攻略対象:騎士候補生(前編)
護衛騎士にとって、神出鬼没のアンジェリカは恐ろしい存在だった。
彼女が王都に来たのは春だった。
すぐに警戒対象として、護衛騎士全員に情報が共有される。
「なぜだ? なぜあんな場所に現れる?」
護衛騎士の一人が頭を抱えた。
一人の可愛らしい少女が、警備をくぐり抜けてくる。
時には、王子の予定を把握しているかのように、先回りしているのだ。
王族を守るため、命がけで日々職務に当たっている騎士たちを出し抜いて――
「他国の工作員でも、ここまで有能ではないぞ」
「やめてくれ。冗談に聞こえない」
休憩室でそんな会話が交わされている間は、まだよかった。
第三王子の母である第二王妃の「野摘み会」に、アンジェリカが紛れ込んだことで大騒ぎになった。
「誰ひとり、名簿にない人物は通していません!」
会場の入り口を担当していた近衛騎士は、青ざめながら主張した。
「特徴的なピンクブロンドを見落とすなんて、あるでしょうか?」
もう一人の騎士も潔白を訴えた。
これが王城や誰かの邸宅が会場だったら、アンジェリカはすぐに拘束されただろう。
郊外の野原で、牧歌的に楽しもうという趣向の会だった。
近隣の農家から、手伝いの女性たちを出してもらった。そこに貴族の娘が混じっているなど、想定外だ。
「なぜ、貴族の令嬢が、農家の手伝いをしているのだ?」
第二王妃や招待客とは隔離された場所で、近衛騎士はアンジェリカに質問した。
「えっとー。家からの仕送りが心許ないから、ときどきお小遣い稼ぎしててぇ。
わたし、自立してて偉いでしょ?」
アンジェリカは胸を張って、そう答えた。
普通の令嬢なら、お金がないなどとはっきり言わない。恥ずかしいことだと隠すだろう。
「それで、ヘンリーが暇してると思って……」
「おい、不敬だぞ。第三王子殿下とお呼びしろ」
「あ、はい。ごめんなさい。ヘンリー殿下が……」
「お名前を呼ぶ許可をいただいたのか?」
「そんな堅苦しいこと、言わないでよぉ」
と、まったく聴取が進まない。
このとき、王家に新たな動きがあったのだ。
正妃の子どもである第一王子と第二王子が王家に残り、第三王子は婿入り先を探していた。
ところが、第二王子が王家を出たいと言い出した。
第二王妃は自分の息子が王家に残るチャンスだと、味方を増やすために積極的に動き始めた。
その一環が、この「野摘み会」だ。
年頃の令嬢とその母親を招き、そこに第三王子が偶然を装って参加する。
参加者は薄々予想していても、表立って期待するような素振りは見せられない。
下手をすると、正妃に目をつけられるかもしれないのだ。
あくまで、「偶然」でなければならなかった。
それをいとも簡単に、田舎の貧乏男爵の娘が口にしたのだ。
だが、いくら調べても、アンジェリカが誰かと接触した形跡は見つからない。
女学校の関係者以外に、アンジェリカには貴族の知り合いがいないのだ。
普通の令嬢には不可能な調査能力、厳戒態勢をくぐり抜ける身体能力。
それらの能力は適切な場所で発揮されれば心強いが、敵として現れた場合は……ただただ、恐怖である。
騎士団長の息子ブライトは、第三王子の学友としてその場にいた。
これ以降、ブライトはストロベリーブロンドを見るだけで、過剰反応するようになった。
街中で、髪の色が似ているだけの他人でも、振り返ってしまう。
心臓が早鐘を打つ。
まだ騎士候補生の自分を、少女が嘲笑っているわけもないのだが――
あの何かを見透かすような目が恐ろしい。
あの「野摘み会」からしばらく経った頃。
「ブライト。大丈夫? 元気ないみたい」
アンジェリカが背後から声をかけてきた。
「ど……な、なま……」
どうして、俺の名前を知っているんだ――そう問いただしたかった。
休日の、市街地の噴水前である。
家の裏庭で鍛錬をしていたところ、気持ちを逆なでされる出来事があって出てきたのだ。
「あは。わたしがあんまりにも可愛いからびっくりしちゃった?」
令嬢にしては質素なワンピースで、髪をハーフアップにした少女が顔を近付けてくる。
――驚いた。可愛いからではなく、これが刺客だったら自分は終わっていたという絶望だ。
「ブライトは、ブライトにできることを頑張ればいいんだよ」
青ざめているブライトを気にする様子もなく、アンジェリカは芝居のように言葉を繋げていく。
「弟君に勝てなくても、気にしないで。ファイト!」
両手の拳を胸の辺りに掲げ、可愛いと思われるポーズを決めている。
だが、その内容は――誰にも触れられたくない、心の奥底にしまい込んだ暗い部分だった。
才能に恵まれた弟に、野心家の父。認めてもらいたいと、必死にあがいている自分。
惨めすぎる。
「君は、一体、何がしたいんだ……」
ブライトは、溺れそうな人があえぐように、目の前に立っているアンジェリカに問いかける。
「え、わたし? みんなを幸せにしたいだけ。えへっ」




