第十五話:記憶の底、蝶が眼に映る
※読者の皆様へ
本作には一部、戦場における暴力描写・残酷な表現(流血や部位の損壊など)が含まれます。苦手な方はご注意のうえお読みください。
——炎と、焦げた血の匂い。
第三砦の広場で赤々と燃え盛る数千の首の火葬。その炎を見つめていた凛の意識は、パチパチと骨が爆ぜる音とともに、十五年程前の幼い記憶の底へと落ちていっていた。
当時、凛はわずか六歳だった。
吉備国の辺境にある貧しい農村。そこで育った凛は、生まれつき異常な眼を持っていた。相手の指先の微妙な動き、跳ねる飛蝗の脚の収縮、風に舞う落ち葉の筋すらが、集中して見ると、まるで止まっているかのように鮮明に見えてしまう超人的な「動体視力」である。
ゆえに、物事に関しての感受性が高くなり、色々な仕事や人に興味を持った。
村人たち農作業を一日中眺め,農作業を手伝うことや鍛冶職人の工房に入り浸るなど村のすべての仕事をその目に焼き付けるようになっていた。村の仕事人や大人には好かれる一方、同世代の子供には気味悪がられていた。
そのせいか凛は子供と遊ぶことはなく、孤独に村を探検しまわるようになっていた。
そんな凛の人生を根底から変えたのは、村に襲来した雑鬼と、一人の剣士との出会いだった。
日が沈み始め、村の住人たちは農作業をやめて夕飯の支度を行う者、酒を酌み交わす約束を結ぶ者、子供は鬼ごっこをやめ家に帰るころ、凛は農作業を片付けるおじさんらを畑のそばから眺めていた。
そのとき、襲撃が起こった。
飢えた鬼が食糧を求め人里を襲撃することはこの国ではよくある話。
人間を喰らうため、人間が育てている家畜や農作物を喰らうため、鬼の目的はバラバラであるが利害が一致している。
「凛!! 兵のおっちゃんを呼んできてくれ!!!!」
凛は村に数人しかいない農民兵を呼ぶことになった。村を飽きるほど日々探検してきた凛にとって最短ルートで助けを呼ぶことは容易であった。
村を防衛するために立ち上がったのは、竹甲冑を着た古参の農民兵たちだった。
威勢よく槍や刀を携えて雑鬼に立ち向かう。
しかし、雑鬼とはいえ数が多かった。数人で十数匹の雑鬼を撃退することは経験が乏しい農民兵には苦戦を強いられた。さらに鬼の怪力と爪の前には刃が立たず、泥に塗れて悲鳴を上げ、次々と追い詰められていく。
(あ…おっちゃんが.......殺される……)
物陰から息を殺して見つめていた六歳の凛の眼には、鬼の爪が兵士の喉元へ迫る軌道が恐ろしいほど鮮明に映っていた。その光景は齢6歳の子供には惨く、トラウマに残るものであった。
その絶望の渦中——泥を跳ね上げて割って入った一人の初老の男がいた。
男は大上段に構え直すような無駄な動きを一切せず、迫り来る鬼の振り下ろした腕の『下』を最小限の体さばきですり抜けた。同時に、相手の攻撃の勢いそのものを利用するように刃を合わせ、喉笛を浅く、しかし的確に断ち切る。間髪入れず、別の一頭の突進の余勢に合わせて最小の軌道で太刀を刺し入れていた。
相手の攻撃に完璧に合わせて反撃を叩き込み、動作の『無駄』を極限まで削ぎ落とした合理の剣法。凛の眼には蝶が舞うような美しさが映り、背中は同じ戦士であった両親の面影を感じていた。
泥臭い乱戦を瞬時に鎮圧し、全滅させたその男こそ、「正眼流」当主・篠原 善蔵であった。
正眼流。それは吉備国の全軍において数多くの精鋭兵士を輩出し続ける、この国における「四大流派」の一角を担う名門であった。
刀を収めた善蔵は、ふと立ち止まり、物陰から自分を見つめていた六歳の凛へ視線の焦点を合わせた。
善蔵の眼が細められる。
鬼が襲来した極限の恐怖の中で、周囲の大人たちが腰を抜かして泣き叫ぶ中、その小さな少年だけが微動だにせず、静かに踏ん張った足の重心と体の軸を保ち続けていたのだ。
(恐れで固まっているのではない……?)
善蔵は、言葉では言い表せない強烈な興味と予感に惹きつけられた。善蔵はこの時、凛が超人的な動体視力を持っていることなど露知らず、ただその直感的な身体の遣い方に天性の才能を見出したのだった。
「そこの童、名はなんという」
「..............凛......」
「凛、この村の村長のところへ案内を頼めるか?」
「うん、ついてきて」
善蔵が村長を訪ねて凛の両親を探させる。すると残酷な事実が判明する。
凛の両親は数年前の戦争で既に他界しており、親戚もおらず、村人の間をたらいまわしにされながら、かろうじて生き延びていたのだ。
それを知った善蔵は、眉間に深いシワを刻むと、村長に向かって短く言い捨てた。
「この子はおれが貰い受ける。今日からお前は篠原凛だ」
善蔵は凛の手を引き、そのまま総本山西側はずれの山中の道場へと連れ帰った。
戸籍上は「篠原凛」として養子に迎え入れられたものの、善蔵がそれを他人に、あるいは凛自身に対して特別な親子の情として示すことはなかった。公にはあくまで「一人の門下生」として扱われ、道場での生活が始まった。
しかし、幼い凛は善蔵に連れられ,道場に足を踏み入れたとき、そこには奇妙な光景があった。
国にその名を知られる四大流派の本山でありながら、道場に身を置く門下生は、凛を含めてわずか三人しかいなかったのだ。
凛以外の二人は、すでに何年も泥に塗れて稽古を続けている様子の年上の兄弟子たちだった。四大流派と聞いてもっと大勢の剣士が群がっているかと思いきや、広々とした道場は不気味なほど静まり返っていた。
だが、幼い凛にはそれが異常だとは分からなかった。
「凛、今日からお前はこの道場で人生を捧げることになる、いいのか?」
両親を亡くし、たらいまわしにされていた凛にとってこの状況は、親や兄ができたみたいで嬉しく、なんの嫌悪もなく受け入れられた。
そして、あの日見たように剣で舞いたいと強い憧れを抱く。
引き取られた翌朝、まだ薄暗い境内で、善蔵は容赦なく幼い凛に稽古を命じた。
「まずは走れ。山頂の祠まで往復十回。それが終われば素振りを千回だ。技を覚える前に、己の足を地面に叩きつけ、体幹を固めろ!!!」
「……はい、師匠!!!!」
六歳の小さな身体にはあまりに苛烈な負荷だった。足の裏は血に染まり、竹刀を握る小さな手からは皮が剥けた。だが、自分の存在理由すら見出せなかった凛にとって、善蔵から与えられる苛烈な修行は、初めて世界と繋がる確かな糧であり人生の見方を変えるものだった。
兄弟子たちの背中を追い、泥と汗に塗れながら素振りを繰り返す日々。
四大流派でありながら、なぜ門下生が三人しかいないのか。
正眼流になにがあるのか。
何も知らぬまま、六歳の凛はただ泥臭く、己の肉体を削り出す地獄の稽古へと没頭していったのである。
(第十五話 完)
読んでいただき感謝感激です!!!!!!!!!!!!
AIをふんだんに使用していますが
これからも「桃太郎を継ぐ者たち」をよろしくお願いします!




