第98話 王都の華、降臨
新規オープンまで、あと三日。
店舗分離が決まった時、皆で話し合って店名を変えることになった。キャバクラの名前は『ジャンヌダルク』。現世の銀座に実在する、最高峰と呼ばれるクラブから貰った名前だ。
焼肉屋は『ジョジョエン』。現世で有名な焼肉店、叙々苑から貰った。
改装中のジョジョエンでは、開店に向けた準備が着々と進んでいた。
ジョジョエンのホールを仕切るのは、バッドの母親だ。
開店を三日後に控え、厨房スタッフと打ち合わせをしたり、店内を見て回ったりと、忙しそうに動き回っている。
「さあ、あと三日よ。みんな、もうひと頑張りお願いね」
そう声をかけながら、母親は店内を見回していく。
忙しいはずなのに、その顔には疲れよりも、新しい店が始まることへの楽しみが浮かんでいた。
ゼノンとギノンも焼肉屋に配属され、ホールの仕事を覚えようと、母親の後をついて回っていた。
たまたま暇を持て余していたタツヨが、用事もないのにリュウジィについてきていた。
「なあ、オープンまで人手足りてるか?」
タツヨの方から聞いてきた。
「正直、ギリギリかな」
「俺、居酒屋でバイトしてたから、ホールなら手伝えるぞ。落ち着くまで手伝おうか?」
「いいのか?」
「暇だし」
リュウジィは少し考えてから、頷いた。
「助かる」
「飯は食わせろよ」
「キングオーグでいいか?」
「それで十分だ」
タツヨが笑う。
開店前の忙しい時期に手を貸してくれるのは、リュウジィにとってもありがたかった。
しばらくして、リュウジィはゼノンとギノンを手招きした。
「ちょっと来い」
二人は顔を見合わせながら、リュウジィのところへやってくる。
リュウジィは布に包まれた細長い荷物を二つ取り出し、それぞれに手渡した。
「開けてみろ」
ゼノンが震える手で布を解く。
中から現れたのは、銀色に輝くミスリルのサーベルだった。
ポンメルには、精巧な狼の彫刻が施されている。
ギノンも布を解き、同じサーベルを手に取った。
「……これ、俺らに?」
「お前らの剣だ」
ゼノンはサーベルをゆっくりと抜いた。
冷たい刀身が店の光を鋭く弾く。
ギノンも抜き身を眺めながら、何度も角度を変えて確かめている。
「……兄貴」
ゼノンが口を開いた。
声が、込み上げる感情で少し掠れていた。
「ありがとうございます」
ギノンも言葉を詰まらせながら、深く頭を下げた。
バッドはそんな二人を、嬉しそうに眺めていた。
「じゃあ、俺たちは向こうに行くか」
「うん」
タツヨが答え、リュウジィと一緒にジョジョエンを後にした。
向かった先は、もう一つの新店舗。
『ジャンヌダルク』だった。
こちらも開店を三日後に控え、店内では慌ただしく準備が進められていた。
リュウジィが店内に入ると、リナが階段を下りてきた。
「リュウジィ、お疲れ様です」
「お疲れ。準備の方はどう?」
「順調ですよ。みんな頑張ってくれてます」
「そっか。それならよかった」
リュウジィは店内を見回した。
まだ改装途中ではあるものの、店としての形は少しずつ整ってきている。
リナもスタッフたちに声をかけながら、開店に向けた準備を進めていた。
タツヨも手伝えることがないか、店内を見て回っている。
そんな時間がしばらく続いた。
その時、店の扉が開いた。
「……遅くなりました」
聞き覚えのある声が、店内に響いた。
リュウジィが振り返る。
そこに立っていたのは、ミライだった。
黒服姿のミライは、艶やかな黒髪を後ろに流し、細身の黒い上着を纏っている。
男装しているため、一見すると男性にも見える。
けれど、そんな格好をしていても、彼女の美しさは隠しきれなかった。
整った顔立ちに、すっと伸びた姿勢。
立っているだけなのに、自然と目を向けてしまう。
男装していることを忘れそうになるほど、華やかな美人だった。
宝塚の舞台から、そのまま出てきたような華やかさがある。
それだけではない。
昔の花魁道中を見た人々が、その姿を一目見ようと集まったという話があるが、そんな光景を思わせるほど、自然と人の目を引く女性だった。
深紅のルビーのような瞳が、改装途中の店内を静かに見渡す。
二階の階段からキャストたちが顔を出した。
「誰……?」
「ミライ……?」
すぐに、その正体に気づいた者もいた。
「あれ……ミライさん?」
店内にざわめきが広がる。
皆、ミライがここで働くことは知っていた。
キャストとしてではなく、アドバイザーとして来ることも分かっている。
ただ、まさか男装して来るとは思っていなかった。
リュウジィがミライを見る。
以前、ミライが女性の姿で店に立てば、あまりの美しさからキャストだと思われてしまうのではないかという話になった。
そこで、リュウジィが男装して黒服として働くことを提案したのだ。
アドバイザーとして店を支えるなら、その方が動きやすい。
それが、今日のミライの姿だった。
「……ミライ」
リュウジィが声をかける。
「はい」
バッドが目を見開いた。
「……ミライさん!?」
「久しぶり、バッド君」
ミライは僅かに微笑んだ。
「男装……っすか?」
「アドバイザーとして働くから」
バッドは驚いた顔をしながらも、すぐにミライの姿を改めて見た。
そして隣にいたスタッフへ、小声で耳打ちする。
「兄貴の彼女だ」
リッカは気まずさと驚きが入り混じったような顔をして、思わず口を閉ざした。
ハクさんだけは慌てることなく、ミライへ向かって静かに一礼した。
「よろしくお願いいたします」
「こちらこそ」
ハクさんは小さく頷いた。
階段の上から、ハニーブロンドのロングヘアーをした女が駆け下りてきた。
リナだった。
「ミライさん!」
リナはミライの両手をギュッと強く握りしめた。
「よろしくお願いしますね」
ミライはリナの手を静かに握り返し、まっすぐな瞳で見つめ返す。
「こちらこそ。リナさんが中心だから、何でも言って」
リナが少し安堵したように息を吐いた。
これから一緒に店を作っていく仲間が増えたことが、嬉しいようだった。
一通りの紹介が終わると、タツヨがミライの方へ近づいてきた。
ミライをちらりと見てから、リュウジィの耳元に顔を寄せる。
タツヨは声を潜めた。
「お前の彼女か。いい女じゃん」
「うるさい」
「後で紹介しろよ」
「してるだろ、今」
「ちゃんとした紹介をしろって言ってんだよ」
リュウジィが少し困った顔をする。
ミライはそのやり取りを聞いて、僅かに口元を緩めた。
「タツヨさんですね。リュウジィから聞いてます」
「俺のことも知ってんのか」
「ええ」
「よろしくな」
タツヨは笑いながら、ミライに手を差し出した。
ミライもその手を握り返した。
新規オープンの話が一通り終わると、リュウジィとミライは一緒に外へ出た。
久しぶりに会った割に、二人の間には妙に自然な距離感があった。
夜の王都の静かな通りを並んで歩きながら、他愛のない話をポツリポツリとする。
これまでの日々、それぞれの場所で抱えていた葛藤、そして荷物をまとめるのに思ったより時間がかかったこと。
ミライの話には、リュウジィが今まで気づかなかった店の改善案も自然と混ざっていた。
話を聞いているうちに、リュウジィは改めて、ミライがアドバイザーとして来てくれたことを心強く感じていた。
しばらく歩いたところで、リュウジィはふと気がつき、足を止めた。
「ミライの家ってどこなの?」
ミライは首を傾げながら答える。
「さあ、どこでしょ?」
「……うちに来る?」
「そうしようと思ってたわ」
あまりにも自然に、当然のように言って、ミライはリュウジィの腕にそっと手をかけた。
その瞬間、リュウジィの心臓がドクンと跳ねた。
やがて、リュウジィの家の前に着く。
しかしそこには、見慣れない男二人と、大きな荷物を積んだ荷馬車がポツンと止まっていた。
「ミライ様、こちらの家に運べばいいんですか?」
「……えっ? 何これ」
「今日から、ここが私の家」
「えっ! 聞いてないよ」
「言ってないもん」
ミライは小悪魔的な薄い微笑みを浮かべ、澄ました顔をしている。
「ダメ?」
「……ダメとは言ってないけど」
「じゃあいいじゃない」
「それを押しかけって言うんだよ」
「知ってるわ」
ミライのペースにすっかり乗せられながら、リュウジィは男たちに視線を向ける。
「今この人が扉を開けるから、そしたら運んで」
「へ、へい!」
あっという間に話を進められてしまい、リュウジィは思わず天を仰いで苦笑した。
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