第101話 ウロボロス再始動
窓の隙間から、朝の薄い光が差し込んでいる。ミライはまだ寝息を立てていた。
ゴン、ゴン、と重厚な金属音が響いた。ドアノッカーだ。
リュウジィはしばらく天井を見上げたまま動かなかった。もう一度、ゴン、ゴン。
溜息をついて体を起こし、寝ぼけた頭のまま扉へ向かった。開けると、そこには二人の男が立っていた。一人は見覚えのある顔。もう一人は恰幅のいい、初めて見る男だった。
リブルは腕を組んだまま、視線だけを向けた。
「え、リブル? なんで?」
「来たくて来たわけじゃねえ。王命だ、入っていいか」
「あ、はい、どうぞ」
「お邪魔します。ふろむ・えーの責任者、オルソンと申します」
恰幅のいい男が深々と頭を下げた。
三人でテーブルを囲んだ。リブルは椅子に座っても腕を組んだままだった。朝から威圧感が漂う。
「ウロボロスに特別依頼が来ています。推薦が二つあります。気紛れな旅団からと、国王陛下からです」
「え、俺たちに?」
「……王命だから来ただけだ」
「それは聞こえてたけど」
「うるさい」
「依頼の内容は、北にあるサウザンアイランドへ向かう使者一行の護衛です。国王陛下の極秘の文書をサウザンアイランドへ届けることが目的です」
オルソンは両手をテーブルに置き、真っ直ぐリュウジィを見た。
「文書って何が書いてあるんですか」
「魔族の国の内部情報だ」
リブルが低い声で答えた。
「どの派閥が人間に敵対的で、どの派閥が穏健か。その詳細な記録だ。これがなければ今後の外交も戦略も立てられない」
「魔族って派閥とかあるんだ」
「知らなかったのか」
「なんで騎士団じゃだめなんですか」
「騎士団や俺たち調査兵団が動けば、王国から重要な使者が来たと周囲に知られる。それだけで、届ける文書の存在まで勘繰られる。魔族の国とは表向き不可侵だ。だが、各国が水面下で探りを入れているのは周知の事実だろう。俺たちが顔を見せれば、『王家が関わっている』と警戒される。……だが、お前たち冒険者ならただの商売だ。疑わずに素通りさせる。俺たちにはできない『無関係』を装えるお前たちにしか、頼めない仕事だ」
リブルは一度だけ目を伏せ、静かに続けた。
「なんで俺達が推薦なの? 冒険者活動は1回しかやってないし、ランクEの低ランクパーティーだよ。しかも2人だし」
「リブルさんもそうですが、気紛れな旅団のジャスパーさんも、戦闘力ならAランク以上だと申してましたので」
「ちょっと相棒に確認してから返事していいですか?」
「構わん」
「あれ? 何か偉そうだな。やめようかな。人に物を頼む時はどうするの? リブルさん」
リブルは顔を背けたまま、絞り出すように言った。
「くっ! たっ……頼む」
「良いよ」
思わず笑いが込み上げた。調査兵団の団長にここまで言わせるとは、我ながらなかなかやるもんだ。
オルソンが先に頭を下げ、扉へ向かった。リブルもその後に続き立ち上がる。帰り際、扉の前で一度だけ足を止め、振り返った。その目に、さっきまでの不機嫌さはなかった。
「……頼むぞ、リュウジィ」
真剣な眼差しで、静かに言った。
静かになった部屋で、リュウジィはしばらくテーブルの上を眺めていた。
「全部聞こえてたわ」
「起きてたのか。出てきてくれたらよかったのに」
「邪魔したら悪いと思って」
「お茶、飲む?」
「ありがとう」
湯気の立つカップを両手で包んだミライは、しばらく黙っていた。
「北の国って、遠いの?」
「まっすぐ行くと魔族の国にぶつかるし、南回りだとサウスチェケラッチョとアズマリアを経由する大回りになる。だから船で行くんだって。片道3日ぐらいかな」
「……三日か」
「うん」
ミライはカップを見つめたまま、指先を止めた。
「寂しい思いさせるけど、ごめん」
「どうしたの、急に」
「いや……なんとなく」
ミライは少し笑った。
「貴方って、そういうところあるよね」
「そういうところ?」
「すぐ謝るところ」
「そうか?」
「そうよ」
ミライはそう言って、カップをテーブルに置いた。
「……でも、ありがとう」
ふわりと、彼女の手がリュウジィの手に重なった。
「ちゃんと帰ってきてね」
「うん」
「危ないの?」
「……わからない」
「そっか」
ミライは小さく息を吐いて、少しだけ俯いた。
「聞かなきゃよかった」
それでも笑おうとするミライを見て、リュウジィは何も言えなかった。
ミライはそのまま、リュウジィの肩に頭を預けた。
「気をつけてね」
「うん」
リュウジィは重なった彼女の手を、そっと握り返した。
昼過ぎ、タツヨの家を訪ねた。
扉を叩くと、しばらくして開いた。タツヨはまだ寝ぼけ眼で、髪も乱れたままだった。
「なんだ、急に」
「依頼の話が来たんだよ」
タツヨは一瞬だけ目を細め、無言で中へ招いた。
「入れよ」
向かい合って椅子に座ると、タツヨはあくびを一つしながら顎を上げた。眠そうな目のまま、話を聞く姿勢だけは崩さない。
「聞かせろ」
リュウジィが一通り話し終えると、タツヨはしばらく黙って天井を見上げていた。部屋に沈黙が落ちる。
「例の調査兵団の団長が直々に来たのか」
「ああ」
「団長自らとは、随分と大事な依頼だな」
タツヨは低く呟いて、背もたれに体を預けた。
「北か」
その一言に、どこか熱を帯びたものがあった。眠気が抜けていくのがわかった。
「面白そうじゃねえか」
「行くか」
「当たり前だろ」
タツヨはにやりと笑い、ゆっくりと立ち上がった。リュウジィを真っ直ぐ見据えながら、顔の前で拳を握りしめた。
「ウロボロスだぞ」
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