第100話:異世界での一年の節目
異世界に転生してから、ついに一年という節目となる月日が経過した。
転生した時、十九歳だったこの体も二十歳という節目を迎えている。中身の精神年齢に関しては四十七歳になってしまったわけだが、そうした年齢の重なりさえも、今の生活の中では遠い過去の出来事のように感じられる。
この一年間は、決して楽なものではなかった。
胸の奥で燻っていた焦燥感も、この一年間を過ごすうちに、いつしか確かな手応えへと変わっていた。
王都の夜は、相変わらず騒がしく賑やかだった。
ジリジリと熱を帯びたジョジョエンの鉄板の上では、分厚いキングオーグの肉が香ばしい脂の音を立てて焼けている。
ジュウジュウと弾ける音とともに立ち上る食欲をそそる匂いが、開け放たれた店舗の扉を抜け、通りへと流れ出していた。
開店からわずか一時間だというのに、店内は熱気に満ち、すでに満席という盛況ぶりを見せている。
ゼノンが山盛りの皿を抱えてホールを忙しそうに行き来し、ギノンも別のテーブルで次々と入る注文に対応している。
ホール担当のバッドの母も、忙しく動き回るスタッフに声をかけながら、テキパキと指示を出していた。
次々と入ってくる注文にスタッフたちは慌ただしく動き回っている。それでも、誰一人として忙しさに負けることなく、それぞれの仕事をこなしていた。
少し離れた場所にあるジャンヌダルクも、同様の凄まじい活況を呈していた。
深紅のビロードのソファに腰を落ち着けた貴族や商人の笑い声が響き、キャストたちが客席の間を縫うように忙しなく動き回っている。
ママのリナが柔らかな笑顔で常連客の相手をし、その傍らでは、男装したミライがフロア全体を静かに見渡していた。
かつて高級娼館ロクメイカンで王都のスターとして名を馳せた彼女が、今はリュウジィの店の相談役としてそこにいる。
リナにとってミライは、店を始めてから出会った頼れる相談相手であり、店のことだけでなく、様々な話を気軽にできる大切な仲間となっていた。
男装していても隠しきれない華のある佇まいは、キャストたちの圧倒的な憧れであり、この店を根底から支える確かな存在感となっていた。
リュウジィは、喧騒から少し離れた通りの端から、ジョジョエンの温かな明かりを眺めた。
こうして店の様子を眺めていると、転生してから今日までに起きた出来事が、次々と頭の中をよぎっていく。
右も左も分からないまま始まった異世界での生活も、気がつけば一年になる。
今では自分の店にこれだけ多くの客が集まり、仲間たちが当たり前のように店を動かしている。
けれど、転生する直前までの自分が、こんな場所で新しい生活を送ることになるなんて知るはずもなかった。
前の人生では、大きな借金を抱えながら、二十七年間にわたって形意拳を続けていた。
そして、最後に残っている記憶は、空港のトイレへ向かって歩いていた、あの薄暗い廊下だ。
そこから先に待っていたのが、この世界での一年だった。
振り返れば、あまりにも多くのことがあった。
自分一人の力だけでは、今こうして店の明かりを眺めていることすらできなかっただろう。
もしあの時、一人きりだったなら、とっくに心が折れて投げ出していたかもしれない。
けれど、今は違う。
懸命に働く彼らの姿を見ていると、視界が急に熱を帯び、胸の奥底から込み上げる感情に息が詰まりそうになる。
みんなが手を差し伸べ、力を貸して支えてくれたからこそ、今のこの店がある。
自分一人では、ここまで一歩だって辿り着けなかったはずだ。
心からの感謝が、波のように幾重にも押し寄せては、胸を熱く焦がしていく。
決意を新たに、リュウジィは店の重い扉を開けた。
途端に、キングオーグの肉が焼ける香ばしい匂いと、店内に満ちた客たちの活気ある喧騒が、全身を包み込むように一気に押し寄せてくる。
「リュウジィさん、今日も満席ですよ」
ホールから顔を覗かせたバッドの母が、額に滲んだ汗を白衣の袖で拭いながら嬉しそうに笑う。
その笑顔を見るだけで、張り詰めていた神経がフッとほどけていくのがわかる。
「ありがとう、いつも感謝してる。困った事あったら言って下さいね」
「リュウジィさんこそ」
バッドの母は深々と頭を下げて挨拶を済ませると、すぐさまホールへと慌ただしく駆け戻っていく。
その姿を見送りながら、リュウジィはこみ上げる愛おしさを隠すように、少しだけ笑みを漏らす。
閉店後、静まり返った夜道をミライと並んで歩いた。
冷えた夜風が心地よく頬を撫でる。
王都の夜の喧騒が、二人の歩みに合わせて少しずつ背後へ遠ざかっていく。
「この世界に来てもう一年過ぎたよ」
ポツリと零したリュウジィの言葉に、ミライは足を緩め、静かに夜空を見上げた。
その横顔には、これまでの苦難を乗り越えてきた者だけが持つ、穏やかな光が宿っていた。
「そうね。あなたのいた世界とは、何もかもが違う一年だったでしょう?」
夜空を見上げ、ふっと長く吐息をこぼして、ゆっくりと歩調を合わせる。
「やり直しの人生だからね」
ミライは少しだけ目を細め、隣を歩くリュウジィを横目で見て、艶やかに微笑んだ。
「出会ってからはまだ短いけれど、この店で働くようになってからの毎日、私にとっても濃密だったわ。数多の男たちを見てきた私だけど、あなたと出会えたことは、本当に幸運だったと思っているのよ」
隣を歩くリュウジィを、ミライは少しだけ立ち止まってジッと覗き込む。
そのまっすぐな瞳に見つめられ、リュウジィはわずかに息を呑み、気恥ずかしさをごまかすように目を伏せた。
「ミライがそう言ってくれると、自信になるよ」
「ふふっ。私だって、この一年で色々なものを見てきたわ。あなたが周りの人たちを大切にして、みんながそれに応える姿もね」
ミライは柔らかく微笑み、再び歩き出す。
「だから、これから先も楽しみなのよ。この先、あなたがどんな景色を見せてくれるのか……私も傍で見ていたいわ」
その言葉に、リュウジィは少し照れたように笑った。
「そう言ってもらえるなら、頑張らないとな」
「ええ。あなたが進みたいと思う道なら、私も一緒に歩くわ」
二人の柔らかな声が、夜の帳が下りた静かな夜道に溶けていった。
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