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第十六話: 吉備国の剣

※読者の皆様へ


本作には一部、戦場における暴力描写・残酷な表現(流血や部位の損壊など)が含まれます。苦手な方はご注意のうえお読みください。



篠原善蔵(しのはらぜんぞう)に拾われ、正眼流(しょうがんりゅう)の門を叩いてから一年が過ぎていた。



七歳になった凛は未だに慣れない持久走、千回の素振りに苦戦していた。手の豆は硬くなり、足についた傷は数え切れず痛ましさを感じる。そして単なる剣や体の修行だけで終わるものではなかった。


むしろ、ここから十五歳で戦場に駆り出されるまでの長きにわたる年月をかけて、凛は剣術と並行し、読み書きや吉備国(きびのくに)の常識、そして軍律法度(ぐんりつはっと)を身体に叩き込まれていくことになる。



夜明け前から冷え切った道場で木剣を振り抜き、昼下がりには畳の間で慣れない筆を握る。

普通の子供なら耐えられず、流派替えを選ぶところだが、凛はむしろ心地よさそうに善蔵の眼に映った。



「おい、凛。ここんところの文字、間違っているぞ。『吉備国軍律法度』だ」


日の差し込む小さな部屋で、凛は額に汗を浮かべながら筆を握りしめていた。



隣で腰を下ろし、手本を示しているのは年長の兄弟子、一馬(かずま)だ。大柄で無骨な顔立ちをしているが、筆使いは丁寧で、まだ小さな凛の手元を根気強く指導してくれる。師匠に似たようなものを凛は一馬に感じていた。


「う……ん……」


凛は小さな指で筆を握り直し、紙に墨を落とした。


吉備国において、単なる「刀を振るだけの兵卒」はただの捨て駒に過ぎない。隊を率いる指揮官はもちろん、前線で生き残る兵であっても、地理、軍律、法度(法律)、そして鬼の警戒等級に関する基本的な知識が不可欠だ。それは一朝一夕で身につくものではなく、何年もかけて頭に刻み込むものだった。



「よし、少しずつ形になってきたね。次は……吉備国を支える『四大流派』について。凛、言ってみて!!」


そう声をかけてきたのは、もう一人の弟子、詩織(しおり)だった。小柄で素早く、聡明で凛にとって頼れるお姉さんである。一馬とは同じ12歳であるがどこか大人を感じさせるほど冷静であり美人である。この二人もまた、両親が戦争で命を落とし孤児となったことで善蔵に拾われ篠原の名前を継いでいる。



余りの紙を1枚引き寄せると、手際よく筆で流派の名を書き連ねていく。


「……はい。えっと……『正眼流』と……『犬心流』……『桜迅流』……『剛柔流』……」


凛がつっかえながら答えると、詩織は満足そうに頷いた。


「そう!吉備国の剣士を形作る四つの大きな流派だね。これらはただ強さを競うだけじゃなく、合戦での『役割』がまるで違うんだ」


詩織は筆の先でそれぞれの名を指しながら解説を加えた。


「まず、『犬心流(けんしんりゅう)』。大太刀や太刀での怒涛の連撃を誇り、組織立った集団剣術で陣形を組み、規律をもって敵を圧殺する軍の要。」


「次に『桜迅流(おうじんりゅう)』。抜刀術を基本とし、一対一の攻防においては他の追随を許さない。『将狩(まさか)りの流派』と呼ばれ、敵の強力な将鬼や隊長格の鬼のような一体で強い鬼を得意としているかな。」


「それから『剛柔流(ごうじゅうりゅう)』。大斧や長槍、薙刀といった大武器を自在に振り回す。巨大な鬼の肉体を破壊し、圧倒的な手数で迫る集団戦をまとめて叩き潰すのを得意としている流派だね。」


凛は詩織の言葉を一つひとつ噛み締めるように頷いた。どれも吉備国を支える、立派な流派だ。



「……じゃあ、僕たちの正眼流は……?」



凛が何気なくそう尋ねると、それまで穏やかだった一馬と詩織の顔が、ふっと曇った。


二人とも口を閉ざし、手元の手習い紙に視線を落とす。どこか言いにくそうに気まずい沈黙が流れた。


「——正眼流はな」


静寂を破ったのは、低く重みのある声だった。


いつの間にか縁側に立ち、腕を組んで三人を見下ろしていたのは、師父・善蔵だった。善蔵は畳の上に静かに腰を下ろし、凛のまっすぐな瞳を見つめ返した。


「かつては犬心流と肩を並べ、吉備国で屈指の人気を誇った流派だ。相手の攻撃に応じる反撃はもちろん、攻にも優れ、乱戦や集団戦においても柔軟に応用が利く。隙や弱点が極めて少ない万能の剣術として讃えられていた」




善蔵は静かに太刀の鞘を強く握りしめた。


「攻守に穴がなく、集団でも個でも戦える……これ以上の流派はないと……だが近年、正眼流を修めた熟練の隊長や名のある将軍たちが、戦場で相次いで鬼に討たれた。」


善蔵の声には、消し去れない悔恨と深い葛藤が滲んでいた。



(なぜだ……。弱点のない洗練された型を持ち、死線をくぐり抜けてきた弟子や同志たちが、なぜこれほど呆気なく命を落とす……?)



善蔵の胸の内には、答えの出ない苦悩が渦巻いていた。善蔵自身にもその理由がどうしても分からなかったのだ。いや、自分自身による過剰な自信が気づかぬうちに怠惰にさせていたのか??


「相次ぐ敗北と討ち死で、いつしか正眼流は『身を守ることもできず、戦争に勝つこともできない流派』と、世間から欠陥流派のレッテルを貼られることとなった」



だからこそ誰もが犬心流や桜迅流へ流れていき、正眼流の道場からは人が消えた。今や門下生はこの道場にいる一馬、詩織、そして凛の三人しかいない。



一馬と詩織の表情が曇ったのは、自分たちの流派が世間から「死に追いやる流派」と蔑まれている悔しさ、そしてまだ幼い凛にその重荷を背負わせていることへの申し訳なさがあったからなのだ。そして師父である善蔵もまた、流派の衰退と同志たちの死の真相に苦しみ続けていた。



(……でも、僕見たんだ)



凛は手の中の筆をぎゅっと握りしめた。


あの鬼を、無駄のないたった一閃で撃ち滅ぼした善蔵の姿を。世間がなんと言おうと、自分を救ってくれたあの隙のない美しい剣が偽物であるはずがない。


「……僕、正眼流を覚えるよ」


凛の言葉に、一馬と詩織がハッと顔を上げた。



「法度も、文字も、正眼流の型も……全部習得して、兄さんや姉さんに追いつく。そして、戦場に行っても生き残ってみせる」


七歳の幼子の瞳には、迷いのない強固な意志が宿っていた。


その誇り高き『眼』を見つめ、一馬と詩織の胸に熱いものが込み上げた。


「……たくましい弟を持ったもんだね、一馬」


「ああ。……負けていられんぞ、詩織」


二人は顔を見合わせると、どこか気恥ずかしそうに、しかし心底誇らしげに目を細めて笑った。世間から見捨てられ、師父すら葛藤を抱える孤独な道場で、この小さな弟子の存在は、二人にとっても未来そのものだったのだ。


善蔵はそんな三人のやり取りを黙って見つめ、胸の奥の重荷を少しだけ和らげるように息を吐くと、せめて凛が立派に戦地へ行けるよう自分自身の鍛錬もしていこうと考えた。そしてすぐに厳格な師父の顔に戻った。


「口を動かす暇があるなら手を動かせ。凛、墨が乾いたら木剣を持て。十五で戦場に立つその日まで、一刻の無駄も許さんぞ」


「「「はい!」」」


三人の元気な声が、夕暮れの小さな道場に響き渡った。



ーーーその日の夜、町中の松明が消え始め月明りだけが町を照らすころ

九畳ほどの小さな道場横の質素な部屋で、一馬、凛、詩織の順で川の字になり仲良く眠りについていた。

しかし凛はある疑問が頭を支配し、なかなか眠りにつかないでいた。


(なんで僕たちは鬼とたたかうの?母ちゃんが言ってたももたろうは今どこにいるの?)


この疑問を横でいびきをかいている兄弟子たちに問いかけたが、聞く耳がなくなったと言わんばかりに反応がなかった。


凛が諦め厠(かわや)に向かっているそのとき、縁側にあぐらをかいて佇む善蔵の姿を見つけた。


「し......師匠...........」


「まだ起きていたのか........凛」


いつも稽古で見る般若のように厳しい顔つきはどこかに消え神妙な顔つきであった。凛は疑問を容赦なく投げかける。


「なぜこの国は鬼と戦っているのですか?あの英雄・桃太郎は今どこで?」


善蔵の顔が満月が光り輝く夜空とは対照的に曇り始めた。


「知るには頭が足りんと思うが.....いいだろう........」


善蔵は硬い口を紐解くように開き丁寧に話していく。



「お前が話に聞いているのは、英雄・桃太郎が人や里を襲う鬼を懲らしめるために犬、猿、雉と鬼ヶ島へ出向き、赤鬼,青鬼,黒鬼を懲らしめ、奪われた財を取り戻したところまでであろう。その話には続きがあってな、」


驚く凛を無視して話を続ける善蔵。


「桃太郎は優しいお方であった。ゆえに鬼は殺さずに帰ってきた...........鬼は改心するどころか復讐のためにもっと人を襲った。やがてそれは国中を覆ってしまってのう..........」


「そのときの桃太郎は鬼ヶ島での功績が認められ、当時の吉備国の姫と夫婦(めおと)になっておった。桃太郎が主導となり鬼から人を守るため十二の砦を築き、今でも我らを守っておる」


「じゃあ桃太郎は今でもこの国でみんなを守っているの??」


「それが今はこの世におらんよ...........流行り病にかかってのう.......妻と息子1人を残して逝ってしまった」


「え.........」


凛の頭が理解を拒んだ、このとき初めて言葉を勉強した自分に後悔をした。顔から生気を失いつつあった。まさか英雄が病で亡くなるなんて...........



「それは今から五十年も前のこと.........儂は一馬、詩織と同じくらいだったな。国中が希望を失って崩壊しつつあった。そんなとき国の強者らが桃太郎の跡継ぎを申し出おった。」


「刀の腕が立ち、流派の師範をしている者、大斧を持ち皆から厚い信頼を得ていた者、ほかにもおってな。七人ほどじゃったかな。当時の国の役人たちは国の希望を取り戻したい一心で名乗りを上げた順に『二代目』、『三代目』・・・と桃太郎を任命しおった。」


「気づいたら桃太郎は『八代目』までになって国を一から作り直し、今の吉備国がある。桃太郎は国の象徴であり、英雄の称号であるのだよ。」


「まあ皆、年のせいで引退し始めているがな。最近は『九代目桃太郎』を腕の立つ剣士から選んでいる最中じゃ」


凛の頭は絶え間ない情報と眠気に襲われ、理解が追いついていなかった。


「また今度ゆっくり聞くよ.............師匠...........」


凛は重い頭を揺らしながら、部屋に戻ったのであった。

善蔵は話したりない様子で顔をしかめていた。





ここから十五歳を迎えるまでの長きにわたる年月。泥と墨にまみれ、世間の冷眼や流派の呪縛を跳ね返すような鍛錬の日々が続いていく。



そしてその血の滲むような積み重ねこそが、やがて訪れる凄惨な初陣において、凛の命を繋ぎ止める唯一の刃となるのだった。


(第十六話 完)

読んでいただき感謝感激です!!!!!!!!!!!!

AIをふんだんに使用していますが

これからも「桃太郎を継ぐ者たち」をよろしくお願いします!

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