第十九話: 託された背中
※読者の皆様へ
本作には一部、戦場における暴力描写・残酷な表現(流血や部位の損壊など)が含まれます。苦手な方はご注意のうえお読みください。
交流戦から一年。月日は瞬く間に流れ、凛は十歳となった。
そして——十四歳だった一馬と詩織が十五歳を迎え、国の徴集令に従って戦場へ赴く旅立ちの刻が訪れた。
出陣の前夜。道場の母屋では、ささやかな壮行の宴が開かれた。囲炉裏の火がパチパチと爆ぜる音の中、一馬は握り飯を豪快に頬張り、詩織は静かに湯呑みを傾けている。
「凛、俺たちが留守の間、道場を頼んだぞ。師範の言いつけを守って、しっかり鍛錬に励むんだ」
食後、庭先に出た一馬が、凛の頭をわしわしと乱暴に撫で回した。そのゴツゴツとした掌には力強さと、歳の離れた弟弟子への無骨で温かい情がこもっていた。
「一馬兄さん、髪がぐちゃぐちゃになるよ……。二人とも、どうか無事で」
「心配いらないわ、凛。正眼流の教えがあれば、私たちはどんな戦場でも負けない」
詩織は優しく微笑むと、自身の懐から小さな布袋を取り出し、凛の手のひらにそっと握らせた。中には道場の庭に咲いていた桜の押し花が入っている。
「あなたが十五歳になって追いついてくるまで、道場と師範を守ってね」
「うん……絶対」
翌朝、二人は善蔵に向かって深々と頭を下げた。
「師範、行ってまいります」
「……うむ。武運を祈る」
善蔵の短くも重みのある一言、餞別である刀と桃色の上衣を受け取った。一馬と詩織は一度も振り返ることなく、力強い足取りで街道の先へと歩み去っていった。朝靄の中に消えていく二人の背中は、凛の目に恐ろしいほど頼もしく、そして誇らしく映っていた。
——それからの五年は、正眼流の復興と、苛烈を極める鍛錬の日々となった。
二人が旅立った後、交流戦で評判を聞きつけたという若い少年たちが三人、正眼流の門をたたいた。落ち目と囁かれていた道場に、再び素振りをする威勢の良い掛け声が響き渡る。
「腕の力で振るんじゃない。全身を使うんだ」
凛は十歳にして彼ら後輩弟子の指導を任された。言葉で教えることで、正眼流の『理』を己の頭と体で再認識し、剣術への理解は一段と深く研ぎ澄まされていった。
そしてもう一つ、凛の青春を形作ったのは、桜迅流の雄真との極密な手合わせだった。
齢十三のとき、互いの稽古の合間を縫い、道場の裏手や河原で交わした試合の数は、実に五百回を超えた。
「行くぞ凛! 次こそ俺が勝利を収める!」
あの屈辱の敗北から血の滲むような努力を重ねた雄真は、同年代の中で群を抜く凄まじい成長を遂げ、ついには名門・桜迅流の『筆頭門下生』へと上り詰めていた。
雄真の課題は、桜迅流の抜刀術最大の弱点である「刀を振り抜いた直後に生じるわずかな隙」「軌道が読まれやすい」を潰すこと。雄真は一撃を外されても間髪入れずに次の一打へと繋げる「連続抜刀」の境地を開拓していく。
対する凛も、筆頭となり鋭さを増した雄真の超高速の刃を連日浴び続けることで、その動体視力をさらに極限まで磨き上げた。思考を介さず、視界に入った筋肉の収縮だけで体が勝手に最善の回避と受けを選ぶ境地。とても子供とは思えなかった。
最初の頃は凛の勝ち越しが続いていたが、雄真が隙を消すにつれて勝率は拮抗していき、十五歳を迎える頃には、二人の戦績は完璧な『五分五分』となっていた。
「くそっ、また引き分けか……! だが本番の戦場では、俺が一番に功名を挙げてやる!」
「僕だって、負けるつもりはないよ」
夕暮れの河原で汗だくになって笑い合う二人には、流派を超えた絶対の信頼とライバルとしての絆が固く結ばれていた。
そして——。
「凛。明日で、お前も十五か」
静かな夜の道場。善蔵が研ぎ澄まされた一振りの刀を凛の前に差し出した。
「お前の『眼』と、これまで積み重ねた経験があればどこへ行っても恥じることはない。明日、前線の第七砦手前の栗山城へ向かえ。」
凛は静かに刀を受け取り、鞘から少しだけ刃を覗かせた。
鏡のように磨かれた澄んだ鉄に、たくましく成長した自身の凛々しい顔が映り込む。
桃色の上衣に身を包んで、感謝の意を込めながら義父・善蔵に言葉を投げかける。
「はい、師匠。……行ってきます」
亡き両親の記憶、善蔵の温かい教え、新弟子たちが息吹を繋ぐ道場、旅立った一馬と詩織の背中、そして桜迅流の筆頭となり百回以上の死闘を重ねて成長し合った雄真との約束。
すべての想いをその身に宿し、十五歳となった少年・凛は、ついに命が蠢く本当の戦場へと足を踏み出すのだった。
(第十九話 完)
読んでいただき感謝感激です!!!!!!!!!!!!
AIをふんだんに使用していますが
これからも「桃太郎を継ぐ者たち」をよろしくお願いします!




