が千切(ちぎ)れそうなんです……」


小さくなって打ち明ける甚平の姿に、凛はふっと肩の力が抜けるのを感じた。


(僕だけじゃないんだ。こんなにすごい武器を持っている人でも、僕と同じように怖がっている……)



「僕も……初陣なんだ。さっきまで、圧倒されて、足が震えてた」


「えっ!? 凛も……!?」



「うん。だから、お互い様だよ。一緒に頑張ろう」



凛がまっすぐな瞳で微笑むと、甚平の目からぽろぽろと涙が溢れ出た。



「凛……! 俺、俺っ、凛のためなら死ぬ気でこの大槌振ります……!」


二人が微笑み合い、気持ちを通わせ合わせたその時だった。


「おい……見ろよ、あのガキ」

「あの上衣……桃色だろ? 嘘だろ、あの『正眼流』かよ」



周囲にいた若手の兵士たちのひそひそ話が、凛の耳に届いた。

彼らの視線は、凛が身に纏っている正眼流の証——薄桃色の上衣に注がれていた。その瞳に浮かんでいるのは、嘲笑や蔑みというよりも、むしろ「哀れみ」であった。


「正眼流なんて、もう何年も前に廃れた古臭い流派だろ……」

「こんな若いガキが、あの桃色を着せられて前線に送り出されるなんてな」

「可哀想に。ろくな技も教わってないだろうに、最初の小競り合いで死ぬぞ……」



(哀れみの目……)



凛はそっと自分の上衣の裾を握りしめた。

正眼流が世間からどう思われているか、善蔵から聞いてはいた。だが、実際にこうして面と向かって憐憫の視線を向けられると、胸の奥がチリチリと痛む。


(違う……! 善蔵師範の教えてくれた正眼流は、まちがっていない......!!)


言い返したい衝動をぐっと呑み込み、凛が拳を握りしめたその瞬間——。


城の中央、一段高く作られた本陣の櫓(やぐら)の上から、空気を一変させるような凄まじい「圧力」が舞い降りた。


三

静寂が、一瞬にして三千の兵を包み込んだ。


ざわついていた兵士たちが誰からともなく口をつぐみ、息を呑んで櫓の上を見上げる。


そこに立っていたのは、一人の男だった。


背には、鮮やかな桃の家紋が大きくあしらわれた陣羽織。頭には白地に桃の刺繍が入った鉢巻を固く締め、腰には異彩を放つ長短二本の太刀を差している。



——九代目桃太郎。


鬼退治の象徴であり、この討伐軍を束ねる真の総大将であった。


九代目桃太郎がただそこに立ち、すっと眼下を見渡しただけで、三千の兵士たちが放っていた荒々しい殺気や恐怖の波動が、まるで重い磁石に吸い寄せられるかのように一瞬で静まり返った。


凛の『眼』が、言葉を失うほどの衝撃でその姿を捉える。



(なに……この人……!?)



凛の皮膚が、ビリビリと痺れるような錯覚を覚えた。

その立ち振る舞い、足の置き方、背筋の伸び、重心の移動——そのすべてに一切の隙がない。静かに立っているだけで、周囲の空間そのものを支配しているかのような、桁外れの風格。


長年、師範である善蔵を「圧倒的な剣の達人」として尊敬し、見上げてきた凛だったが、目の前に立つ九代目桃太郎の発する気圧は、善蔵のそれすらも遥かに凌駕していた。



(師匠よりも……すごい.......)



己と、そして目の前の英雄との間にある、見上げるような圧倒的格差。

凛は恐怖とはまた違う、武者震いに似た戦慄で全身の毛穴が開くのを感じていた。


九代目桃太郎は、静かに、しかし城の隅々にまで通る澄んだ低音で語り始めた。


「全国より集いし戦士たちよ。よくぞ馳(は)せ参じてくれた」


その声には、聴く者の心を震わせ、自然と膝を折りたくなるような絶大な威厳が宿っていた。


「前置きは要らん。戦況を伝える」



——吉備国(きびのくに)の防衛線は、極めて独特な構造を有している。

人間側の防衛の枢要である中央の「総本山」を取り囲むようにして、外周部には十二の最前線要塞——すなわち第一から第十二までの「砦」が放射状に建設されていた。


上空から見下ろせば、それはあたかも巨大な時計の文字盤のごとき配置を成している。

真上にある北の十二時を第十二砦とし、順に時計回りで並ぶ十二の要塞。各砦は隣り合う砦同士で相互に支援を送り合い、鬼どもの総本山侵攻を阻む完璧な円形防壁を形成していたのだった。



そして今、まさにその文字盤の南西——「七時」の文字盤に相当する位置に佇む「第七砦」が陥落したのである。



「我らが護るべき十二の砦の一つ……第八砦と第六砦に挟まれた第七砦が陥落した。敵は将鬼『鬼同丸(きどうまる)』である」


広間にどっと動揺が走った。しかし、九代目桃太郎の次の一言が、兵士たちの背筋をさらに冷たく凍りつかせた。


「……だが、敵の戦い方は未だ一切が不詳だ。生存者は皆無。どのような手段を用い、いかなる謀略を巡らせてあの強固な第七砦を陥落させたのか……その理由は、未だ何ひとつ分かっておらん」



広場を包んだのは、言葉もない重い絶望と困惑だった。

力任せの大群であれば対策の立てようもある。しかし、「なぜ落ちたのかすら分からない」という底知れぬ不気味さこそが、将鬼・鬼同丸の最も恐ろしい点であった。



九代目桃太郎は、腰の太刀の柄にそっと手を置いた。その動作一つで、動揺していた兵士たちの視線が再び一点に集中する。



「敵の正体も、罠の全貌も分からぬ暗闇。だが……七時の防壁に穴が開いたままでは、総本山への侵攻を許すことになる。故に、我らに退(ひ)く道はない」



九代目桃太郎の瞳に、静かながら燃えさかるような意志の光が宿る。


「未知の恐怖を跳ね返し、第七砦を取り戻す! これより第七砦奪還作戦を開始する!」



「「「オオオオオッ!!」」」



地鳴りのような勝ちどきが、栗山城の夜空を突き破った。

未知の脅威に対する恐怖を呑み込み、九代目桃太郎の放つカリスマ性に背中を押されて、三千の兵士たちの士気は一気に沸点へと達していく。


凛は胸の高鳴りを抑えながら、隣の甚平を見た。甚平もまた、恐ろしさに身体を震わせながらも、大槌を固く握りしめて前を見つめている。


周囲の兵士たちが自分に向けた哀れみの視線など、もうどうでもよかった。



(なぜ砦が落ちたのかすら分からない……相手はそれほど不気味で恐ろしい鬼なんだ。でも、九代目桃太郎というすごい人の下で……僕たちの初陣が始まる)



夕闇が完全に落ち、栗山城に何百もの篝火が赤々と燃え上がる。

十五歳の少年・凛は、名刀「影月」の柄を固く握り直し、未知の死地へと続く奪還戦へ向けて、静かに瞳の奥の光を走らせるのだった。


(第二十話 完)

読んでいただき感謝感激です!!!!!!!!!!!!

AIをふんだんに使用していますが

これからも「桃太郎を継ぐ者たち」をよろしくお願いします!

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