攻略対象:騎士候補生(後編)
時は少し遡り、第三王子たちが学院に入学する春のこと。
騎士候補生ブライト・ランカスターの父親は騎士団長だ。
騎士団長といっても、圧倒的な権限を持つわけではない。
軍団長という、騎士以外の兵士を統括する役職がある。部下の数は軍団長の方が多い。
その上には軍務卿がいて、騎士団長の意見が取らないことも珍しくない。
一方で、騎士団の中に近衛騎士の部署がある。彼らは見た目も含めて優秀な者たちだ。その近衛騎士の中から、王族の警護をする護衛騎士が選ばれる。
そう。護衛騎士とは選ばれし者たちなのである。
騎士団長は、息子の一人に騎士団長を継がせ、もう一人を護衛騎士にしたかった。
さて、長男と次男。どちらを、どちらにつけるか?
長男のブライトは王子と同じ年齢なので、その縁で護衛騎士になれるように努力するのがよさそうだ。そう結論づけた。
まっとうな過程を通らずとも、同世代という運を最大限に活かせば道は開ける。
騎士団長のそんな野心に振り回されたのは、ブライトである。
王子と同じ学年に在籍することができる幸運を親に感謝しろ、と騎士団長は言った。
「絶好のアピールの機会だ。休み時間や昼休みには、自主的に殿下の護衛を務めるのだ」
自分の思いつきは素晴らしいと、騎士団長は疑いもしなかった。
「父上。ですが、私も学生の一人です。友人としてできるだけ一緒に行動するのと、護衛任務は――違うのではありませんか?
それに護衛のやり方を習っていません」
いつも高圧的な父親に、ブライトは勇気を振り絞って意見した。
その答えは、ただ拳で殴られただけだった。
「鍛錬が足りない己の未熟さを、言い訳に使うな!」
弟が、頬を冷やす氷をブライトの部屋に持ってきた。
「兄上は馬鹿正直ですね。学院の中のことなどわかりはしないのだから、適当にうなずいておけばいいんですよ」
ブライトは、頬を冷やしながらため息を吐いた。
――これが、入学前の出来事である。
そして学院が始まり、隣接する女学校にアンジェリカたちも通うようになる。
神出鬼没のアンジェリカに対する有効な手立てがないまま、秋になった。
次第に、関係者たちは疑心暗鬼に囚われるようになる。
誰が情報を漏らしている?
誰かの手引きがなければ、不可能だろう。
一体、何が目的なのだ。
そんな中、学院で野外実習が行われた。
草を摘み、火を焚いて料理を作る。有事の際の訓練である。
平和な時代が続いたことで形骸化しているが、キングスフォード学院は優秀な軍人とそれを支える文官を育成するために設立されたのだ。
第三王子が蛇に噛まれた。
野外活動なので、当然、護衛騎士がついていた。
だが、膝丈の草むらでの出来事だった。
木に絡まった蔦に実った実を採取している時、足首に一瞬痛みが走った。
「しまった。ヒルか?」
厚手の靴下を下ろして確認した。ほんの少し血が滲んでいるだけで、大した怪我ではなさそうだった。
「もしかして、蚊だったのか。痒くなったら嫌だな」
王子は周囲を騒がせたくなかった。
最近、母親である第二王妃が、正妃への対抗心を隠さなくなってきた。
自分だけでも野心はないと示さなければ。
王子は静かに学生生活を送りたいと願っていた。
しばらくして、王子の顔色が悪くなった。呼吸も荒くなり、汗が吹き出している。
「殿下、どうなさいましたか?」
護衛騎士がふらついた王子を抱きかかえた。
「さっき、何かに噛まれたかもしれない……」
王子が足首を指差すと、護衛騎士が「失礼いたします」と声をかけ、靴と靴下を脱がせた。
「小さな穴が二つ……同じ大きさだ。もしかしたら蛇じゃないですか?」
「草むらに逃げていったから……わから、ない」
話すだけでも苦しそうになっていく。
医療班が駆けつけてきた。
「蛇だったら、種類が特定できないと、どの血清を使うか決められません。この辺りに生息している蛇に詳しい方は……」
「どうかしましたか?」
緊迫した雰囲気の中に、場違いな明るい声が投入された。
――アンジェリカだ。
「き、貴様は……」
護衛騎士の言葉遣いが、思わず乱れる。
「あ、ヘンリーが蛇に噛まれるの、今日だったんだ」
「殿下を呼び捨てに――!」
「はい、あーん」
アンジェリカはポシェットから出した瓶を、ヘンリーに飲ませた。
護衛騎士が止める間もなく……。
「何を飲ませた!」
護衛騎士は蒼白になって、怒鳴りつけた。
「え、解毒剤ですけど」
アンジェリカは少し身を引き気味にしたが、言い返した。
「あ、楽になってきた」
第三王子は胸を押さえて、そう言った。ばくばくと激しく脈打っていた心臓が、元に戻ってきている。
「君、ありがとう」
第三王子は抱きかかえられたまま、微笑んでお礼を言った。
「ううん。気にしないで。ヘンリーが無事で良かった!」
その場にいた誰もが言葉を失った。
王族に対する言葉遣い。
突然現れて、何もかもわかっているかのように行動する少女。
そして、すでに要警戒対象として認識されている人物だ。
感謝だけですむ話ではない。
「彼女を刺激しないよう、お前が話を聞き出せ」
ブライトは、そう護衛騎士に指示された。
当然、野外実習は中止になった。他の人たちが撤収作業をする中、ブライトはアンジェリカとお茶をしていた。
名目上は、恩人を労うという形にされた。
「君とはよく会うよね。ここで何をしていたのかな?」
内心の恐れを気取られないよう、ブライトは笑顔を作った。
「やだ、そんな他人行儀じゃなくていいよ」
ブライトは、「ただの顔見知りだ」と反論したかった。
アンジェリカは、近くの農場で収穫の手伝いをしていたという。
「繁忙期なので、賃金をはずんでくれるんです」
「君、女学校の生徒だったよね?」
ブライトは彼女の名前を呼びたくなかった。正直に言って、距離を縮めたくない……。
それより、農場から離れた場所をふらふらしているのは、サボりではないか?
「はい。でも一日や二日休むくらい、大丈夫です。それに、わたしがいなかったら、今頃大変だったでしょ?」
「君が殿下に飲ませた物、あれは何だったのかな? 結果的に回復したから良かったけど、王族に下手なものを飲ませたらいけないんだよ」
ブライトは子どもに言い聞かせるように説明した。
「農園のおばちゃんが、蛇に噛まれたら飲みなさいってくれた薬だから、大丈夫だよ?」
上目遣いの目が、怪しく光った。
ブライトは、ここに魔女がいる――そう叫びそうになった。




