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46歳おっさんの形意拳が、異世界でチートになった 〜魔法も剣も届かない究極の拳法で、第二の人生を無双する〜  作者: 九条竜二


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第99話 開幕



新規オープン当日。

 

朝早くから、ハクさんは両店舗の間を静かに行き来していた。厨房の火入れ確認、ホールの椅子の配置、キャストの控え室の準備。誰に言われるでもなく、全てが開店前に整っていた。それがハクさんという男だった。

 

リュウジィとミライが並んで店に着いたのは、開店一時間前だった。

ハクさんが扉の前で待っていた。リュウジィの姿を認めると、深く一礼した。

 

「お待ちしておりました」

 

「準備は?」

 

「滞りなく」

 

そう答えると、ハクさんは踵を返し、両店舗の間へと消えていった。

 

ミライはロクメイカンで、数えきれないほどの貴族と、その従者たちを見てきた。だが、今の一礼ほど美しい所作は見たことがなかった。頭の下げ方ひとつ、踵の返し方ひとつに、無駄が一つもない。名家に仕える執事でさえ、ああはいかない。

ミライがその背中を見送って、小さく言った。

 

「凄い人ね」

 

「本当、頼りになるよ」

 

ジャンヌダルクの扉を開けた瞬間、キャストの一人が足を止めた。

 

天井から連なる魔石の照明が、シャンデリアのように柔らかな光を落としている。

深紅のビロードのソファと絨毯が、フロア全体に敷き詰められていた。

金細工の装飾が壁を縁取り、重厚な木製のカウンターが奥に構えている。

見上げれば二階席が緩やかに張り出し、その手すりにも細かな細工が施されていた。

 

「……本当にここで働くの、私たち」

 

天井を見上げたまま、誰かが呟くように言った。答える者はいなかった。ただ、全員が同じ気持ちだった。

 

リナがキャストたちの最終確認をしていた。ミーナが隣に立ち、鏡越しにリナと目が合った。

 

「今日は気合い入ってますね」

 

「当然でしょ。新しい店の初日よ」

 

ハニーブロンドのロングヘアーを一度払いながら、リナが答える。

 

「そうですね」

 

ミーナが小さく笑った。

 

バッドが黒服姿で扉の前に立ち、シドがその横に控えていた。ミライが二人の前を通り過ぎる際、バッドが背筋を伸ばし、真っ直ぐ前を見据えた。

 

「任せてください」

 

「よろしくね」

 

ミライは軽く目を細め、フロアへと消えた。

バッドはその背中を見送って、シドに小声で言った。

 

「やっぱかっこいいな」

 

「当たり前だよ、兄貴の彼女だぞ」

 

開店の時刻になった。

ハクさんがリュウジィの隣に立ち、前を見据えたまま静かに告げた。

 

「準備が整っております」

 

リュウジィが頷く。扉が開いた。

 

開店と同時に貴族や商人が押し寄せ、フロアはあっという間に埋まった。キャストたちが客席を縫うように動き回る中、ミライは全体を見渡しながら矢継ぎ早に指示を出した。

 

「七番に新規のお客様。ニーナさん、お願いできる?」

 

ミライはフロアを見渡したまま、ニーナに声をかけた。

 

「行きます」

 

ニーナが黒髪を揺らしながら、静かにそのテーブルへ向かった。

 

「三番のお客様、長くなりそうで。リナさん、お願いできますか」

 

ミライが背中越しに声をかけた。

 

「わかった」

 

リナが笑顔を作りながら三番テーブルへ向かう。

 

バッドが扉の前で入店待ちの客をさばいていた。列が通りまで伸びている。

 

「申し訳ございません、ただいま満席でして」

 

バッドが深く頭を下げながら答える。

 

「いつ入れる」

 

「三十分ほどお待ちいただければ」

 

バッドは一歩も退かず、真っ直ぐ目を見て答えた。

シドが横で無言の圧力をかけている。客は渋々列に戻った。

 

カエデがミライの隣に立った。

 

「ジョジョエンの様子を見てくるわ」

 

そう言い残して、カエデはフロアを後にした。ミライは小さく頷き、また次の指示へ動いた。

 

その頃、ジョジョエンでは、キングオーグの肉が焼ける香りが通りにまで流れ出ていた。開店前から並んでいた客で、ホールは開店十分で満席になっていた。

各テーブルで、客たちが思い思いにキングオーグの肉を焼いている。

 

「三番テーブル、キングオーグ二人前追加!」

 

バッドの母の声が、ホールから厨房へ飛ぶ。ゼノンが皿を抱えて走り、ギノンが別のテーブルで注文を受ける。

すれ違いざまに、ギノンがゼノンを小突いた。

 

「緊張してんじゃねえか」

 

「してねえよ」

 

二人のやり取りが聞こえてきて、バッドの母が苦笑した。

 

「こっちもキングオーグ頼む!」

 

「少々お待ちください!」

 

ギノンが返しながら、隣のテーブルの客に頭を下げる。

 

タツヨは厨房と客席の間を往復しながら、皿を運び、空いた皿を回収し、水を注ぎ足す。居酒屋バイトの経験が、体に染み付いていた。

 

「おい、こっちの肉まだか」

 

「今参ります」

 

笑顔で答えながら、タツヨがすれ違いざまにゼノンの背中を軽く叩く。

 

「四番、頼む」

 

「あ、はい!」

 

皿を置いて一息ついたタツヨが、ホールを見渡してぼやいた。

 

「思ったより広いな」

 

「どう、まだいけそう?」

 

バッドの母が声をかける。

 

「任せろ!」

 

タツヨは口角を上げ、拳を軽く握った。

 

スタッフが右往左往する中、バッドの母だけが泰然としていた。

 

「大丈夫大丈夫、焦らなくていいから!ほら次いくよ!」

 

ホールの真ん中で腰に手を当てながら、バッドの母が声をかける。

その一言で、ホールの空気が落ち着いた。

 

リッカは会計カウンターの端で帳簿を広げ、精算をこなしながら、数字を書き込み続けた。客が途切れない。手が追いつかない。それでも指は止めなかった。

カエデがジョジョエンに顔を出し、リッカの手元を一瞥した。

 

「問題ない?」

 

「なんとか」

 

リッカは指を止めずに答えた。

 

「初日はどうしても混乱するから、入金はこの順番で。わからなければ、手の空いた人にハクさんか私を呼びに行ってもらって」

 

リッカの帳簿を指でなぞりながら、カエデが説明する。

 

「わかりました」

 

「ならいい」

 

それだけ言って、カエデは足早にジャンヌダルクへ戻っていった。

 

夜が更けた頃、両店舗の扉が閉まった。

 

閉店後、スタッフ全員がジョジョエンに集まった。テーブルの上にキングオーグの肉が並べられ、リッカが今日の売上を帳簿に書き込んでいる。カエデがその隣で数字を確認していた。

 

「初日にしては上出来ね」

 

カエデが帳簿から目を離さずに言った。

リッカは数字を見て、目を丸くした。

 

「……これ、本当ですか」

 

「本当よ」

 

タツヨが肉を頬張りながら立ち上がった。

 

「じゃあ俺が音頭取るか」

 

「お前が取るのか」

 

「文句あるか」

 

タツヨが杯を持ち、スタッフ全員をゆっくりと見渡した。

 

「リュウジィと、ここにいる全員に。乾杯」

 

ハクさんが、珍しく杯を持って口をつけた。バッドがゼノンとギノンと杯をぶつける。ニーナとリナが笑い合う。ミライがリュウジィの隣で静かに杯を傾けた。

 

借金を抱えて撃たれた男が、気づけばここまで来ていた。隣には彼女がいて、仲間がいて、店がある。

リュウジィはその光景を少しだけ眺めながら、胸の奥に込み上げてくるものを感じていた。

 

「兄貴、早く飲んでくださいよ」

 

バッドが声をかける。

リュウジィは杯を持った。

 

「うるさい」

 

笑いが起きた。



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