攻略対象:錬金術師
俺は塔に閉じ込められて、石を金に変えろと言われている。
できるもんか。
流浪の民で、傷薬を売っていただけだ。
父を殺された。
この場所で文字を叩き込まれて、研究しろと言われた。
錬金術の基礎も学んでいない。
というか、錬金術師って詐欺師と同一視されているんだが?
食事も始めはちゃんと運ばれていたが、成果が出ないなら食う資格はないとか言い出した。
今は一日一食だ。
錬金術のことを考えろと言われても、頭の中は「腹減った」でいっぱいだ。
まあ、監視もやる気がないのは救いか。
奴が昼飯を食っているときに、「それを寄越すか、俺が森で食いもんを取ってくるのを見逃すか、どっちにする?」と脅してやった。
ただのひ弱なガキなんだけど、魔法使いか何かだと思っているから、怯えて通してくれた。
木の実や魚を捕るついでに、薬草を採る。
塔にある道具で薬を作って、ときどき農夫や猟師と物々交換する。
なんだ。
今までの生活とやってることは同じだ。
自由はない。だけど、寝ているところを襲われたり、飢え死ぬ可能性が低いから、まあいいかとも思う。
少しずつ、本の内容も理解できるようになってきたし。
「ラド。発見!」
女の子の声がした。
赤みがかった金髪で、目の大きな子だ。
かなり可愛い部類に入ると思う。
ほら。監視の奴がデレデレし始めた。
え、通すの?
いきなり来た不審者だぞ。
どこかへの通りすがりじゃなく、この塔のことを知っていて突撃して来たのに。
階段を上ってくる音が大きくなる。
久しぶりに、まともに会話できるのか。
心臓がばくばくうるさいくらいだ。
第一印象が勝負だ。
「あんた誰?」
渋めに、大人っぽく睨みつけてみた。
「わたしはアンジェリカ・ハートウッド。このゲームのヒロインよ」
小首をかしげ、人差し指を頬に当て、舌を出している。
なんなんだ? なんのポーズだ?
俺は、芸を売る流浪の民と一緒に旅をしたこともある。だからダンスや演劇に馴染みがある。
こいつは、修行したての新人程度の演技力だと思う。
そうでなければ、ただの頭のおかしな女だ。可愛いのに、気の毒なことだ。
「ああ~ん。傷ついた子犬のようね。もう大丈夫よ!」
いきなり抱きついて、頭を撫でられた。
「ちょっ、何するんだよ」
柔らかい感触を味わいたいという気持ちに蓋をする。ハニートラップかもしれない。
盗まれるような情報は持っていないけど。
「ねえ、ラド。ここから逃げたくない?」
アンジェリカはスッと身を離して、俺の目を見つめた。
「……逃げたい」
さっきまで「飼い殺しだけど別にいいか」と思っていたのが、嘘のようだ。
「わたしも……攻略対象の反応はイマイチだし、都会の人は冷たいし、もうヤだ」
アンジェリカはしくしく泣き出した。
仕方ないから、今度は俺が彼女の頭を撫でる。
嗚咽混じりに彼女はいろいろなことをしゃべっていた。だが、ほとんど聞き取れないし、聞き取れたとしても意味がわからない気がした。
「く、クッキーも、みんな食べてくれなくなってぇ~」
農園で小遣い稼ぎをしたり、小麦粉やバターをもらったりしながら、苦労して作っているそうだ。
初めは喜んでくれた人にも断られるようになったと、泣いている。
「じゃあ、作るのやめたら?」
「そ、それ以外に、得意なことないのよぉ~」
差し出されたクッキーを一つもらう。
「美味しい」
あー、甘いものも久しぶりだな。
「ほんと? 美味しい? じゃあ、お弁当も食べる?」
アンジェリカは、おずおずと鞄から包みを出した。
米が固められ、揚げた肉に、卵を焼いたやつ。蒸した野菜は色鮮やかだ。
「うっわ。旨めぇ」
「もう、そんながっつかなくても」
そう言いながら、アンジェリカはにこにこしている。
ときどきずびっと鼻を啜りながら、自分で作ったクッキーをかじっていた。
「あれ、これあんたの昼飯じゃないの?」
「そうだけど。美味しいって食べてもらえる方が嬉しいから、いいの」
お互いの状況をしゃべりながら、あっという間に時間が過ぎた。
日が陰り、風が冷たくなってくる。
冬の太陽は沈むのが早い。
「うん。決めた」
帰り支度をしていたアンジェリカは、突然そう宣言した。
「決めたって何を?」
「今夜、荷造りしてここに来るから。一緒に故郷に帰ろ?」
泣き止んだと思ったら、そんなことを言う。
「夜は危ないだろ」
そんな常識も知らないのか。
「え? だってラドは『灯れ』と『刺せ』を使えるでしょ?」
ぎょっとした。
最近、使えるようになった魔術だ。
この塔の持ち主にも報告していない。
「なんで知っているんだ?」
警戒心が湧き上がる。
そうだ。俺なんかに会いに来るなんて、利用しようとする奴ばかりだ。
知ってたよ、そんなこと。
「そんなこと? わたしがヒロインだからに決まってるじゃない」
……「ヒロイン」というのは予知能力のようなものなのだろうか?
なんか、もういいか。
俺は本を一冊だけ選び、持っていくことにした。
監禁された慰謝料代わりだ。
本当に、彼女は来るかな。
親父と死に別れてから、初めて人として扱われた気がする。
……来なくても、昨日と同じ明日が始まるだけだけど。
俺はつい、自分が傷つかないように保険をかけてしまう。
悪いことを想像しておけば、がっかりしたときに「ほら、やっぱりな」と諦めがつくから。
あ! 遠くにランタンの灯が見えた!




