攻略対象:騎士候補生(中編)
はっきり言って、異常事態だ。
「いっそ捕縛して、尋問しますか?」
騎士団長の補佐官が冗談めかして、そう問いかけた。
「まだ、そこまでの罪は犯していないからな……」
話題の主は、アンジェリカ・ハートウッド。
地方の男爵家の令嬢だ。
第三王子の周囲をうろちょろしているが、偶然と言われれば否定するのも難しい。
第三王子は、現在キングスフォード学院に通っている。
その通学途中の馬車の前に、アンジェリカはふらふらと飛び出した。
また、あるときは、学院の家族を招く行事に潜り込んだ。手作りのお菓子を持って、王子が友人と談笑しているところに突撃したのだ。
一つ一つは珍しいが、起こり得ないことではない――初めの頃は、そう思われていた。
不敬だが、王族の馬車と気付かずに接触事故を起こすこともあるだろう。
彼には、王太子である第一王子ほど護衛がついているわけでもない。
学院の行事には、アンジェリカは知り合いの伝手を使って込んでいる。学院生の妹が、アンジェリカと女学校で同級生だった。
手作りのお菓子は、友達の兄たちに配るつもりだとたくさん持っていた。毒味をしたが、問題は無かった。
そのため、世間知らずの女の子の振るまいとして、厳重注意に留まったのだ。
だが、そんなことが度重なれば、見過ごすわけにもいかなくなる。
「関係者を集めて、対策を検討しよう」
ランカスター騎士団長は、補佐官に指示を出した。
騎士団の会議の末席に座り、ブライト・ランカスターは小さくなっていた。
彼はキングスフォード学院の騎士科に通う、騎士候補生だ。
本来なら、まだこの会議に参加できる者ではない。
父が騎士団長で、第三王子が学院にいる間は護衛のように側についているため、関係者として呼ばれているだけだ。
第三王子は王籍を抜ける予定がある。生徒たちと気安く交流したいと、学院の中では護衛を連れて歩かないことを好んだ。
学院側も、王族だけでなく高位貴族を預かっていることから、警備を厚くしている。
そのため、ブライトが自主的に護衛を務めることは黙認されるだろう。そう考えていた。
――アンジェリカの存在がなければ。
「彼女の保護者はなんと言っているのだ?」
女学校へ入学するために、アンジェリカは単身で王都へやって来た。令嬢としては、大変度胸のある行動と言える。
「それがひどく恐縮した様子で、『厳しく躾けてやってください』と返事が……」
補佐官が、困ったように眉を下げた。
「躾など親のすることだろう。我々はベビーシッターではない」
第二王妃の野摘み会の警護を担当していた近衛騎士は、顔をしかめた。
補佐官は手紙を見ながら続ける。
「アンジェリカ・ハートウッドは十二歳の頃に大病を患い、それ以降おかしな言動が見られるようになったということです。田舎では頭のおかしな人として排除されるが、都会なら「面白い」と受け入れてもらえるかもしれない……と希望を託したと」
「親も変わり者ということか……」
その独特の思考回路に、騎士たちは言葉を失った。
ブライトは、アンジェリカと会話したことを思い出していた。
学院の中では護衛のように第三王子の側にいられるが、一歩外に出れば、本物の護衛騎士が着く。
ブライトは実力の差を痛感して、がむしゃらに訓練に励んでいた。
弟や同級生に見られたくないので、場所は選んでいる。
そこに、よくアンジェリカが顔を出すのだ。
なぜ察知できるのか、不思議でたまらない。
「君は女学校の生徒だろう。授業の予習や復習をすべきじゃないのか」
別に心配して、親身になろうとしたわけではない。ふと疑問に思っただけだ。
「わぁ。ブライトって、優しいね」
そう、弾んだ声で言われて、ギョッとした。
元々近かった距離が、物理的にさらに縮まっている。
「いや、ちょっと離れてくれ」
「うふふ。照れちゃって。汗臭くても気にしないよ」
言われてみれば、身体を動かしたあとで汗だくだ。
「さっきの質問の答えだけど、女学校って勉強する場所じゃないんだよね。
礼儀作法とか刺繍とか、花嫁修業って感じで。勉強しなくても卒業できそう」
そう軽く受け流した彼女に、嫌悪感を抱いた。
必死に励んでいる自分が、笑われたような気がして――
意識を会議に戻すと、アンジェリカを警戒すべきか否かが議論されていた。
アンジェリカは騎士が事情聴取をする際に、特に反抗的な態度を見せることはない。
むしろ素直な人間だ。
警備の隙間を抜けてくるのも、計画性は感じられない。「そんな偶然が重なるのか……」と呆然とするような、奇跡的なタイミングなのだ。
高官が重要書類を風に飛ばされて、「拾え!」と周囲に命じている隙に。
あるいは猫が鼠を追いかけて、「両方捕獲しろ」と料理人が叫び、騎士たちの注意がそちらに向いた瞬間――
警戒は必要だが、人員を割いて張り付くほどの重要性は感じられない。
関係者たちの神経をすり減らす被害は、甚大だが……。
結局、要警戒対象として、情報を共有するという結論しか出なかった。




